渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

フェイス

2016年06月30日 | バイク・車



新型メルセデス・アマーゲーGTR。
ぐへっ。漫画みたいな顔に見える。
なんだかチキチキマシン猛レースに出てきそうな感じ。

あまり品があるようにはおいらは見えない。


でも、お好きな方はお好きなのでしょう。

あたしは四輪車はこういうホノボノ系のほうが好きかな。








最近ではこいつがかわいいぜ!






シトロエンDS3カブリオ。
外見はポヤ~ンとしたほのぼの系なのに実は速い。
こういうのが好きだね俺は。車も人も。
見かけ倒しの忍者ハッタリくんは大嫌いなんだ。
見た目が仰々しいのは嘘物さんが多いしね。

ベンツは500Eで終了した、という感じがしないでもない。





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TV CM-チキチキマシン猛レース実写版

2016年06月27日 | バイク・車

Peugeot 208 TV CM-チキチキマシン猛レース実写版


プジョーやるなあ。
日本もこれくらいシャレの利いたCM作ってくれれば
いいのになぁ。
岩石オープンまで出てきてるよ(笑
昔は「OH!モーレツ」とかあったのに、今はなんだか
つまらん(まじつまらん)小芝居の白い犬のおとーさん
ばかりが日本CMでは幅利かせてるけどさ~。


ケンケン最高!




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拝一刀 胴太貫(どうたぬき) ~現実と空想活劇の虚実~

2016年06月25日 | 映画・ドラマ・コミック



拝一刀(おがみ いっとう)。公儀介錯人。
架空の物語の架空の人物である。
そもそも「公儀介錯人」という役職は歴史上存在しない。
「公儀刺客人」という役職も無ければ当然「裏柳生」も存在しない。
また、劇画・ドラマ・映画の中に出てくる裏柳生の分家の「喰代柳生」
も存在しない。
すべてが作り事の架空の物語なのである。
創作物語は、「作品」として楽しむものであり、現実に存在した歴史事実
と混同してはならない。(あたりまえのことだけど)
スーパーマンやウルトラマンは現実世界には存在しない。

劇画・ドラマ・映画の『子連れ狼』は、大名の介錯をする公儀介錯人の
地位を狙う公儀刺客人の柳生家が公儀介錯人拝一刀を抹殺せんとし、
一刀の妻、一族郎党を皆殺しにする。そして、かろうじて生き残った一子
大五郎と共に拝一刀は子連れの刺客となり、柳生に対して恨みを晴らす
旅に出るというストーリーだ。

拝一刀の差料は「胴太貫(どうたぬき)」といって、これも原作者が考案した
架空の刀である。
肥後菊池の同田貫(どうだぬき)とはまったく関係がない。
(ただし、原作劇画第二シリーズでは内容が大きく変換され、一刀の刀は
肥後菊池の同田貫とされてしまい、一刀から数十年昔にいた東郷重位が
遺子大五郎を育てるという脳細胞爆裂展開になってしまった)

中村錦之助が萬屋錦之介と芸名を変えて臨んだ意欲作のTVドラマ『子連れ狼』
では原作通りに「ドウタヌキ」という刀を使っている。
ドラマでは撮影上の都合から、何口(なんふり)かの別物の殺陣用のドウタヌキが
出てくるが、こういうのは映像作品製作ではよくあることでいたしかたない。





萬屋先生はこのドラマ主演を期に現実の肥後国同田貫作の大ファンと
なったらしく、「同田貫」であればどんな物でも買い取ると刀剣商に触れ
を出し、同田貫を収集した。
そのため、ドラマ『子連れ狼』が放映される前までは、美術刀剣界では
位が低いとされて低価格だった同田貫(2005年頃までの軍刀のような
扱いで実用品の品位の低い刀とされていた)だが、萬屋先生の買い占め
によって一気に価格が数倍に高騰した。市場に品薄になったからだ。
萬屋先生は同田貫だけで数百口を収集していた。かつて1970年代中期
に放送されたテレビ番組の取材で「これ、来たばかりの同田貫。これで
○○○本目くらいかなぁ」とおっしゃっていた。
当然ご自宅では保管しきれず、別に管理の行き届いた倉庫を借りて
保管しているとのことだった。

萬屋先生のご趣味のおかげで、世間では次の3つの現象が起きた。

・同田貫(どうだぬき)をドウタヌキと発音することが広まったこと
・買い占めにより肥後同田貫が市場から消え、経済原理で一気に価格が
 暴騰したこと(通常の刀剣では考えられない秀吉の正宗名刀工作依頼
 の現象)
・ドウタヌキは同田貫であると思い込み、架空の刀剣胴太貫と同一で
 あると誤認する人が大量に増えたこと

原作の第一シリーズの劇画も萬屋版のドラマも珠玉の名作だが、この
拝一刀の愛刀の架空刀の「胴太貫」には隠されたとんでもないカラクリの
事実がある。
こちら → 消された画
こちらも → 刀工の交流と茎の形状

現在でも実在の肥後国菊池の同田貫をドウタヌキと呼ぶようなことが
一般化されてしまっているが、同田貫はドウダヌキである。
これは幕末の名工源清麿をキヨマロと読む誤伝が一般化したのと
同じ現象ともいえる。(清麿は本来はスガマロ。兄の真雄はマサオでは
なくサネオ)
こうしたことは、長船長義を「チョウギ」と呼びならわす便法的使用法とは
異なり、おそらく誤伝がそのまま多くの人に真実として誤認されたまま
一般化して普及した類のものだろう。
世間の多くの人は歴史事実をよく精査せずに思い込みで鵜呑みにする
傾向が強い。
江戸城の天守は二度築城されたが、振袖火事と呼ばれた明暦の大火
以降は建造されていない。
それなのに『暴れん坊将軍』の八代将軍徳川吉宗の時代に江戸城天主
を堂々と出しているような時代劇が非常に多く、大衆はそれを観て現実
かと固く誤信する。
ドラマの世界ならば害はない。
だが、本当の歴史上の事実と架空創作物を区別しようとはしない傾向が
大衆にあることを狙って、大ねつ造を繰り返して集客して金員を得ようと
する族(やから)は世の中に多いので注意が必要だ。
精査すれば嘘まみれであることは判明するのだが、一般的には大衆が
見抜こうとする力を上回る巧妙なやり口で欺罔(ぎもう)するので、人は
騙されてしまう。つまり、それらの目的は虚偽を基にした集客による金員
集めであり、詐欺行為であるのだ。
これは自称武術流派などだけでなく、刀剣関係者でも多くいる。
例えば一例としては、刀工二代目小林康宏と会ったこともない人間が「私は
刀匠小林康宏と懇意にしている。名刺も持っている」として周囲に振れまわっ
てそれによって何らかの利益を得ようとしている人間もいたりした。
事実は康宏は一度もその人間に会ったこともない。
そうした人物がある剣術居合流派の「代表」と自称したりしている。
何も知らない人は騙されるだろう。

私はふと、武術を学ぶ根幹は、強いか弱いとかよりも、「真実を見抜く事」では
なかろうかと思う。
武技においても、虚実の虚に惑わされて騙されては命を失う。それが武術
なのではなかろうか。

映像作品などは「作品」であり、あくまで創作物だ。ドキュメンタリーフィルム
ではないのだから。



ドラマ『子連れ狼』に出てくる拝一刀の携帯武器は多くある。
代表的な物を列挙すると以下だ。
 ・大刀=胴太貫(ドウタヌキ)
 ・長巻
 ・槍
 ・手裏剣
 ・短刀
 ・斉発銃

私は個人的な勝手な憶測では、この長巻も「胴太貫(ドウタヌキ)」の清水
甚之進信高の作だったら面白いなと思う。

拝一刀の仕込み長巻。


仕込み槍。


手裏剣。


これらも全部同作者だという設定だったら面白かっただろうとは思うが、
原作でもドラマでもそうしたプロットは用意されていなかった。
もともとが齟齬というか(もしくは仕組まれた裏のカラクリだったかも
しれない)、架空刀である胴太貫(ドウタヌキ)の作者を原作では実在の
刀工(肥後同田貫ではなく尾張の刀工)をあてこんでいるという変則業
をやっているので、かなり複雑な仕立て味となっている。
だが、その仕掛けを見抜くと、数倍『子連れ狼』を楽しめる。

敵の刀はもとより、石仏だろうが鉄棒だろうが何でも斬ってしまう斬鉄剣の
胴太貫だが、堺の鉄砲鍛冶の斉発銃だけは切れなかった。




こういうところは妙に取ってつけたようにリアル(笑)。

現代刀工小林康宏(二代目)の刀は斬鉄できることは確かだ。
現に3.2ミリの鉄板をも私は斬っている。(極薄鉄板は逆に摩擦熱
で刃先が溶けることがあり、切断は容易だが刀が傷む)
しかし、小林康宏絶対論みたいに脳内で妄想して作刀を希望する
人が後を絶たず、かなり困惑している。
二代目小林康宏が作る刀は斬鉄できる斬鉄剣とはいえ、まっとうに
鍛え造った刀であれば他の刀工の作でも鉄は截断(せつだん)できる。
軟鉄の釘あたりは一般古刀や新刀(一部)でも切断できる。
二代目小林康宏が現代刀の中では頑丈さにおいて突出していること
は確かな事実ではあるが、宮入一門の藤安将平師の刀も斬鉄が
できる斬鉄剣であるし、東北にも斬鉄剣を作る作者はいる。
(専門的なことを少し述べると、材料如何よりも工法にこそ堅牢な刀身
を作るキモがある。康宏と同じ材料を使おうとも、将平と同じ材料を
使おうとも、出来ない作者は出来ないし、出来る作者は出来る。鋼を
どのような方向に持って行くかが最大の要点だ)

小林康宏の刀が人気が出るのは私は作刀スタッフなのでファンの方々の
気持ちを嬉しく思うが、独り歩きした伝説化の風潮にはいささか康宏本人
ともども困惑している。
康宏の刀ならば何でも斬れると思い込んで、それに基づいて作刀依頼を
してくる人がかなり多いからだ。(その手の希望者はすべてお断りしている)
康宏作とて、硬物に棟打ちしたら折れるし、平に置いてそこを斬撃すれば
折れる。
ただし、通常の使い方の場合は著しい強靭性を示すというだけで、康宏作
だから何でも斬れるということではない。学校の鉄棒などは康宏でも切断
などできない。
現実と夢想・妄想の区別は大切なことだと私は思う。
そして、刀剣としての作位というか、美術性などは同じ斬鉄剣を作る藤安
将平刀匠のほうが康宏よりもずっと上である。
ただ、藤安刀匠の新作注文を一手に引き受けている町井勲氏(藤安刀工の
弟子)によると、「康宏さんは上手ですよ」とのことだ。
町井氏は二代目康宏作刀復活の際にまず最初に注文希望の手を挙げた
人だし、現実に打ち上がった二代目康宏の注文作を所有している。
ご自身の差料の一つの二代目康宏の他にも二代目康宏作を現実にご覧に
なって、刀剣商・日本刀研磨師・刀工修行者・兵法者の厳しい目からみて
康宏のことを「上手」と言う。私が「本人も言ってますが下手ですから」と
謙遜ではなく本気で町井氏に言うと、町井氏はお世辞ではなくやはり本気で
それを否定して「いや、上手ですよ」と所見を述べる。
しかし、ナカゴ仕立て、上(かみ)の美術性と多様性、作刀の総合的な技術力
においては小林康宏よりも藤安将平のほうがずっと技量が上である。
ただ、二代目康宏は二代目康宏以外にはまず造れない刀を造る。
実際に二代目康宏に倣って作刀した作などは、やはり二代目康宏とは出来
上がりの様態が異なる結果を示したりしている。
(15センチ以下の合法品小物に関しては私が造る物が一番二代目康宏に
近似かと思うが、これは思い込みではなく、実際にその評価を専門家らから
得ている。私の合法作が別作者の刀工銘を切られ刀剣商に売却目的で持ち
込まれたという笑えない現実も過去にあった。ちなみに私の作はすべて斬鉄
テストをしている。このテストに関しては、互いに別作者ながらも斬鉄剣受付
窓口という盟友である町井氏は否定的だ。ただ、それは「売り物」の場合には
私も首肯できる。だが、私の作は一口も売ったことはない。すべて進呈品だ)

まっとうな刀ならば細く薄い鉄などは裁断できます。
小林康宏に対して、架空妄想的なところで作刀依頼をされても、そのご希望に
沿う刀をつくることなどはできません。
最近、「るろ剣の逆刃刀を造ってくれ」という依頼があり、さすがに丁重にお断り
しました。ファンタジーに脳内の立ち位置がある方のご希望には沿えません。
たしかに、「斬鉄剣」という呼称は、1970年代初期に東京地方の斬術者たちが
初代小林康宏の刀を指してそう仲間内で呼称し始めて名が知れ、それが某
漫画がアニメ化の時に、途中からアニメに現実世界の呼称が流用されたという
のが歴史の事実であり(原作では「流星」、アニメも最初の頃は斬鉄剣という
呼び方ではなかった)、小林康宏こそが「元祖斬鉄剣」なのですが、アニメの
ようにコンニャク以外何でも斬れる刀を小林康宏は造っている訳ではありません。
どうか、現実と空想架空妄想をごっちゃにしないように重ねてお願い申し上げ
ます。


さて、映像作品には齟齬やちぐはぐな間違い、手違いというものは多くある。
ドラマ『子連れ狼』において、最大の事件はこれだ。

裏柳生の総裁である柳生烈堂(これも本当は列堂が実在人物の名)は拝一刀に
矢を目に刺されて失明する。


だが、第二部シリーズになったら、刺されて失明したのは右目ではなく
左目になってしまっている(笑)。


こういうのはですね、大五郎が男の子ではなく、第二シリーズから女の子に
なるようなもので、やってはいかんミスというか大雑把過ぎる映像表現だと
思うのですよね(苦笑

さらに細かいことをいうと、ドラマ『子連れ狼』は、第一部、第二部、第三部と
放送されて、第三部からは大五郎役が交代したのだが、それよりも大きく
異なる事象が見られる。
それは、第一部、第二部においては、刀のアップシーンなどでは真剣が
多用されていたが、第三部ではまったくすべて全編においてお土産屋で
売っているような模造刀が撮影に使われているのだ。
これは何らかの当局からの指導あるいはスポンサーかプロデューサーから
の示唆があったものだろうと思われる。
そして、アップのみならず殺陣で使われる刀も、第一部、第二部での拝一刀
のドウタヌキの特徴であった「二筋樋」ではなく、第三部ではただの棒樋と
なってしまっている。



正直申し上げて、第三部は刀剣に関しては映像作品の作り込みがぞんざいで
とてつもなくいただけない。
但し!
役者の演技は第三部が一番いい。

斬鉄剣ドウタヌキが裏柳生の策略により折れて茫然自失の拝一刀。
なぜか刀身の樋は第一部、第二部の二筋樋から棒樋になっている。


映像はあくまで創作物の映像作品としてお楽しみください。
ファンタジーを現実社会に持ち込むのは、常識的社会では通用しません。

柄、なっげ~!でも、これは現実社会でも武具として多く存在しました。


ここらあたりの「現実と空想活劇の境目」は、きっちりと見抜いてほしいと、
この日記を読まれている読者の方々にはお願いしたいと思います。




 


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とんでもない速さの改造スクーター達

2016年06月25日 | バイク・車

とんでもない速さの改造スクーター達


どんだけ速いんだよ。
特に2台目のクリップオンハンドルを付けてるバイク。
0-100はTZ250より速いように思える(排気量比)。
なんでも0-100が2秒のスクーターもあるらしい。


ただ、メットなしのおねーちゃん?
メット被れよ。
安全第一だよ。





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虚像の中の真実 ~時代劇などの素顔~

2016年06月15日 | 映画・ドラマ・コミック

修心流のサイト記事にこんなのがあった。

→ 子供の発想は凄い ~暴れん坊将軍を見て放った一言~

なるほど、そりゃそーだ(^^;

昔、高橋版『桃太郎侍』を見ていて、ふと思ったことがある。
高橋桃太郎は1回の放送で約20~25人切り殺す。
高校生の時、番組を見ながら「そうか~。年に1100人以上斬るから、
これで江戸の人口増加抑制してたんだな。この先、放送が続いたら
いってえ、どんくらい江戸人口を減らすんでい」とイトコ兄と言い合って
笑った
記憶がある。
『桃太郎侍』は高橋英樹版は1976年10月から1981年9月まで放送
された。
全258回である。
そこで数えてみると全話258回であるから、1話で23人と見積もって
全話で
5934人を斬り殺していることになる。(スペシャルを除く)
古今東西、これほど人を斬り殺した「剣豪」はいない(笑



ところが、実際のところ、ある記録の計算によると、江戸期の死刑執行
数は
年間1500名近くになる。1日平均約4名が死刑を執行されていた。
10両盗めば斬首確定の時代だった。1両は時代によりレートが異なるが
現代貨幣価値換算で1両12万~3万に相当する。
心中で生き残っても死刑。不義密通も死刑である。不倫・浮気?とんでも
ござんせん、てな世の中だった(建前上は)。「間男首代五両」とか言わ
れていたが、不義密通はいつの時代も多かったのだろう。(ある調査に
よると、日本においては現代主婦の6割が浮気経験がある、という結果
が出ている。フランスほど大乱れ丁子刃文百花繚乱でなくとも、日本人も
かなり淫放だ)

江戸時代は司法と行政が分離していなかったので、疑わしきはまず
しょっ引く。牢屋は未決拘留の場所であり、裁判による「刑の言い渡し」
は最終審判だった。
現代は司法制度が全く異なるのに、「警察に逮捕されたのは悪い人」と
一般人の中に強い概念が残っているのも、この江戸期の意識の延長に
ある。無実であろうが、しょっぴかれたら「悪人だろう」という発想だ。
また、実際も「とりあえずガラ取っとけ」という発想が警察にも根強くある
ので、自白強要や冤罪事件も後を絶たない。

江戸期の極刑には以下がある。

 死罪・・・・斬首刑。財産没収の上、死体は様(ためし)に使われる。
 磔(はりつけ)・・・屋外で立木に縛り付け、執行者が槍で何度も串刺しにする。
 獄門・・・斬首の後、首を獄門台の上に晒して見せしめにする。
 鋸挽(のこびき)・・・竹のノコギリで罪人の首を引き切る刑。罪人を穴埋めに
  して晒しものにし、一般通行人にノコギリを引かせた。
 火罪・・・火あぶり。放火犯に対して適用。
 下手人・・・・一般殺人罪に適用。財産没収、様なし。死刑で一番軽い刑。

これらは町人に対するもので、武士は「斬首」と「切腹」しかない。また、
死体は刀の様(ためし)に使われることもなかった。

幕末から明治初期にかけての死刑執行数はネット百科によると以下の通りだ。

 1869年(明治2年) 480以上
 1870年(明治3年) 1080以上
 1871年(明治4年) 1246以上
 1872年(明治5年) 1128以上
 1873年(明治6年) 970 近代刑法参考の律令による執行
 1874年(明治7年) 750 斬首刑廃止。絞首刑採用。

江戸期の死刑についてはこちらが参考になります。 → こちら



昔、前職の時に、法制史の史料を調べるために国立公文書館と国会図書館
に行った時、江戸期の極刑についての史料を見た。
グゲゲゲのチョンワチョンワでエグかったわぁ(^^;
死刑よりも拷問が凄くグロかった。
基本的には江戸期は「とりあえずなんでもしょっぴけ」で、下級警察官吏の
下っぴきや岡っ引きの十手持ちが容疑者を番所にしょっ引いて、それを下級
武士の同心あるいは
与力が軽く嫌疑を調べて牢にぶち込む。そして拷問に
よって「自白」させる。

犯罪の真偽などはどうでもいい。とにかく自白によってやっていないことも
「あたしがやりました」と言わせるような熾烈な拷問をする。
これは戦時中の特高警察などもそのやり口を引き継いでいた。

映画・ドラマの世界は、空想活劇の世界なので、直に現実世界の事象
には繋がらないが、部分的に真実の現実世界のことも描かれたりして
いるので、「虚像の中の真実」を見極めるのは難しい。
それでなくとも、最近はファンタジー脳が大流行なのか、時代物作品が
現代でも存在するとか思いこんでる人がいるようだし。
われらは裏柳生である、とかさ(^^;
もうね、まじで奇天烈ゼッコーチョー!てな感じで楽しませてくれる。
飛天御剣流も実在したらしいしなぁ。

それにしても、あれだけ人を殺して、桃太郎侍さんはなぜ捕まらなかったの
だろうか。
まあ、武士の悪者を取り締まるのは所轄が違うからね。一般町人は
町奉行所管轄だが、武士には町奉行は手を出せない。武士を取り締まる
のは目付・大目付の出番なのだが、まあ、言ってみれば、泥棒の親分に
泥棒を取り締まらせるようなものなので、まったく取り締まりにはならない。
今の権力者のワルモノが大手を振ってまかり通っているのとまったく同じと
いうこと。

 


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福田照男のFUN TO RIDE

2016年06月13日 | バイク・車

福田照男のFUN TO RIDE


超ウルトラ・スーパー・スペシャル・ド級素人向けの説明V(^^;

それよりも、福田さんのこのクシタニのツナギの色が超私好みの件。




結局、ANA色なんだよな(笑)。


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【車の傑作CMまとめ】感動のトヨタCM、セクシーなスバルCM、犬の恩返しCM

2016年06月12日 | 映画・ドラマ・コミック

【車の傑作CMまとめ】感動のトヨタCM、セクシーなスバルCM、犬の恩返しCM


作り物だと分かってはいても、最初と二本目のトヨタのCMは
いいなとか思ってしまう自分がいる。
娘の反抗期とかよくわかるよ。ほんとにこんな感じ。
二本目はまったく一本目と同じシチュエーションですべて娘の側からの
目線がカメラの映像としている。パパがひげ剃ってる時の湘南電車の
進行方向が逆だけど(^^;
これはわざとの裏技的な隠し演出だろう。

全体の作りはやらせである完全な「狙った」作り話ではあるのだが、
現実としては
私などは(今のところ途中までは)重なる部分もあり、トヨタ
CMは感慨深く観る
ことができる。


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ハーレー・デイビッドソン

2016年06月12日 | バイク・車

「やっちまいました」
広島の刀剣仲間からメールが来たので、「手でも怪我したか?!」と
心配したら、添付されていた画像を見て「ぬぁにぃい~~?!」と
思った。

ハーレーの新車購入契約書だった。

すぐに返事をした。
「まさかトッツァンくせーヤカンタンクのじゃねーだろうな?」と。
するとすぐにマシンの画像が送られて来た。

ほげほげほ~~~~!

こげな感じのカコよかバイクですたい!


思わず「ハァ?・・・レ~?」と声が出た。
きゃ~!とってもいいじゃん!

おいら自身は典型的なヨーロピアンスポーツを好むが、ハーレーでは
こういうのに限っては大いに好きだ。あのヤカンタンクのじじくせえ
成金趣味のようなハーレーは大嫌いだが。アメリカンノスタルジーも
感じないし。第一乗ってる連中が嫌いだよ。オートバイが好きなのでは
なく、成金のベンツの横づけみたいな感覚のオヤジばかりだから。
つい先日もさ、高速のSAで車を発進しようとごくゆっくり出たら、横から
ヤカンおやじが前を横切ろうとして急ブレーキかけて勝手に倒れたのよ。
俺はほんの20センチほど車を発進させただけ。
そしたらとんでもなく怒鳴り散らして怒ってから、「起こすの手伝え!」
とかなんとか岡山弁でおらびょーとるわけよ。
「てめ、岡山か」とは思ったが、それよりも何よりも、てめえ一人で起こ
せないバイク乗ってんじゃねーよ、ヤカンおやじ!と思ったね。

この画像のように自在にスピンターンでもできない限り、じじいやおやじが
トロトロとヤカンタンクなんか乗ってるんじゃねーよ、とかまじで思う。

ヤカンでもドイツ軍や旧日本軍の陸王みたいなのはいいと思うよ。
乗ってる奴らが「プロ」だから。
松本零士先生の戦記漫画にも旧軍のバイク乗りの悲哀の作があったが、
プロ中のプロという前に、バイク乗りの孤独が描かれた作だった。

オートバイは孤独な乗り物だ。
だが、常に自分と一体としてある。
そして、二輪であるバイクは自分一人では立てない。バイク乗りがスロットル
を開けて、心臓に混合気を吹き込み、操縦してやることでやっと走る。走る
という本来の生を乗り手によって与えられる。
だから、バイク乗りは自分で立ち、自分でその車を起こせなければならない。
ただの空間移動用の重機のようなエンジン付き二輪車に乗ってご満悦の
連中で、独立自尊のライダーの魂を持ってる奴がどれほどいるか。
特にヤカンおやじ!
自分で起こせない、自分では面倒がみてやれないというお前が乗っている
それは一体何だ?
バイクに罪はない。お前らがタコなだけだ。

しかるに、この友人の新車、かっこいい。


これは、あれだな。
俺が中学生の頃に、ナウでイカしたゴキゲンなヤング(笑)のクールスって
のが「おれたちはよぉ、クールスってんだけど」てので乗ってたようなやつ
だな(^^;
こういうモデルは昔の不良の憧れだった。

若いキャロル矢沢永吉とクールス
CAROL & COOLS キャロルとクールス


オープンカーの周りを走っているバイクは舘ひろしや岩城晃一の
クールスだが、まだヘルメット着用義務がなかった時代のことだ。
キャロルも言ってることは今のビジュアル系わっけわからんバンド
みたいにパープー丸出しで知性のかけらもない話しぶりだが、
ヤザワもこんな感じだった。
街のチンピラを装ってる風の演出でもあったのだが(^^;
暴走族とは路線は違う。

とはいっても初期のスペクターなんてこんな雰囲気だったけどな(笑
COOLS クールス


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バイク

2016年06月11日 | バイク・車



先日久しぶりにバイクに乗った。
鈴鹿を走っていたレーシングライダーだった奴を後ろに乗せて。
普段二人乗りは私もしないが、彼は数十年ぶりだったという。
車をペタンとバンクさせたり、S字で切り返したりしているときに
彼は「おひょひょ~い!」とアラレちゃんのような声を出していた(^0^)

ハンドリングがよい車の筈なのに、コーナーでアンダーが出ていた
のは、二人乗りによる相対的なキャスター角立ちの問題だと思う。
それでも、昔彼女をRZの後ろに乗せてディズニーの周回コースで
NSをブッチしたときには「二人乗りなのによくやるなぁ」と言われたが、
あれは後ろに乗る女の子が体重が軽くて上手かったからというのもある。
二人乗りはまず後ろの人は動かない「物」になり切るのが一つ。
それと、コーナー進入等のフルブレーキの時には、後ろの人はステップ
を踏ん張って前の人に体重をかけないことが一つ。
そして、後ろの人はブレーキング時だけでなく絶対に操縦するライダー
に常に身を委ねたりして体重をかけないことが絶対に必要だ。
操縦者が操縦できなくなっちゃうから。

気持ちはわかるが、こんなのは駄目。

(能年ちゃん、お願いだから女優やめないで)

こういうのもバツ。


だめある。


これなんて最悪。


この革命戦士チェ・ゲバラの乗り方が正しい!(嘘






本当のところは、後ろの人が操縦者に抱きつくのは絶対に
良くないのである。

これが良いお手本。


これも。


これもだす。


これもだっ(笑)。操縦者は伝説のランディ・マモラだよ。


コーナリングでは後ろの人はバランスを取ってはならない。
理由は曲がれなくなるから。


バイクというのは一人乗り設計なので二人乗りすると極端に
性能が落ちる。
キャスター角も変わるので旋回性も落ちる。
ブレーキも利かなくなる。
タンデムでの性能低下は2ストマシンなどではてきめんだ。

でも、やはり、2ストマシンのほうが私はやっぱり好きである。
パーン!とロケットのような加速をするバイクが好きだ。

こんなのはたまらないぜ。(この1KTは売れちゃったみたいだけど)
てか、ちゃうやろ。これレーサーTZを公道走行用にしたやつやろ。
違うけど。


しょうがねえ。
きょうは雨も降ってないし、俺の真紅のイタリアンカラーの
ドカティでも出すか。
カッケー!俺の真っ赤なドゥカティー!


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実写とCGの組み合わせ 『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』

2016年06月11日 | 映画・ドラマ・コミック

実写とCGと合成すると実写にしか見えない。
現代映画では多くがその手法が採り入れられている。

乗れているトム・クルーズ。
映画『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』より。
ローグ・ネイションとは「悪党」という意味です。

悪の組織「シンジケート」を追うイーサン・ハント(トム・クルーズ)。
フォームは決まってます。これだけ見れば「乗れてる」というのが
判ります。ステップに乗せるフットも親指の付け根をステップに
かけています。右手の指の第一関節はCGですが。



クリックで拡大

逃げる英国美人エージェントはバイクの達人だった。

だが、これは実写とCGの組み合わせです。タイヤの下半分はCGで
合成している。色調の違いからそれが判別できる。実物バイクを
スタジオで機械に搭載してバンクさせて撮影し、高速走行で撮影
した実走背景と組み合わせ、タイヤ下半分をCGで描いたのでしょう。
影もCGなのか、不自然ですね。

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バンク角と体の状態から、完全に実走ではないことが判る。
フォームはヨーロッパ系を表現しており、芸は細かい。


彼女を追うシンジケートの後ろをイーサンが追う。


彼も実写とCGの合成。ただ、トムは本当にバイクに乗れるのだろう。
フォームはとても決まっている。これはケニー・ロバーツやエディ・ローソン、
ウェイン・レイニーなどに代表される典型的なアメリカン・グランプリ・ライダー
の乗り方を表現している。これも芸が細かい。
また、この時のイーサンは、まるで劇画『バリバリ伝説』に出てきたアメリカ
グランプリ・ライダーのラルフ・アンダーソンのようだ。



高速ハイウェイから山岳地帯に入り、さらにチェイスは激しくなる。
ただし、実写部分は低速走行で撮影されていることがよく判る。
実際の効果音とタコメーターは連動しておらず、また、バンクを
無理やり寝かせでやっているので、コーナーから立ち上がりが
とても不自然だ。実際の峠での高速走行ではあり得ない挙動
となってしまっている。この最後尾のイーサンのバイクの状態を
見てもそれが読み取れる。


必死に逃げる美人英国エージェントを追う悪の組織の殺し屋。

その殺し屋を追うイーサン・ハント。スタジオCG合成。


影の縁にCG処理ミスでボヤケ発生。


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これも体の一部はCG合成ですね。右手中指に注目。これは編集ミスでしょう。
関節いくつあるんだよ(笑

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本物のトム・クルーズの指の長さ比較。(人差し指と中指の長さに注目)


悪党に追いついたイーサンはコーナーのイン側から体当たりをくれます。

悪党すっとぶ。


死亡確定!エイメン。


ということで、この作品の中では街中での車とバイクのカーチェイス
シーンと並んで、かなり見応えのある追走劇のシーンでした。
よくできたシーンですが、実際のバイク乗りからすると、実走ではない
というのがたちどころに判ってしまいます。

映画はエンターテイメントですので、細かいところは気にせず楽しむ
ものでしょうが、非現実的なことは見抜かれてしまいます。
まして、齟齬や錯誤やミスはたちどころに初見で見抜ける。
こうしたことは、映画・ドラマのみならず、武術などの演武を見る場合
でも、目を養えば「何がどうなのか」ということは見抜けます。

映像を見る時にも、「見取り稽古」することに関して、ご紹介まで。

こうした初見で「見抜く」ことは、特殊戦技訓練教程の「キムのゲーム」で
訓練された者には簡単なことなのです。
また、本物の戦闘訓練を受けた者だけでなく、別ジャンルでも訓練を
積んだ者は「利き酒」ができたり、「調香師」のように細かい臭いが嗅ぎ
分けられたり、微細な音の違いを感知したり、そういうことが可能になり
ます。要は訓練です。そしてそれを高次に先鋭化させられるほんの
少しの才能が人間の眠った力を開かせます。
人間の能力はコンピュータよりも勝っていることが多くあります。
眠らせずに開花させましょう。五感を研ぎ澄ませて。
そのためには、野性を取り戻さないとなりません。常に生死の帰趨は
いつでも身近にあるのだということを心に置いて。
ファンタジー脳は、死への近道切符でしかないことを御理解ください。
特に今の時代、ニセを本物と思いこませて利を得ようとする悪事を働く
事象が多すぎますので、自分を守るためには「見極める力」が大切
です。



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おそ松さん

2016年06月06日 | 映画・ドラマ・コミック


向こうの部屋で、かみさんがゲラゲラ笑ってるから「どうしたの?」と
尋ねたら『おそ松さん』を観ていた。
人気があるのだという。
おいらも観たら、面白かった(≧∇≦)
ちょっとシュールだけど。

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最後の2ストロークマシン

2016年06月01日 | バイク・車



カワサキの最後の新車2ストロークが素晴らしい。
ニンジャ150RR。29馬力。
これ、このままでもニンジャ250よりもずっと走る車だというのを元世界
GPチャンピオンの坂田さんによる「ヤングマシン」誌のレポート動画で
知った。
少しいじればもっとパワーは出るのは確実。
2ストの軽い車体でハイパワーの車がどれだけ早いことか。
だが、動画サイトでは最高速テスト200km/hをオーバーしていたが、
いじくり倒さないとそれは無理なように思える。
でも2ストはね、いじればいじっただけ応えてくれるからね。
ポート研磨だけでもだいぶ違うし、レポートではネイキッドのほうが
レーシーなエンジン特性だったが、それはセットの問題だろうと思う。
2ストの面白さは、とにもかくにもエンジン特性だ。パァーンと一気に吹き
上がって、ロケットのように加速する。これは2ストでないと味わえない。
とにかく、日本メーカーの2ストモデルの新車はこれが最後になるかと
思われる。

いいね!
でもハンドルがもっと低くて、もっとバックステップじゃないと嫌だけどな(笑

綺麗な150RR。


懐かしい。チャンバー着けたARと同じ音(^-^)
My Bike "Jotam" Ninja 150 RR



メーターは200km/hまであっても、ノーマルでは実測160km/h台しか
出ないす。まあ、それで充分なのだけど(笑
この白タコってねぇ、とても見にくいのよ。やはり文字盤は黒でないとな。


やはりコクピットは市販車でもこうありたい。
恰好がどうのではない。視認性が第一だからだ。
実用性の究極はレーサーであり、市販車でも突きつめれば形はそうなる。


NINJA150㏄他 ヤングマシン7月号DVD告知&お知らせ


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