賢太郎の物書き修行

IT系と政治関連の事件を中心にコラム風に書いています。趣味は舞台、だけど最近は殆ど観てないな~。

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一流の国民も、二流の官僚も、三流の政治家も同じ文化基盤から出現している

2011-06-09 17:45:30 | 政治

一流の国民、二流の官僚、三流の政治家だって…」という記事を読んだ。何故同じ人材プールからこの様な違いが出てくるのかは不思議である。「日本の政治家を尊敬する日が来るために」では政治家の利己的な考えが堕落させるんだと言う。だが、「皇帝のいない国:首相退陣論から振り返る「この国のかたち」」と「菅「押込」の構造」を読んで、一流の国民も、二流の官僚も、三流の政治家も同じ文化基盤から出現しているのだと思った。

皇帝のいない国である日本社会では全てが「合議」で進む。「和を以って尊しとなす」と喝破した聖徳太子は慧眼で、原則よりも法令よりも集団による合意が優先されるわけだ。これは同時に構成員全員が集団運営に関するある程度のレベルまでの関心を持っているということで、これは構成員の教養が十分に高くなければ保証されない。この構成員の教養の高さと一定レベルでの合意形成能力が今般の災害における秩序維持につながったわけである。

合意形成が出来るためには一定の明文化されていないルールがあるわけで、このルールは災害時にも機能したわけだ。しかし、この明文化されないルールは平時でも働いていて、官僚組織においても同様に働く。一般生活と違い、ビジネスであれ行政であれ、構成員には強いインセンティブが働く。自分の属する小集団の利益を守るという。一般生活でもインセンティブは働くが影響が小さいために分からないのだろう。

このインセンティブは合意形成までの時間を長くする効果がある。小集団の代表による合議で出た意見をそれぞれが持ち帰って小集団の合意を得て再度代表どうしでの合議に諮るということを何回も繰り返すからだ。政治家になると、属する小集団が複数になってくるので、複数の小集団個別の合意と小集団間の合意を更に政治家同士ですり合わせるという気の遠くなるような話になってしまう。

自立した小集団による活動はトヨタ・ウェイを生んだし、震災で世界の尊敬を集める自制心ある個人の行動を生んだ。しかし、その卓抜した小集団合意形成能力は、組織が大きくなれば大きくなるほど満足な成果をあげられなくなる。小泉純一郎が改革に手をかけれたのは、組閣に派閥の推進を受け付けなかったり、民間から枢要閣僚を一本釣りするなどの「合意無視」をしたからである。逆に、この様な我の強い国民性であったならば、震災の中で合意を優先しながら秩序正しく行動するなどということも出来なかっただろう。

つまり、「一流の国民も、二流の官僚も、三流の政治家も同じ文化基盤から出現している」のである。

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