中高年の男が少年時代を回想するというのは、なかなかノスタルジックで微笑ましい。
我が身を振り返ってみると、その思い出が時として感傷的になり過ぎてしまうことがあるのも事実である。
その感傷は、現在(いま)という時間がそれぞれの人生で最も若い一瞬であるということ、そして過ぎ去った時間は決して還って来ないということから生まれるものかも知れない。
ロブ・ライナーが監督した「スタンド・バイ・ミー」(Stand By Me‐1986)という映画は痛切な物語であった。
12歳の少年4人組が体験した二日間の旅を描いているのだが、少年時代の傷が完全に癒えずに、今でもその痛みを持ち続けている男の物語だと言ってもよい。
原作は現代ホラー小説の第一人者であるスティーヴン・キングが書いた短編小説「ザ・ボディ(死体)」だが、これはホラー小説ではなく、少年たちの成長物語である。
レイノルド・ギデオンとブルース・A・エヴァンスの二人が脚本化した。
作家のゴーディー(リチャード・ドレイファス)は、弁護士クリスが殺されたことを伝える新聞記事に目を止め、少年時代のことを思い出している。
オレゴン州のキャッスル・ロックは人口千人ほどの小さな町だが、12歳の少年ゴーディー(ウィル・ウィートン)にとっては、それが全世界であった。
彼は、秀才でフットボール選手だった兄が事故死してから、兄の幻影を追う両親に冷たくされていて、彼自身も優しかった兄のことを忘れられずにいる孤独な少年であった。
彼の一番親しい友人は、リーダー的な存在のクリス(リヴァー・フェニックス)で、父親はアルコール依存症、兄貴は不良グループのメンバーという家庭にいた。
メガネのテディー(コリー・フェルドマン)の父親はかつてノルマンディー上陸作戦で活躍した町の英雄だったが、今ではすっかり精神を病んでしまっている。
ちょっとドジで、のろまなバーン(ジェリー・オコンネル)は肥満気味で仲間の道化役であった。
いずれも家庭的にはあまり恵まれず、どこか不幸の影を背負っている孤独な4人の仲間は、高い樹の上に組み立てた小屋に集まって煙草を吸ったり、猥談をしたりして過ごしていた。
(左からオコンネル、フェニックス、ウィートン、フェルドマン)
ある日、バーンが、行方不明となっていた少年が町の郊外の森の奥で列車にはねられ、その死体が野ざらしになっているという噂話を聞き込んでくる。
バーンは、エース(キーファー・サザーランド)をボスとする不良グループが話をしているのを盗み聞きしたのである。
その不良グループにはクリスの兄も加わっていた。
死体を発見したら、新聞に載るし、勲章ももらえるかもしれないと、彼ら4人は死体探しのために冒険旅行に出る。
小さな町しか知らない彼らにとっては初めての旅であった。
テディーが走ってくる列車の前に立ちはだかったり、鉄橋で列車に追いかけられ河に飛び下りて危ういところで命拾いしたり、沼でヒル攻めにあったり、道中はスリル満点であった。
夜になると、森の中でキャンプをする仲間に、ゴーディーはいろいろな物語を面白おかしく聞かせてやる。
想像力豊かな彼には物語を作る才能があった。
ゴーディーとクリスの会話。
「ぼくは変わっているのかな」
「人間はみんな変わってるよ」
「パパはぼくのことを嫌っているんだ」
「君のことを知らないだけだ」
そして、4人はついに血まみれになった少年の遺体を発見する。
ところが、そこへエースたちが現れて、死体を横取りしようとする。
クリスは死体は絶対に渡さないと彼らの前に立ちはだかり、ゴーディーも彼らに拳銃を向けると、その気迫に押されたエースたちは退散してしまう。
やがて冒険は終わり、4人は町に戻った。
クリスはゴーディに言う。
「俺はろくな人生を送れないかも知れない。だけどお前はいつか作家になれる。書く材料に困ったら、俺たちのことを書くんだ。俺がお前の才能を守ってやるよ。」
そのクリスは弁護士になって成功の道を歩んだが、つまらぬ喧嘩の仲裁に入って刺されて死んだのである。
かつてエースの前に立ちはだかった彼が、同じようにトラブルに立ちはだかって今度は死んでしまった。
そして「12歳の頃のあんな友人はもう二度とできない」と、長じて作家として成功したゴーディーは一人感慨にふけるのだった。
少年たちを演じた4人は撮影当時12~16歳で子役というよりもそれぞれ俳優として立派な演技をしている。
中でもリーダー格クリスを演じたリヴァー・フェニックスが役柄のせいもあって強い印象を残すが、4人の中の誰が主人公というのでもなくいずれも同格に描かれている。
だが、強いて言えば、少年時代を回想し、物語の語り手でもあるゴーディーが主人公といえないこともない。
彼の父親は長男を亡くしたことを悔やむあまり、次男のゴーディーにつらく当たるのだが、彼を慰めるのがリヴァー・フェニックス演じるクリスである。
フェニックスは4人の中では一番年上で、撮影当時は16歳であった。
その彼は、1993年に23歳の若さで突然帰らぬ人となってしまうのだが、訃報を聞いて、惜しい俳優を亡くしたと思ったものだった。
少年たちが暮らすキャッスル・ロックは、原作者スティーヴン・キングの創作した架空の町だが、映画の監督を務めたロブ・ライナーの設立した映画製作会社はキャッスル・ロック・エンターテインメントといって、この作品にちなんで命名されている。
ライナーはキングの小説の映画化に当たって、原作の「ザ・ボディ(死体)」というタイトルが、実際はそうでないのにホラー映画を連想させることを嫌い、タイトルを“Stand By Me”とするとともに、1950年代という時代設定と「辛いときにもそばにいて」という曲のメッセージが物語のテーマにぴったりだったという理由で、ベン・E・キングの“Stand By Me”のオリジナル・レコーディングをテーマ曲に選んだ。
“Stand By Me”(1961)は、黒人R&Bグループの名門ザ・ドリフターズのリード・ヴォーカルを担当していたベン・E・キング初期のスタンダードである。
ソロ歌手として第一歩を踏み出したベンの記念碑となった曲で、ドリフターズの“Dance With Me”や“Save The Last Dance For Me”といった名曲を思い起こさせる心地よい旋律のこのバラードは、ベン自身とジェリー・レイバー、マイク・ストーラーの3人の手による傑作である。
R&Bやソウルはもちろんロックやカントリー界の多彩なアーティストによってこぞってカヴァーされている。
何と言っても、75年ジョン・レノンがこの曲を取り上げ、広く知られるようになった。
85年にはモーリス・ホワイトで、86年には映画の主題歌としてベン自身のレコードが再びチャート入りするなど、発表されて以来7回もリバイバル・ヒットしているが、いわゆるミリオン・セラーではないという珍しい曲である。
ベン・E・キングのロマンティシズムあふれた歌声は格別に素晴らしく、特に、イントロのベースラインのリズムと“So Darling, Darling, Stand By Me”と繰り返す絶唱は強く印象に残る。
我が身を振り返ってみると、その思い出が時として感傷的になり過ぎてしまうことがあるのも事実である。
生きるっていつも現在進行形 (蚤助)
その感傷は、現在(いま)という時間がそれぞれの人生で最も若い一瞬であるということ、そして過ぎ去った時間は決して還って来ないということから生まれるものかも知れない。
ロブ・ライナーが監督した「スタンド・バイ・ミー」(Stand By Me‐1986)という映画は痛切な物語であった。
12歳の少年4人組が体験した二日間の旅を描いているのだが、少年時代の傷が完全に癒えずに、今でもその痛みを持ち続けている男の物語だと言ってもよい。
原作は現代ホラー小説の第一人者であるスティーヴン・キングが書いた短編小説「ザ・ボディ(死体)」だが、これはホラー小説ではなく、少年たちの成長物語である。
レイノルド・ギデオンとブルース・A・エヴァンスの二人が脚本化した。
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作家のゴーディー(リチャード・ドレイファス)は、弁護士クリスが殺されたことを伝える新聞記事に目を止め、少年時代のことを思い出している。
オレゴン州のキャッスル・ロックは人口千人ほどの小さな町だが、12歳の少年ゴーディー(ウィル・ウィートン)にとっては、それが全世界であった。
彼は、秀才でフットボール選手だった兄が事故死してから、兄の幻影を追う両親に冷たくされていて、彼自身も優しかった兄のことを忘れられずにいる孤独な少年であった。
彼の一番親しい友人は、リーダー的な存在のクリス(リヴァー・フェニックス)で、父親はアルコール依存症、兄貴は不良グループのメンバーという家庭にいた。
メガネのテディー(コリー・フェルドマン)の父親はかつてノルマンディー上陸作戦で活躍した町の英雄だったが、今ではすっかり精神を病んでしまっている。
ちょっとドジで、のろまなバーン(ジェリー・オコンネル)は肥満気味で仲間の道化役であった。
いずれも家庭的にはあまり恵まれず、どこか不幸の影を背負っている孤独な4人の仲間は、高い樹の上に組み立てた小屋に集まって煙草を吸ったり、猥談をしたりして過ごしていた。
(左からオコンネル、フェニックス、ウィートン、フェルドマン)
ある日、バーンが、行方不明となっていた少年が町の郊外の森の奥で列車にはねられ、その死体が野ざらしになっているという噂話を聞き込んでくる。
バーンは、エース(キーファー・サザーランド)をボスとする不良グループが話をしているのを盗み聞きしたのである。
その不良グループにはクリスの兄も加わっていた。
死体を発見したら、新聞に載るし、勲章ももらえるかもしれないと、彼ら4人は死体探しのために冒険旅行に出る。
小さな町しか知らない彼らにとっては初めての旅であった。
テディーが走ってくる列車の前に立ちはだかったり、鉄橋で列車に追いかけられ河に飛び下りて危ういところで命拾いしたり、沼でヒル攻めにあったり、道中はスリル満点であった。
夜になると、森の中でキャンプをする仲間に、ゴーディーはいろいろな物語を面白おかしく聞かせてやる。
想像力豊かな彼には物語を作る才能があった。
ゴーディーとクリスの会話。
「ぼくは変わっているのかな」
「人間はみんな変わってるよ」
「パパはぼくのことを嫌っているんだ」
「君のことを知らないだけだ」
そして、4人はついに血まみれになった少年の遺体を発見する。
ところが、そこへエースたちが現れて、死体を横取りしようとする。
クリスは死体は絶対に渡さないと彼らの前に立ちはだかり、ゴーディーも彼らに拳銃を向けると、その気迫に押されたエースたちは退散してしまう。
やがて冒険は終わり、4人は町に戻った。
クリスはゴーディに言う。
「俺はろくな人生を送れないかも知れない。だけどお前はいつか作家になれる。書く材料に困ったら、俺たちのことを書くんだ。俺がお前の才能を守ってやるよ。」
そのクリスは弁護士になって成功の道を歩んだが、つまらぬ喧嘩の仲裁に入って刺されて死んだのである。
かつてエースの前に立ちはだかった彼が、同じようにトラブルに立ちはだかって今度は死んでしまった。
そして「12歳の頃のあんな友人はもう二度とできない」と、長じて作家として成功したゴーディーは一人感慨にふけるのだった。
♪ ♪
少年たちを演じた4人は撮影当時12~16歳で子役というよりもそれぞれ俳優として立派な演技をしている。
中でもリーダー格クリスを演じたリヴァー・フェニックスが役柄のせいもあって強い印象を残すが、4人の中の誰が主人公というのでもなくいずれも同格に描かれている。
だが、強いて言えば、少年時代を回想し、物語の語り手でもあるゴーディーが主人公といえないこともない。
彼の父親は長男を亡くしたことを悔やむあまり、次男のゴーディーにつらく当たるのだが、彼を慰めるのがリヴァー・フェニックス演じるクリスである。
フェニックスは4人の中では一番年上で、撮影当時は16歳であった。
その彼は、1993年に23歳の若さで突然帰らぬ人となってしまうのだが、訃報を聞いて、惜しい俳優を亡くしたと思ったものだった。
少年たちが暮らすキャッスル・ロックは、原作者スティーヴン・キングの創作した架空の町だが、映画の監督を務めたロブ・ライナーの設立した映画製作会社はキャッスル・ロック・エンターテインメントといって、この作品にちなんで命名されている。
ライナーはキングの小説の映画化に当たって、原作の「ザ・ボディ(死体)」というタイトルが、実際はそうでないのにホラー映画を連想させることを嫌い、タイトルを“Stand By Me”とするとともに、1950年代という時代設定と「辛いときにもそばにいて」という曲のメッセージが物語のテーマにぴったりだったという理由で、ベン・E・キングの“Stand By Me”のオリジナル・レコーディングをテーマ曲に選んだ。
♪ ♪ ♪
“Stand By Me”(1961)は、黒人R&Bグループの名門ザ・ドリフターズのリード・ヴォーカルを担当していたベン・E・キング初期のスタンダードである。
ソロ歌手として第一歩を踏み出したベンの記念碑となった曲で、ドリフターズの“Dance With Me”や“Save The Last Dance For Me”といった名曲を思い起こさせる心地よい旋律のこのバラードは、ベン自身とジェリー・レイバー、マイク・ストーラーの3人の手による傑作である。
夜になって 辺りは暗く 月明かりしか見えない
いいや怖くない 怖くないさ 君がそばにいてくれれば
だからダーリン ダーリン そばにいてほしい
たとえ 見上げる空が 崩れ落ちてきても
たとえ 山が 崩れて海になってしまっても
泣いたりしない 一粒だって涙を流さない
君がそばにいてくれれば
困っているときはいつだって そばにいてほしい…
いいや怖くない 怖くないさ 君がそばにいてくれれば
だからダーリン ダーリン そばにいてほしい
たとえ 見上げる空が 崩れ落ちてきても
たとえ 山が 崩れて海になってしまっても
泣いたりしない 一粒だって涙を流さない
君がそばにいてくれれば
困っているときはいつだって そばにいてほしい…
R&Bやソウルはもちろんロックやカントリー界の多彩なアーティストによってこぞってカヴァーされている。
何と言っても、75年ジョン・レノンがこの曲を取り上げ、広く知られるようになった。
85年にはモーリス・ホワイトで、86年には映画の主題歌としてベン自身のレコードが再びチャート入りするなど、発表されて以来7回もリバイバル・ヒットしているが、いわゆるミリオン・セラーではないという珍しい曲である。
ベン・E・キングのロマンティシズムあふれた歌声は格別に素晴らしく、特に、イントロのベースラインのリズムと“So Darling, Darling, Stand By Me”と繰り返す絶唱は強く印象に残る。
頼もしい妻の背中の三歩あと (蚤助)