こんな気持ちでいられたら

生き方、世の中、家族、医療。あれこれ考えたことを書いています。

人間起きて半畳、寝て一畳、さらには所詮山椒魚。

2021年10月25日 | 生き方について考える、あるいは哲学的考察
 朝焼けの日は天気が崩れるという。今夜も帰る頃には雨の予報で、なんとなく気が重い。昨日のエントリーは、花壇の手入れの疲れもあって少々支離滅裂で、推敲もろくにせずにアップしてしまったようで、ひどい文章だった。あまりにひどかったので今朝もう一度手を入れた。

 多少手を入れたとはいえ、昨日書きたかったことは変わっていない。人間起きて半畳、寝て一畳、さらには所詮山椒魚。真に必要なものがなんであるのかを見極め、さらには自分が無知であることを自覚し見聞見識を常に広めなくてはならない。

 さらに、人間関係では、他人に期待するから、がっかりする。今いるところが自分が求められているところであって、不満をもってはいけない。”お声がかからない”というのは自分は必要とされていないということだ。

 自ら何かを得たいと思ったら、自分から取りに行かなくてはいけないし、その気がないのなら取りに行く必要はない。むしろ自分に求められていることを全うすることが生きていく理由なのだ。

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