kenroのミニコミ

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躍動する魂のきらめき    ImpressionismからIxpressionismへ 

2009-07-06 | 美術
速水豊学芸員が指摘するように「表現主義」を日本で語るとき、ドイツ絵画を思い浮かべるそれに止まらないらしい。ただし、筆者は絵画や彫刻など「静」客体以外の世界には疎いのでここでは絵画などについてしたためてみることにする。
一見すると日本の画家たちはヨーロッパの表現主義(そのティピカルなのはドイツのそれ)をよく取り込んでいるものだと感心する。黒田清輝は渡航しているからもちろんのこと、萬鉄五郎、神原泰など同時代のヨーロッパ画壇の状況を素早く取り入れ、あるいは先んじている。しかしながらヨーロッパで席巻していた「表現主義」に皆が取り込まれていたわけではなく、同一化しない、違うものだとわざわざことわって絵画を発表した者も多い。そういった意味で日本の「表現主義」は大正デモクラシーの自由主義的な雰囲気の中でゆるされたのかもしれない。
ところで印象主義=Impressionism に続く絵画の傾向にどのような名称が与えられただ
ろうか。ポスト印象主義、後期印象主義などの呼び名もあるが、結局 Impress =人間の内面への沈潜 に対してIxpress=人間の外に向かっての発露 Ixpressionismという語が結局大きな地位を獲得したようである。もっとも、一人ひとりの画家を見れば印象主義的、自然主義的な傾向から作品の風合いを大きく変転していった者もいて、たとえばある意味で凡庸な写実主義からキュビズム、フォービズム、シュルレアリズムと大きく画歴が変わったピカソのように。
表現主義といっても細分化されてゆく。というか発展していく。思想的な背景があり、それの体制内発露としてのロシア構成主義、萬鉄五郎から「私はそうではない」ときっぱり断絶されたイタリアの未来派。
しかし、たとえばブリュッケのノルデを、青騎士のマッケを見ても印象主義=Impressionism から発展した形態としての表現主義=Ixpressionism がよく見て取れる。そしてポスト印象主義だろうが、キュビズム、フォービズムだろうが、内面の発露としての表現主義は十分印象主義と別の絵画時代を築いているし、印象主義を経験した過程ですでに印象主義をポスト=越えている。であるからこそ、表現主義の画家たちの仕事はいかに、どれだけ印象主義を超克したかが問われているのであるし、鑑賞者側もそういった眼で見、また期待する。
日本の表現主義と言った場合、ある一つの作品にヨーロッパの画家たち、たとえば萬鉄五郎はゴーギャンを、神原泰はボッチョーニを、柳瀬正夢はカンディンスキーを、あるいは甲斐庄楠音はルノワールをなぞらえ、安心しがちであるが、いやいや 日本の画家たちもヨーロッパのそれの影響を受けたとしてもそれは後塵を拝したわけではない。同時代的に探索の過程として表現主義にたどりついたと解するのが妥当であると思う。
もっと十分楽しめばよい。日本の表現主義を。それは絵画に止まらない。彫刻、写真や演劇など、あるいは柳宗悦らの文芸運動まで巻き込んで発展し、そしてナチスドイツがノルデらの試行を退廃芸術との烙印を押して排斥したように、日本でも芸術は天皇制軍国主義の走狗となっていく。そこで生き残ったのはもう表現主義の残滓もないものであった。今一度楽しめる表現主義の再評価が必要である。(萬鉄五郎「雲のある自画像」)
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