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被爆地ナガサキより

2011年08月09日 | いろんなお話

66年前の今日、8月9日午前11時2分、長崎に一発の原子爆弾が落とされました。死者は7万4千人を超え、今日までに亡くなられた被爆者の数は15万5千人以上にも上ります。この人類史上最悪とも言える出来事を風化させないよう、また人類が二度と同じ過ちを繰り返すことのないよう、長崎県内の小中高校では毎年8月9日を登校日とし、各学校で平和教育を行い、11時2分には各地で一斉に鳴らされるサイレンの音とともに、一分間の黙祷を捧げます。私が通った学校では、原爆により被爆した方々の写真を体育館に展示したり、戦争に関するアニメーションを放映したり、原爆の歌を歌ったり、実際に被爆者の方の体験談を聞いたりと、様々な平和教育が行われていました。写真の中には目を逸らしたくなるほど悲惨なものもありましたが、そのような教育があったからこそ、幼い頃から原爆の恐ろしさを認識し、核兵器は絶対に使ってはいけないという思いを今日まで持ち続けることができたのだと思います。

今日は旦那さんと一緒に10時35分から長崎市平和公園で行われる平和記念式典に参列しに行ってきました。私たちが着いた時にはもう満席で会場内には入れず、入り口付近に設置されていたモニターで式典の進行を見守りました。毎年長崎市長が行う平和宣言の内容に注目しているのですが、今年は3月11日の東日本大震災に伴う福島原子力発電所の事故にも言及し、核の利用について再度考え方を改めるべきだという警鐘を全世界に向けて発信してくれたと思います。(平和宣言の全文はコチラ→『平成23年長崎平和宣言』English →『Nagasaki Peace Declaration 2011』

今年の平和宣言文の中から一部抜粋してご紹介します。

 

福島の原発事故が起きるまで、多くの人たちが原子力発電所の安全神話をいつのまにか信じていました。

世界に2万発以上ある核兵器はどうでしょうか。

核兵器の抑止力により世界は安全だと信じていないでしょうか。核兵器が使われることはないと思い込んでいないでしょうか。1か所の原発の事故による放射線が社会にこれほど大きな混乱をひきおこしている今、核兵器で人びとを攻撃することが、いかに非人道的なことか、私たちははっきりと理解できるはずです。

世界の皆さん、考えてみてください。私たちが暮らす都市の上空でヒロシマ・ナガサキの数百倍も強大になった核兵器の恐ろしさを。

人もモノも溶かしてしまうほどの強烈な熱戦。建物をも吹き飛ばし押しつぶす凄まじい爆風。廃墟には数え切れないほどの黒こげの死体が散乱するでしょう。生死のさかいでさまよう人々。傷を負った人々。生存者がいたとしても、強い放射能のために助けに行くこともできません。放射性物質は風に乗り、遠くへ運ばれ、地球は広く汚染されます。そして数十年にもわたり後障害に苦しむ人々を生むことになります。

そんな苦しみを未来の人たちに経験させることは絶対にできません。核兵器はいらない。核兵器を人類が保有する理由はなにもありません。

Many people once believed the myth of the safety of nuclear power plants, from some moment in the past to the occurence of the nuclear power station accident in Fukushima.

What about the more than 20,000 nuclear weapons in the world?

Do we still believe that the world is safer thanks to nuclear deterrence? Do we still take it for granted that no nuclear weapons will ever be used again? Now seeing how the radiation released by an accident at just a single nuclear power station is causing such considerable confusion in society, we can clearly understand how inhumane it is to attack people with nuclear weapons.

We call upon all people in the world to simply imagine how terrifying it would be if a nuclear weapon hundreds of times more powerful than the Hiroshima and Nagasaki atomic bombs were to be exploded in the sky above our cities.

While intense heat rays would melt human beings and anything else nearby, horrific blast winds would fling buildings through the air and crush them instantly. A countless number of charred bodies would be scattered among the ruins. Some people would hover between life and death, while others would suffer from their injuries. Even if there were survivors, the intense radioactivity would prevent any rescue efforts. Radioactive substances would be carried far away by the wind to all corners of the world, resulting in widespread contamination of the earth's environment, and in affecting people with a plague of health effects for generations to come.

We must never allow anyone in the future to experience such agony. Nuclear weapons are never needed. No reason can ever justify human beings possessing even one nuclear weapon.


1945年8月6日午前8時15分に広島にウラン型原子爆弾が投下され、そのわずか3日後の8月9日午前11時2分に長崎にプルトニウム型原子爆弾が投下されました。違う型の原子爆弾が使用されたのは、その破壊力を比較するためとも言われています。そのために20万人以上の人々が犠牲になったという事実を、皆さんはどのように受け止めるでしょうか。被爆者の高齢化が進み、生き証人が激減し、戦争の体験が語られなくなってしまおうとしている今、戦争を知らない世代である私たちがもっと戦争の歴史に関心を持ち、実際に起こった出来事と戦争の悲惨さを次の世代に伝えていかなければなりません。そのためには、長崎と広島だけではなく、日本全国の学校で平和教育が行われるべきだと思っています。それができないのであれば、せめて8月6日と9日には広島と長崎で起こったことについて家族や友人達と話をして欲しい。今年の宣言文の中で長崎市の田上市長が提言した『小さな原爆展』(詳しくはコチラ→『ミニミニ原爆展』)もぜひ全国に広がっていくといいなぁと思います。

平和な世界を築くためには、相手を憎むことではなく、歴史を知ることから始めましょう。知ることから学び、そして未来に向けて考えましょう。私自身もまだまだ歴史認識が浅いので、これからもっと世界のことに関心を持って勉強し、世界の人たちと平和について共に語り合える人間になっていきたいと思います。

どうか一日も早く世界の人たちが核の恐怖から解放される日が訪れますように。

被爆地ナガサキより、平和への祈りを込めて。

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