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奈良の昔はなし~鶴姫哀歌~

2020-02-20 15:21:24 | 地域と文化
奈良の昔はなし~鶴姫哀歌~
 野迫川村は奈良県の西南端に位置し、和歌山県と隣接している集落です。
村の北部には古くから開けた信仰の山、高野山があり、南には高野龍神国定公園の一部である伯母子岳や護摩壇山が剣峻な山容を見せて連なっています。
地勢は全般に急峻で標高で高いため、冬季は寒冷で多量の降雪があり、夏季は冷涼で避暑地として広く知られています。
そんな野迫川村に伝わるお話しです。
~鶴姫哀歌~
今から、およそ800年前のことです。
壇ノ浦の戦いに敗れ、わずかに生き残った平家の一族は、散り散りになって西日本の各地へと落ち延びました。
「平家の一族を、一人も逃すな。」
という幕府の命令によって九州につかわされたのが、有名な那須与一(なすのよいち)の弟、那須大八郎(なすのだいはちろう)でした。
何カ月もの捜索によって、九州の山深い里、椎原村にひっそりと暮らす、平家の一門をみつけました。
椎原にたどり着いたとき、大八郎は、一門のつつましい暮らしぶりを見て胸を打たれました。
あの栄華を極めた平家の人びとが、木の実や草の根を食べて、必死に生きているのです。
「ああ、どうしてこの人たちを殺すことなどできようか。」
しかし、幕府の命令にさからうことはできません。大八郎の迷いはつきませんでした。
決心のつかぬまま、一門の人びとといっしょに暮らすうちに、大八郎は一門の美しい娘、鶴姫に恋をしたのです。鶴姫も、大八郎のやさしい人柄にひかれてゆきました。
いつ幕府に知られるか、不安を抱きながらも、二人は山里での幸せな日々を過ごすのでした。
いつまでも帰らぬ大八郎に怒った幕府は、紀伊半島の南部、熊野へ勤めることを命じました。
「鶴姫よ、今私が行かなければ一門のことが知られてしまう。もう生きて会うことはないかもしれない。けれど、たとえどこにいようとも、星空を見上げては、お前のことを思っているよ。」
一門の人びとに見送られ、大八郎は山里を去りました。大八郎の姿が山の陰に隠れて見えなくなっても、鶴姫はいつまでもいつまでも立ち尽くしていました。
1年が過ぎたました。つとめて明るく振る舞う鶴姫でしたが、大八郎の思いはつのるばかりです。
「どうか、私を熊野へゆかせて下さい。せめて、生きている間にもう一度お会いしたいのです。
鶴姫の熱意に、一門の人びともついに旅立つことを許しました。たった一人の共を連れて、はるかかなたの熊野へと向かったのです。
山を越え、海をわたり、人目を忍んでの苦しい旅でした。足には血がにじみ、体は見る影もなく痩せ細ってゆきました。
「もう一度会いたい」
その気持ちだけが、今にもくずれおちそうになる鶴姫の体を支えていました。
苦労の末、やっと吉野の山中の、野迫川村あたりにたどり着きました。目の前には名だたる難所、水ガ峯が行く手をさえぎっています。山は、これまでのどの山よりも険しく、弱りはてた体では、とても越えられそうにありません。
「ああ、この山を越えれば、もう熊野は目の前だというのに・・・。」
歩いては転び、立ち上がってはまた倒れ、ついに水ガ峯の頂上にたどり着いたとき、とうとう一歩も動くことができなくなりました。
やがて陽が沈みました。力を使い果たした体を、そっと草むらに横たえた鶴姫の目に映ったのは、それはそれは美しい星空。あれは九州の山里で、大八郎といっしょに眺めたお星様。
「星空を見上げては、お前のことを思っているよ。」
またたく星のかなたから、大八郎の言葉が、聞こえてくるようでした。
険しくそそり立つ水ガ峯の頂上で、鶴姫は静かに息をひきとりました。閉じた目には、うっすらと涙がにじんでいたのです。
熊野の夜空には、星が美しく輝いています。日ごと星空を見上げる大八郎に、鶴姫の死が伝えられたのは、それから何年後もことでした。
・・・物語の主人公「鶴姫」にちなんだ公園・・・
この地で流行り病に倒れ、「たずねきし見に浮雲のめぐりきて、月のさわりになるぞ悲しき」と裳裾(もすそ)をしぼり歌を詠み、「七尾七浦の見える処に埋葬して欲しい」と言い残してこの世を去ったと伝えられています。
そんな悲話の主人公鶴姫にちなんだ、豊かな自然と地域資源を生かした公園が「鶴姫公園」です。
公園内には、360°のパノラマが広がる展望台からの眺めは素晴らしく、晴れた日には、淡路・四国まで見渡すことができます。

      


  







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