く~にゃん雑記帳

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<久米寺> 現世と極楽を結ぶ来迎橋で二十五菩薩の練供養

2016年05月04日 | 祭り

【通称「久米レンゾ」金色に輝く面、きらびやかな装束】

 久米仙人の伝承で有名な奈良県橿原市の久米寺で3日「二十五菩薩練供養」(通称「久米レンゾ」)が営まれた。久米寺は橿原神宮のすぐ南側に位置する。創建は聖徳太子の弟だった来目皇子(くめのみこ)ともいわれる。ツツジが咲き誇る中、二十五菩薩は金堂(本堂)と護国道場の間に架けられた約100mの来迎橋をしずしずとゆっくりとした歩調で渡った。

 午後3時からの練供養を控え、金堂では大般若経の転読法要が行われ、そばの観音堂では10人ほどの女性信徒が御詠歌を詠唱していた。練供養は西方浄土から阿弥陀仏が二十五菩薩を従えて迎えに来る様を再現するもの。諸菩薩は信徒や法螺貝を吹く山伏、雅楽の奏者、僧侶・住職、お稚児さんらに続いて登場し、山門に近い護国道場から来迎橋を渡って金堂に向かう。橋のほぼ中央では20人ほどの僧侶が対面する形で読経を上げ、散華(さんげ)が空中を舞うたびに参詣者が橋の周りに殺到した。

 

  

 諸菩薩は金色に輝くお面ときらびやかな装束を身に着け、菩薩名を手にした介添え人とともに現れた。先頭は観世音菩薩(上の写真㊨)。通称「すくい仏」と呼ばれており、両手で抱えた仏像を救い上げるような動作を右・左と繰り返しながら歩を進めた。これに大勢至、薬王、普賢など諸菩薩が続き、最後尾は無辺身菩薩と妙音菩薩だった。

 

 諸菩薩は金堂内での読経が終わると、再び橋を渡って護国道場まで戻った。この間ほぼ1時間弱。午後4時からは参拝者全員が金堂に向かって合掌し般若心経を唱えた後、橋の上から御供(福餅)まきがあった。二十五菩薩練供養は奈良県葛城市の当麻寺が発祥地といわれる。なんと1000年の伝統を誇るとか。同寺では「当麻曼荼羅」(国宝)を織り上げた中将姫の命日に当たる5月14日に「聖衆来迎練供養会式」が営まれる。

 


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