旅の途中で観る夢は(おやじの旅日記)

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国宝「松本城」へ行ってきました。「Ⅲ」

2018年07月02日 19時51分50秒 | 旅の途中で
 いよいよ松本城、城内へ。

 城内を見る前に。

 松本城は:外観は層塔型のように下から上に向かって細くなっていっていますが、内部には三階に屋根裏部屋のように外から見えない階ができています。

 これは乾小天守でも同様で、外観三重ですが内部は四階になっています。この外側から見えない階ができるのは、望楼型と呼ばれる天守に共通することで、松本城は、構造は望楼型でありながら、外見は層塔型のように見える天守になっています。

 一・二階を通柱で組み立て、その上に三・四階を通柱、五・六階を通柱で組んだものを積み上げていくという構造で、高層化をはかっています。松本城の通柱は天守三階でよくみることができます。

 

 ↑ 入り口の「渡櫓(わたりやぐら)」は二階建てですが、地下一階が付いています。「がんぎ」(石の階段)を上がれば一階。江戸時代は石だけの階段でした。

 上の写真は渡櫓から「乾小天守」一階を映した写真  です。

 以前は「乾小天守」の一階を見学してから「大天守を」見学するように成っていたのですが、「乾小天守」の構造的な問題から今回は入ることが出来ませんでした。

 地震等の強度の問題なんでしょうか?。


 

 ↑「渡櫓」から階段を上り「大天守」へ。 


 

 ↑ 大天守一階。


 

 ↑ 天守一階から三階までは柱の数が多く、四階から上は柱の数も減ってやや広い空間が設けられています。下層は骨組みがしっかり造られています。



 

 ↑ 天主一階の説明文。


 

 ↑ 武者走りの説明文も。


 

 ↑ 武者走りの一角に有る石落としと、矢座間・鉄砲座間。

 石落は、石垣を登る敵兵に石を落としたり、熱湯等をかけたりして、天守を守る装置でした。

 戦いの主要武器が火縄銃となった戦国末期にはここから這い上る敵兵に火縄銃を撃ったと考えられています。

 松本城には渡櫓・乾小天守・大天守各一階に合計11か所の石落が備えられています。

 石垣の両隅と中間にあり、内ぶたを開けると内部から約57度の傾斜をもつ石垣をみることができます。


 

 ↑ 天主一階。


 

 ↑ 矢座間・鉄砲座間の説明文。


 

 ↑ 石落としの説明文。


 

 ↑ 武者走り。

 昔武将が歩いたところを、私が歩いて居る感無量です。

 天守一階に、武者走りとそれより一段約45センチメートル高い母屋部分があります。母屋部分が高くなっているのは、土台を二重に入れたためです。床下を見ると二重に組み合わせた土台が確認できますが。

 先日こんなニュースもテレビで  見ました。

 天主閣の床の磨き、5月23日(水)、6月6日(水)、6月20日(水)は一般の方が参加されたようです。

 30分床を磨いて、後の30分は歴史の話を聞いたとか、色々の方の力で運営されているんですね。


 

 ↑ 天守の壁。

 昭和の修理の際に切り取られた大天守二階の壁です。厚さは29センチメートルと分厚く、中にはナルと呼ばれる縄を組み込んで泥を塗り、白漆喰で仕上げています。更に外側にはもう一段漆喰壁があり、これは明治の修理の時に足したものです。


 

 ↑ 鯱瓦(しゃちがわら)。

 この鯱は大天守につけられていたものです。鯱は火災の際に水を吐くという想像上の魚で、口が空いているのが雄、閉じているのが雌です。松本城の鯱は南側が雄、北側が雌で、雌の方が若干小さく作られています。現在据えられているものは、乾小天守の鯱を模倣して製造されたものです。


 

 ↑ 鯱真木。

 鯱真木は天守に据えられた鯱(しゃち)を支えるための芯木です。190センチメートルの真木を棟木に取り付け、先端約80センチメートルが鯱の中に入っていました。

 「天保十四年(1843)四月取替」と墨書きされており、江戸時代末に取り替えられていたことがわかります。


 

 ↑ 蕪懸魚(かぶらげぎょ)。

 懸魚は本来中国では火災除けに魚の形をしていますが、日本では蕪の形を用いてきました。天守を外から見た時についている三角の破風と呼ばれる部分についています。ここに展示されているものは、昭和の修理で取り替えられたものです。

 ここまでは天主一階でした。


 

 ↑ 天主一階から二階へ。

 二階からの眺め。


 

 ↑ 大天守二階には火縄銃を主とした「松本城鉄砲蔵」の展示があります。


 
 
 ↑ 銃砲類の展示。

 鉄砲蔵には火縄銃の大産地として知られる国友(滋賀県長浜市)の小筒や、重さ16キログラムもの大筒、護身用の脇差鉄砲など様々な銃が展示されています。


 

 ↑ 武者窓/竪格子窓(たてごうしまど)。
 
 3連・5連の竪格子窓が見られます。格子に使われている部材は13×12センチメートルで、ここからも火縄銃を撃ったと考えられています。

 
 

 ↑ 一・二階を通柱で組み立て、その上に三・四階を通柱、五・六階を通柱で組んだものを積み上げていくという構造で、高層化をはかっています。

 松本城の通柱は天守三階でよくみることができます。


 

 ↑ 「長篠合戦図屏風」(大阪城天守閣蔵)の複製展示や当時の絵を用いた解説パネルを使用して、火縄銃について詳しく解説していました。

 銃のからくり。

 火縄銃の製造方法について展示されています。分解した銃で構造を見たり、からくりの仕組みを知ったりすることができます。

 ここまでは天主二階です。


 

 ↑ 天主二階から三階を望む。


 


 

 ↑ 天主五階。

 この階には、東西に千鳥破風、南北に唐破風が取り付けられ、室内には破風の間があり、武者窓から全方向の様子を見ることができます。三間三間の空間があり、戦いのときには、重臣たちが作戦会議を行う場所として考えられています。


 

 ↑ 天主五階。

 室内には破風の間がありました。

 柱を良く見ると、ノミで丁寧に削った後が見られます。


 

 ↑ 天主五階からの眺め。


 

 ↑ いよいよ五階から天主最上階(六階)に。


 

 ↑ 天主六階説明文。
 

 

 ↑ 二十六夜神。

 元和3年(1617)松本に入封した戸田氏がまつったとされています。

 月齢26日の月を拝む信仰で、戸田氏は毎月3石3斗3升3合3勺(約500キログラム)の米を炊いて供えたといわれています。関東地方に盛んだった月待信仰が持ちこまれたものと解されています。


 

 続く。
 
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昨年の「東慶寺」は。

2018年07月02日 17時19分01秒 | 旅の途中で
 今年は訪れる時期がはずれて。見頃をはずしましたが。

 昨年の「東慶寺」はごらんの様な混雑ぶりでした。

 

 昨年訪れたのは、6月17日。

 山門の階段付近のごらんの様な混雑振りでした。


 


 

 帰りの階段付近も。
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北鎌倉「東慶寺」にも行って来ました。

2018年07月02日 06時26分45秒 | 旅の途中で
 明月院のアジサイを堪能した後は。

 来た道を戻り「浄智寺」へ。

 

 ↑ 道沿いには。おしゃれなお店が数件ありました。


 


 

 ↑ 道路沿いに咲いている綺麗なアジサイを観ると道行く人が足をとめて 


 

 ↑ ギャラリーも有りました。

 踏み切り方面に 

 私は踏み切りを渡り「浄智寺」  方面へ。

 大勢の方は金沢街道を「建長寺」  方面に歩いて行きました。


 

 ↑ 浄智寺入り口。

 
 

 ↑ 今年初めてのトンボを見かけました。

 子供の頃はシオカラトンボって言っていたような。


 

 ↑ 橋のたもとの池には、鯉も優雅に。

 
 

 ↑ 次の目的地は花のお寺「東慶寺」へ。


 

 ↑ 東慶寺案内板。


 

 ↑ 私を最初に迎えてくれた花は、アジサイでした。


 

 ↑ アジサイの見頃を少し過ぎたのでしょうか?。

 
 

 ↑ 参道の階段にはまばらな人影が。

 昨年来た時は、階段は多くの人に埋め尽くされていましたが。

 今年はゆっくり拝見できそうな。

 アジサイの見頃を少し過ぎるとこんなに人の波が違うのか。


 

 ↑ 拝観料200円を納め。

 中に入ると今の季節の花は、やはりアジサイの花。


 

 ↑ アジサイの花。


 

 ↑ 鐘楼。


 

 ↑ ?。なんの実だろうか。


 

 ↑ スミレ。


 

 ↑ アジサイの花。


 

 ↑ 本堂前。


 

 ↑ 茶室「寒雲亭」。


 

 ↑ 金仏。

 りりしいお顔の大仏様。


 

 ↑ ?。


 

 ↑ ホタルブクロ。

 
 

 ↑ ハナショウブはほとんど終わってしまいましたが、

 その奥では半夏生が咲き始めました。


 

 ↑ アジサイの花。


 

 ↑ 半夏生。


 

 ↑ 松ヶ岡宝蔵の脇を通り。


 

 ↑ 半夏生越しに見える、白蓮舎。


 

 ↑ コスモス。


 

 ↑ ホタルブクロ。


 

 ↑ なでしこ。


 

 ↑ 本堂。


 

 ↑ なでしこ。


 

 ↑ 東慶寺を後に。

 東慶寺と言えば。イワガラミの特別公開が有ります。

 イワタバコも見る事が出来ます。

 今年は。イワタバコ、イワガラミ、ハナショウブは6月9日頃に見頃を迎えたようです。

 私は、イワタバコを昨年見る事が出来ました。ひっそりと岩場に咲く花でした。


 


 

 ↑ 円覚寺前。


 

 ↑ 北鎌倉ホーム。

 北鎌倉「東慶寺」の旅でした。

 帰りの電車でハプニング。

 間違って湘南新宿ラインに乗車してしまいました。

 「大崎で」下車して山手線に乗り換えれば良かったのですが「渋谷」迄行ってしまいました。

 お陰で「渋谷駅」下車。

 複雑な駅でした。

 
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