大文字屋の憲ちゃん (当面は 石巻 地震) 

RIP 親父 けんちゃん 石巻 地震

父のプロフィール 二版

2010-06-24 13:15:45 | 日記
父のプロフィール

以下は父・佐藤憲のプロフィール二版(02-20100623版)である。

6月21日、22日に帰省した。その際石巻商業高校にて父の卒業年度を確認することができた。また以前の取材で得た情報と合わせて変更点がかなり出た。よって改版を出した。初版(01-091229版、2009年12月29日記事)と異同のあるものについては※印で注を付した。初版とは記述に重複がある。

なお、石巻商業高校をはじめ、東北学院大学、石巻市立石巻中学校、石巻市立石巻小学校の各学校の事務方の皆様に多大なご協力・ご厚意を賜ったことをここに厚く御礼申し上げます。

また先般コメント欄にお便りいただいた毛塚功一さんには調査にあたりサポートをいただき心より感謝致します。

<昭和4年(1929年)~昭和39年(1964年)>

●昭和4年(1929年)12月1日
  宮城県牡鹿郡石巻町(当時)にて、父・佐藤英雄、母・小糸の二男として生まれる。…※1

●昭和 9年(1934) 4月( 4才) 石巻市立石巻幼稚園 入園
●昭和11年(1936) 3月( 6才) 同卒園
●昭和11年(1936) 4月( 6才) 石巻市立石巻小学校 入学
●昭和17年(1942) 3月(12才) 同 卒業    
●昭和17年(1942) 4月(12才) 石巻商業学校 入学…※2
●昭和22年(1947) 3月(17才) 石巻商業学校 卒業…※3
●昭和22年(1947) 4月(17才) 東北学院 入学…※4
●昭和25年(1950) 3月(20才) 東北学院 経済学科系 経済学科(専門学校)卒業…※5
●昭和25年(1950) 4月(21才) 宮城県立石巻高等学校にて社会科教師として赴任。

●昭和27年(1952)10月14日 父・英雄逝去(享年五十九才)。この後石巻高等学校の教職を辞し、家業の大文字屋を継ぐ。

 父の誕生から家業を継ぐまでの経歴中、出生、石巻商業高校卒業年度、東北学院大学卒業年度、及び、祖父英雄の死亡時期については資料で確認できた。それ以外はまだ家族と親戚からの聞き書きと、それらからの推定・再現である。

 父の時代には石巻中学校が存在しなかったことが分かっているが、石巻小学校と石巻幼稚園については調査が進んでいない。なお石巻幼稚園は私も卒園しているが、現在は消滅している。(因みに私は「もも組」だった。「お池の和尚」という劇をやった記憶がある。また「さくら組」の古沢君の軍団と抗争を繰り広げていて、よく佐藤純一くんが出てきて闘っていた。)

 また、記録をつなぎ合わせると、東北学院大学を在学3年で卒業していることになり、これは井上晃雄さんの弔辞中の「幼稚園二年、小学校六年間、商業四年、あの苦しい学徒動員を経て、更に東北学院で四年、実に十五年間も同室同級生だったのです」という言葉と一致しない。在学期間が3年というのもどうも不自然に思われるので、もう少し確認が必要である。

●昭和33年(1958)12月 喜久子(旧姓千葉)と結婚。…※6
●昭和34年(1959)10月 第一子長男・忠典誕生。
●昭和35年(1960)10月 第二子次男・慶広誕生。

<昭和40年(1965)~昭和50年(1975)>

○大文字屋を株式会社化。社長に就任。
●昭和51年(1976年) 大文字屋の店舗兼住居として現在の3階建HDビル建設。…※7

●昭和53年(1978年)11月21日 母・小糸逝去(享年八十二才)。

<昭和51年(1976)~平成20年(2008)>
 
○長男・忠典が株式会社大文字屋に入社。
●平成元年(1989年)10月 長男・忠典が恵美子(旧姓・菊地)と結婚。…※8

○脳梗塞発症。術後の経過良好につき、一時仕事に復帰。
○狭心症発症。
○腎臓を患う。

<平成21年(2009)~>

●平成21年(2009) 8月 2日 川開き祭りフィナーレの夕方、衰弱が激しく緊急入院。以後容体は安定。8月下旬退院の話も出るほど回復。(病院のベッド上で足上げ運動をして看護師さんに叱られたらしい。)
●平成21年(2009) 8月30日夕方6時頃 容体急変し危篤状態に。
●平成21年(2009) 8月31日午前2時10分 永眠。真浄院釋正憲居士。享年八十一歳。※9


※1…父の戸籍謄本により当時の石巻町が牡鹿郡にあったことが確認できた。

※2…2010年3月16日記事『お手紙紹介』の追記1にある東北学院大学への卒業年度問い合わせと同時期に、石巻市立石巻中学校に電話で問い合わせたところ、石中は創立が1950年頃であることから同校に父が学んだことはありえないことが判明した。したがって石巻小学校卒業後にそのまま石巻商業高校に入学したと考えられる。
 なお、石巻中学校の創立は戦後である。現在の位置に石中と門中と住中と湊中が同時に並んで建てられ、その後順次生徒の居住区域に移転したとのこと。石中は2009年に創立60周年を迎えているので1949年創立であろう。(同校HP参照→http://www.mediaship.ne.jp/~jhsishi/index.htm)

※3…石巻商業高校を訪問し照会していただいたところ、卒業台帳により昭和22年3月卒業であることが確認できた(2010年6月22日)。5年在学であった。この間に同校は1919年(戦時)一度工業学校に転換し1921年商業学校に再転換。父たちは商業高校に戻って最初の卒業生にあたるとのこと。(同校HPの「校史・沿革」参照。→http://sekisyo.myswan.ne.jp/syoukai.html)

※4…大学卒業年からみて石巻商業高校卒業後すぐに東北学院大学に入学したと推定される。

※5…2010年3月16日記事『お手紙紹介』の追記1に記したように、東北学院大学に問い合わせたところ、「総務課」「交友課(同窓会室)」の方々のご協力により卒業年度と在籍学科を確認することができた。

※6…父の戸籍謄本により確認できた。

※7…工事代金の支払いが30年後の2006年に終了していることから竣工時期が確認できた。

※8…父の戸籍謄本により年が確認できた。

※9…父の戸籍謄本により死亡時分を確認できた。



追記

帰省の詳細は後日記事にします。石巻商業高校にうかがった際に運動公園と専修大学図書館まで足を伸ばした。そのあたりを。
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