く~にゃん雑記帳

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<彦根城・二季咲桜> 可憐な小輪の花が満開に

2018年12月22日 | 花の四季

【水戸市が46年前に寄贈、冬と春の年2回開花】

 国宝彦根城に向かって菰(こも)巻きの松の並木〝いろは松〟を直進し、突き当たりを右折して国の名勝「玄宮楽々園」に向かう途中に、白や淡いピンク色の可憐な花が咲き誇る3本の桜の木があった。その名は「二季咲桜(にきざきさくら)」。説明文によると、1972年に友好都市の水戸市から寄贈されたもので、冬(11~1月)と春(4~5月)の年2回開花する。行き交う観光客も「あっ、こんな寒い時期に桜が!」と驚いた表情でカメラに収めていた。

 彦根城は江戸時代、近江彦根藩主井伊氏の居城。15代藩主井伊直弼は江戸幕府の大老も兼ねたが、1860年の「桜田門外の変」で尊皇攘夷派の水戸藩と薩摩藩の脱藩浪士によって暗殺された。彦根市民にとって水戸はまさに因縁の仲。かつて水戸ナンバーの車が彦根を走っていると石を投げつけられたこともあったという。その両市の仲を50年前、福井県の敦賀市長が取り持った。敦賀市は江戸末期の「天狗党の乱」(1864年)の縁で、水戸市と姉妹都市提携を結んでいた。

 

 この乱は幕末最大の悲劇ともいわれる。天狗党と呼ばれた水戸藩の尊攘派は京に上る途中、敦賀で幕府の追討軍に囲まれ降伏、352人が処刑された。敦賀の人々はその亡骸を手厚く葬って松原神社に祀ったという。そんなつながりから水戸市と姉妹都市になっていた敦賀市の市長が1968年の松原神社例大祭の折、水戸市長に「明治100年を機に彦根市との親善を深めては」と打診した。これを受け彦根、水戸の両市はその年の秋、長年の歴史的なわだかまりを超えて彦根市の金亀児童公園の井伊大老銅像前で「親善奉告祭」を行った。それからちょうど50年、今年11月には彦根市で「親善都市提携50周年記念式典」が開かれた。

 二季咲桜はその井伊大老の銅像のすぐ近くにある。植樹から半世紀近くたって、幹の直径は30cmを超えるほどに。花弁が5枚の一重咲きで、ソメイヨシノの花に比べるとかなり小さいが、楚々とした味わいがあった。1年に2度咲く桜には冬桜や十月桜、不断桜、四季桜、子福桜などがあるが、この二季咲桜はマメザクラ(豆桜)とエドヒガン(江戸彼岸)の雑種、四季桜の一種とみられている。日本三名園の一つといわれる水戸・偕楽園でも同じ桜が二季咲桜として親しまれているそうだ。

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