く~にゃん雑記帳

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<仏隆寺> 石段脇のヒガンバナ、食害からここまで再生!

2017年09月26日 | 花の四季

【3年間で球根6万余を植栽、シカ・イノシシの防護柵も】

 奈良県宇陀市榛原赤埴(あかばね)にある古刹、仏隆寺(鈴木隆明住職)で、本堂山門に至る石段沿いのヒガンバナが見頃を迎えている。この寺は樹齢900年を超える県内最大最古の〝千年桜〟(モチヅキザクラ、県天然記念物)とともに、石段脇を真っ赤に染めるヒガンバナの寺として有名。ところが4年前にシカとイノシシの食害に遭ってほぼ全滅。その後、県や市、ボランティアの支援を受け高さ約2mの防護柵を設け、3年間で約6万5000個の球根を植栽して再生に取り組んできた。

 かつて石段の周囲にはこの時期、約10万本のヒガンバナが咲き誇っていたという。全滅したのはシカに新芽を食べられたうえ、イノシシに球根を掘り起こされたのが原因。このためシカやイノシシが入れないように石段周辺にぐるっと網柵を張り巡らした。約200段の石段の上下入り口には「柵を開けた方は必ず閉めてください」と書かれていた。ヒガンバナは石段沿いを中心に開花中だが、かつての写真の一面を赤く染めていた全盛期に比べると、まだ再生途上といった感じ。住職の奥様は「ここまで復活できてありがたい。今年6月に植えた球根も来年には咲いてくれるはず」と話していた。(下の写真㊧の左上は千年桜)

 

 仏隆寺は真言宗室生寺派末寺で、〝女人高野〟室生寺の南門として麻尼山光明が岳の麓に位置する。850年(嘉承3年)に空海(弘法大師)の高弟堅恵が創建したと伝えられ、本堂脇には「大和茶発祥伝承地」と刻まれた石柱が立つ。ヒガンバナの再生は軌道に乗り始めたが、同寺は檀家が少ないこともあって草刈り(年4回程度)など管理費の工面には苦慮しているとのこと。そのため石段下にはご芳志のお願いも張り出されていた。

 

 仏隆寺からの帰途、程近い「赤埴の千体仏」に立ち寄った。子授けに霊験あらたかな地蔵菩薩群が小高い所にあるお堂に納められている。お堂の前面に記された由来によると、16世紀前半に赤埴家の養子となった越中守安正が生地の美濃から仏像を背負ってきたのが始まりという。内陣中央の厨子上部に高さ46cmの美しく彩色された地蔵が安置され、その下の3段の木箱に約24cmの地蔵が計6体納められている。左右両側の6段の棚には木製無彩色の無数の小地蔵が並ぶ。子を授かりたい人は願をかけて一体持ち帰り、子どもが生まれたら新たに一体を刻んで二体を一緒に納めることになっているそうだ。

 


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