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昔、鉄ちゃんがいました また(国鉄編 蒸気機関車)

2021-08-01 | 番外編 鉄道など

国鉄編の内、蒸気機関車編

非電化区間の客車列車、貨物列車牽引の先頭だったけれど
50年前でさえも時代の流れに逆らえず。
幹線でもディーゼル機関車が少しずつ増え始めていた。
最も足繁く通った山陰、米子機関区は今も懐かしい場所だ。
構内入れ替えなどにも供されていたし、時折単機も走っていたりした。
腕試し、撮り試しは、明石・姫路の中間にあった加古川駅
ここにはC11が一機とC12が三機いた。


▲ 何度も通った米子、残雪の大山。下は何度も立ち寄った大谷町への道。▼


▼ 米子機関区の8620形式 ▼
大正時代の製造開始時点で、車番は8620が初号機だった為に、以降の製造番号は少し変わっている。
二号機は8601 以降8699の後は18600となった。18699の次は28600である。
8620は動輪3だったが、9600は4つの動輪を持つ。




▲ 左が8620形式、右がD51形式で、駅にはD51牽引の貨物列車が控えている。

▲ 休車となっていたキハ07が見える。▲





8620とD51



構内での貨車の入れ替え用に使われていた8620



























▲ 米子の8620形式 ▲

▼ 米子のC11形式 ▼










▼ 加古川のC11とC12 ▼
以下は加古川区の二形式 試し撮りには絶好の場所だった。












































C12は、構内入れ換え用と、加古川線貨物列車運用に使用された。







































▼ 加古川のC11は駅構内の入れ替えよりも加古川線貨物列車運用が多かった。 ▼



























▲ 加古川の二機、C11199とC12230 ▼

▲ 加古川のC11 C12 ▲

▼ C11形式 ▼







▲ 米子 ▲

▲ 広島 ▲


▲ 松本駅構内 大糸線運用にC56

▼ C57形式 ▼

























▲ 米子 ▲


▼ C58形式 ▼

▲ 米子 ▲

▲ 天王寺駅構内 関西本線運用のC58 ▼


































▼ C59形式 ▼












▼ D51形式 ▼
▼ 米子周辺 米子機関区 ▼

























































































▲ 米子機関区 ▲


▲ 広島駅 ▲

▲ 糸魚川駅早朝 ワンゲル恒例のオープンスキー講習会で利用していた北陸本線の普通列車。
学内募集で集めた50人近くを大阪からこの列車で、糸魚川で大糸線ディーゼルに乗り換えて
当時はまだ無人駅だった千国(ちくに)まで。そこから民宿まで雪道を徒歩で…。
よくやったなぁ~と今も、この画像を見るだけで感動している。▼








2021.08.01 追加











































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