一身二生 「65年の人生と、これからの20年の人生をべつの形で生きてみたい。」

「一身にして二生を経るが如く、一人にして両身あるが如し」

1968年 メキシコオリンピック

2018年01月12日 | 社会
お気づきになられただろうか。なんとこの大会、身体能力の高い黒人選手たちが出場する中、銀メダルを獲得したのは白人選手だったのだ。

彼の名前は、ピーター・ノーマン(Peter Norman)。オーストラリア代表の選手だ。オーストラリア人初の、陸上200mでのメダルだ。しかも彼はそれだけでなく、その決勝でオーストラリア最速記録を叩き出したのだ。その記録は、2017年になった今も、未だ破られていない。

そんな栄光を祖国に持ち帰った英雄、ノーマン選手。しかし、メキシコオリンピックを最後に、オリンピックという輝かしい舞台から姿を消してしまった。

いったい彼に、何が起こったのだろうか。

未だに消えない人種差別

ここで少し、メキシコオリンピックが行われた1968年の時代背景を説明しよう。

1950年代から1960年代にかけ、アフリカ系アメリカ人への公民権の適用と人種差別の解消を訴える公民権運動がアメリカ国内で盛んに行われるようになった。そのアフリカ系アメリカ人の忍耐強い努力の結果、1964年7月2日に黒人の人種差別を法律上禁止する公民権法が制定された。

しかし、制定後も白人によるアフリカ系アメリカ人への人種差別は完全にはなくならなかった。1965年に起こった、白人警官が黒人公民権運動家に暴力行為を行った「血の日曜日事件」をはじめ、メキシコオリンピックが行われた1968年に起こったマーティン・ルーサー・キング牧師の暗殺事件など、人種差別はまだまだ続いていた。

同じように、オーストラリアでも、白豪主義と掲げ、白人優位主義とアボリジニなどの非白人を排除する政策が行われていた。
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