渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

映画『エクスペンダブルズ2』

2013年08月29日 | 映画・ドラマ・コミック



一昨夜泊まった宿で『エクスペンダブルズ2』を観た。
ヒドイ。ひどすぎる出来。
心のきしみと悲哀を描いていた点で、前作のほうがずっと良い。
『2』は前作にも増してスタローンによる能天気な自己満足映画だ。
基本的に頭がよくない映画。
ドカーン、チュドーン、バリバリ、バーン、のみという映画だとしても、もう少し
作りようがあるだろうに。映画館で観なくてよかった。(前作は劇場で観た)


トワイライトゾーン 「A Game of Pool」(1961)

2013年08月21日 | 映画・ドラマ・コミック



<あらすじ>

1961年-
シカゴで名うての撞球師のプール・シャーク(ハスラー=賭け玉ゴト師)だった
ジェシー(ジャック・クラグマン)は、15年前に死亡したファッツというあだ名の
稀代のプレーヤーであるジェームズ・ハワード・ブラウン(ジョナサン・ウィンターズ)
との対戦を心から望んでいた。

そこに死んだはずのファッツ・ブラウンが魔界転生して現れる。
そしてジェシーに対戦をもちかけた。

勝負に賭けるものはジェシーの命だった。
今、究極の命懸けの対戦が始まろうとしていた。

<解説>
初放送は1961年10月13日であり、名作『ハスラー』の劇場公開から数週間後だった。
ファッツはあの世で玉を撞いている。そこに天の声でシカゴのプールルームでの
願いを伝える声がする。
この時にファッツはあの世で撞いている台上の玉はすべて黒い玉だ。凝った演出である。
そして、ファッツは「あの世用」のキューはテーブルの上に置いて、「この世用」のキュー
ケースに入れたキューを持って現世に舞い戻る。
そしてジェシーにビリヤードの勝負を持ちかける。
「ゲームは?ローテーション?やるか。14.1ラック?エイトボール?」
それに対しジェシーは「14.1ラック、300点で」と応える。

ここで注目したいのは、1961年時点でアメリカン・ローテーションという競技種目が
存在したことだ。
日本の「ローテーション」というのは15個の玉を使い、玉の番号を得点として台上の
最小番号からコールショットで落として行き、持ち点まで先に達した選手を勝ちとする。
1番ボールが1点で15番ボールが15点という、同じボール1個なのに点数が違うのが
どうにも私には解せないルールなのだが(これはエフレン・レイズも笑いながら「それって、
変なの」と言っていた)、最後の15番に近くなると点数が1番の15倍なのでスリリング
ではある。ただし、マスの割り方次第でマスワリでちゃうけどね(苦笑
日本のローテーションは1マス取り切りで1番1点~15番15点なので合計で120点
となる。

現在のアメリカン・ローテーションは日本のローテーションとはルールが大分異なり、
ファールの場合はフリーボールとなる。点はローボールが1点、ハイボールが2点で
番号順に落とし、持ち点まで先に達した方が勝ちとなっている。
現行のアメリカン・ローテーションと1961年当時の米国内の「ローテーション」が同じ
ゲームかどうかはまだ調べがついていないが、事実としては、「ローテーション」なる
ゲームは1961年時点でアメリカに存在していたことだ。
やはり日本式「ローテーション」も「日本人の発明」というものではなく、アメリカン・プール
のローテーションを輸入して改造したのではなかろうか。
日本でも米国と同じように、ある時期まではキャロムが表街道の世界で、ポケット・ビリ
ヤードは裏筋世界の賭け玉遊戯だったので、あまり「公式」な歴史的な史料が残されて
いない。
日本では京都がポケット・ビリヤードの老舗であり、都内などではつい1980年代末期まで
はキャロム四つ玉がビリヤードの代名詞だった。
小説『道頓堀川』においてさえ、大阪が舞台なのにスリークッションがビリヤード場面で
描かれているので、ポケットが主軸だった関西圏といえども、かつての戦後の大阪は京都
とは多少色合いが異なっていただろうことが伺える。
ちなみに四国香川県の高松で戦後からビリヤード場を経営している人の話では、現在は
ポケット台しか置いていない店でも、戦後から昭和40年代までは四つ玉台ばかりだった
という。高松は東京と同じ道筋を歩いたと思われる。

この『トワイライトゾーン』の「A Game of Pool」の中で、ファッツは自分のキューについて
語るシーンが
ある。
「このキューは私の為に作られた。特殊だね。我々と同じだ。価格は600ドル。
そうさ、こいつと一緒
だから私は生きてこれたのかもしれない。35年間を。」
1961年から35年前というと1926年。アメリカの表舞台ではプール(ポケット・ビリヤード)
よりもキャロム
ビリヤードが全盛の頃だが、プールは「裏世界」の博打玉として闇社会では
繁盛
していた時代でもある。
さて、1926年は昭和2年にあたるが、その当時の600ドルというのは、現代の金額に
換算するとどれくらいの価格になるのだろう。
1926年当時シカゴではコーヒー1ポンドが約50セントであったのが、現在の2013年
では凡そ
12ドルである。単純比較はできないが、コーヒーを物価の基準とすると1926年
当時と
現在2013年では24倍の貨幣価値の差があることになる。
となると、1926年の600ドルは2013年では24倍の14,400ドル相当という計算になる。
2013年8月20日のドル=円交換レートは1ドル=97.26円であるから、
14,400ドルは2013年8月20日付の日本円では140万円程ということになる。
現在はファンシーなジナ・キューの新品が約300万円、ガス・ザンボッティのオールド・
ファンシーが市場価格600万円~1,000万円位するのだから、それに比べれば
安いといえる。
現在の一般的なビルダーのカスタム・キューの価格帯は日本円で30万円~70万円
程度の価格帯の作品が多いが、ちょっとファンシーなキューにすると100万円はすぐに
オーバーする。
このトワイライトゾーンで出てきた140万円のキューは、現在の感覚でいうとそれほど
飛び抜けて高価なキューではないが、あえて「600ドルだ」と言っているところを見ると、
1961年当時としては高価な部類だったのだろう。

だが、同年劇場公開された『ハスラー』では、場末の玉撞き場での賭け玉では、1玉
1ドル~2ドルだった。
ところが、ミネソタ・ファッツとの大勝負の戦いでは18,000ドルもの金が動いた。
1ゲーム200ドルから始めて、エディがレイズをもちかけて1ゲーム1,000ドルとなった。
1961年に14.1ラック125点の1ゲームが1,000ドルである。
そして最終的には18,
000ドルの金が動く。
この18,000ドルは2013年8月20日現在では日本円で175万円程だが、1961年当時
のレートでは1ドル360円
固定なので648万円。1961年当時の大卒初任給平均が
14,817円、2013年平均が
202,469円であるので、単純比較で、日本では2013年現在は
1961年の13.66倍。それを648万円に
かけると約8,851万円ということになる。
1961年の
エディはファッツとの38時間におよぶ試合で日本円で8,851万円を賭けて
戦っていたことになる。

これはかなりごつい金額だ。
ただ、これは1ドル360円の固定相場の時代レートを現代に置き換えた場合のことだ。
もう少しだけ厳密に
合衆国の物価で計算すると、ミルク1ガロンが1961年には49セント
だったのが2013年
には3ドル43セントになっている。つまり7倍だ。
ということは、それを基にすると、1961年の
18,000ドルは現在では7倍の126,000ドル
相当ということになる。
2013年8月20日付ドル相場の1ドル97.26円なので、換算すると現在の日本円で1,225万円
にあたる。
まあ、現在の日本円で1,000万円~2,500万円程の勝負を一度の対戦で賭けていたと
みれば、だいたい合っているだろう。
博打として見た場合の額面は大きいように感じるが、物価高騰の現在では都内山手線内に
ワンルームマンションも買えないし、高級車も買えない金額ではある。
大博打で赤坂のビルを獲ったビリヤード界の(以下割愛


ただし、映画『ハスラー』でもテーマとして描かれているが、魔の道に踏み込んだ撞球師は、
金のためではなく勝負のために勝負をしてしまう。その勝負のためにはすべてを
投げ出す。
果てには自分の魂さえも。あるいは最愛の恋人の命さえも。
玉撞き場で賭け玉に負けてスッテンテンになり、同棲相手にタクシーで万札を握らせて届け
させる程度のトウシロのシケた博打玉のロクデナシ撞球師あたりとは魂の売り渡し度合いが
まるで異なるのである。「芸のためなら女房も泣かす。それがどうした文句があるか」という
のも、まだまったく良人の部類だ。伴侶はまだ生きている。しかし、伴侶がこの世に存在しなく
なることもいとわないのが勝負の世界に心を奪われた人間のやることなのだ。

勝負の世界は、悪魔が手を引く世界だ。これが
恐ろしい。
ゼニカネさえも超える勝負をするテーブルの向う側には、黒いマントをはおったサタンが
大きく口を開けて笑っているのである。




この『A Game of Pool』はTV映画シリーズ「トワイライトゾーン」のシーズン3の
第70話にあたる。放送は1961年10月13日だ。
この回の作品の中でファッツ・ブラウン役を演じているジョナサン・ウインターズ
(1925~2013)
の声が素晴らしい。リチャード・バートンのような張りのある響きで、
台詞の切れも良い。

どさ周りのディスクジョッキーやコメディアンを芸歴とした貧乏時代を持つ苦労人だが、
この『A Game of Pool』では異色の
配役として彼のキャリアの中に刻まれたよう
である。




さあ。
「トワイライトゾーン」の『A Game of Pool』では、ファッツが主人公ジェシーに
勝負を持ちかけた。
「生か死か」と。
命がかかった勝負の展開やいかに?!







同じ場面でカメラのカットが変わるとボールの配置や手玉の位置がずれて
いたりする撮影上のミスが目立つが、それを指摘しても栓なきことだ。
この作品は撞球ドラマではなく、もっと別なことを言いたいからだ。
ただし、
撞球がメインの映画である『ハスラー』でも『ハスラー2』でも『道頓堀川』
でも、こうした玉位置のズレという撮影上のミス
は多く見られた。アクション物
でも映画はそうした誤りが
多い(一例:『プレデター』でサソリを踏みつぶして足を
上げたらサソリの頭と尾
の向きが逆になっている)。


だけど、神でさえ勝負したりするのだけどね(笑
聖書にもあるように、人間と相撲とったりもする。
相撲に負けたら人間に「イスラエルと名乗るがよい」とおっしゃったりとかね(^^;
悪魔は元々は神の味方だった。あることがあって神に対立する存在となったというのも
なんとも、ううむ、デビルマ~ン!


世界で戦った男のヘルメットの中

2013年08月12日 | バイク・車

そうか。そうだったのか。

飛び抜けて元気よかったこのおっちゃん。
おっちゃんといっても俺より年下だけど・・・


この切れた走りのヘルメットの下は・・・


こんな顔をしてたのかぁ~~。

下顎出してたのね?(笑

世界グランプリシーンでも全日本選手権でもレーシングライダーはハンサムボーイが
多かったが、
やはり絵になったのはこの男ではなかったろうか。

日本の平忠彦選手。



カッケ~!

現在の平さん。



おいちゃんになっても、笑顔は昔のままです。


剣士

2013年08月10日 | 映画・ドラマ・コミック

外国人だからと、我ら日本人はあなどってはいけない。
上手い者は国籍に関係なく上手い。
それにこの手筋はホンマモンの日本の居合術を学んだ人の手筋だ。
The Art of Sword


この韓国人よりも下手っぺな日本人はドワ~ッと多くいるので、日本人は
本家本元としてもっと精進しないとと俺は思う。
だけど「武士」や「侍」というのは日本にしかいなかったのだけどね(笑

今、日本人が西部開拓時代のガンマンを演じても、それには無理があるのと一緒。
日本人が西部のガンマンやってもカッチョわり~(^^;
そういう意味ではドイツ人やイギリス人やフランス人やイタリア人はいいよなぁ。
ラテンだろうがゲルマンだろうが、アメリカンの真似しても違和感ないし。
現実的に合衆国は各国の寄せ集めという歴史があるから、どこの国系かと
いうのは白人系ならば関係がない。中国人のガンマンというのはおかしいけどね。
ところが同じアジア人でも、日本人以外がサムライを真似するのは、歴史的には
ありえないことやってるので、とても珍妙なことになってくる。
そうなってくると、歴史を捏造したりしないと辻褄が合わなくなってくるのだが、
捏造自体がインチキなので、端から辻褄など合うわけがない。
アジア人だろうが西欧人だろうが、袴をはいて居合や剣術をやる場合は、
「これは日本の武芸である」という立脚点に立ってやるのが、やはりまともだと
私は思う。
「剣道(けんどう)」が韓国が起源だなどというのは、失笑ものでお寒い限りだ。
もっとも、イェスまでもが韓国人だとかイギリス人は韓国が起源とかまで言い出して
いるのだから、なんでもありだしなぁ。
仲のよい古い友人で在日韓国人の奴が大笑いしていた。
「韓国起源説?本国の連中、バカじゃねぇの?どうしちゃったのかね」と。

やっぱ、ニッポン人は西部開拓時代にあってもこれだぜ。






Red Sun(1971) - Charles Bronson vs. Toshiro Mifune

作品を未観賞の方は是非一度『レッドサン』をご覧になってみてください。
ミフネの一番ミフネらしい時代の良い映画です。仏伊西合作の西部劇ですが、
西部劇ファンも侍ファンも楽しめる映画です。よくできている。
ただし、出てくる銃は、時代考証が曖昧でも赦された1970年代の作品なので、
すべてピースメーカー(1873年-明治5年発売)が出てきます。これはご愛嬌。
侍がいなくなった時代の銃だからこれはさすがにおかしい。日本の時代劇に
スマホが出てくるようなもんです。

『レッドサン』では1896年以降の無煙火薬時代のコルトSAAを使っています。
刻印見るに米国コルトっぽくも見えます。たぶんイタリア製のレプリカの
ステージガンでしょうが、黒色火薬のファースト・ジェネレーションのSAAが
出てきてもおかしいのに、これはさらに時代考証がデタラメということになる。
しかし、無煙火薬用のコルトSAAピースメーカーを南北戦争時代(1860~1865)
の時代設定の映画にも使用していたのが旧来のアメリカ映画でもありました。
ガンベルトもいわゆる「ハリウッドタイプ」と呼ばれるステージ演技用の物が
使われて、本物の西部開拓時代のガンベルト様式ではありませんでした。
アメリカ映画で時代考証が厳密にされるようになったのは1990年代に入って
からで、1994年前後に西部劇が復活して多く作られましたが、それらは
リアリズムに基づき、銃のみならず被服まで正確な時代考証がなされました。
この潮流を作ったのは時代考証にこだわっていたクリント・イーストウッドとケビン・
コスナーの功績が大きいと思われますが、コスナーは自身の主演映画『ワイルド
レンジ』で、ワンカットでSAAを10数発も射撃してしまうのは、さすがにかつての
マカロニウェスタンみたいでいただけなかった。
でも、日本の大河ドラマでも源平時代の作品で、刀剣の偽物が云々されて
ナカゴの銘を確認するシーンで刀銘に銘が切られていたのを見て、アチャ~と
思いましたが、日本の時代劇もかなりテケトーな演出でこれよしとする風潮が
あります。最近の傾向としては中山派が昭和時代に考案した刀の下げ緒を
前垂らし右結束する方法とかが時代劇で時々でてきますが、これもあり得ない
表現で、製作者の姿勢が見て取れます。1950~60年代の映像作品で鞍馬天狗
が戦後のサイドオープンのリボルバーを使っていたりの作品もありますが、それに
近いものがある。こうしたけじめがない時代劇にはマシンガンが登場しても
おかしくない地平にあるように思えます。
唯一邦画『ジャンゴ』だけはあれは「戯曲」で前衛的なニューアートであって、
舞台劇の映像化のようなものであるので、あれは赦される表現だと思います。


ただし、劇中に出てくる武士の心というのは、やはりこういうのは日本人でなければ
絶対に演じられないと思う。
袴はいて侍の真似した韓国剣術のように形ばかり刀振り回して飛び跳ねたりクルクル
回ったりしても(ステレオタイプでニンジャを意識しているのだろうが)、侍も剣も「心」です。
まず心ありき。剣を持つからサムライなのではなく、サムライはたとえ剣なく徒手空拳で
あろうともサムライなのです。
深いところでの侍の心など日本人でなくば、絶対に理解できないと思う。
日本人でさえ多くは「武士の情」を誤解しているしね。
切腹の介錯をするのが「武士の情」であって、だれかれかまわずにお助けマンに
なるのが「武士の情」じゃないんですよね。この微妙な機微が大切で、情をかけるのは
相手によりけりというものがある。だからこそ、そうした情をかけるに値する者が助けを
請う場合には「合力(ごうりき)」や「助太刀」などがあったし、たとえ公儀の法を犯す
犯罪人であろうとも、邸内に己を頼って逃げてきた者は命をかけて匿ったりした。
赤穂浪士の時の決起を知った近隣武家の態度がいい例ですよね。赤穂浪士のやった
ことは大公儀の法に反する御政道に刃向かうことを行なったのですから、当然藩は
取り潰しだし、もちろん討ち入り実行者は全員切腹(罪としての)です。
でも、それが武士なんです。ゼニカネや損得勘定で行動基準が成立してないの。
もっと別な信念によって武士たちは命を張って生きていた。現行法がどうだから、という
のは、それはあくまでも「為政者」の側に立つ立場での発想で、武士たちは為政者の
側でありながらも、その実、行動や生きる支柱は法律遵守第一主義ではないところにいた。
だからこそ、物騒な話ですが江戸の千代田城の殿中においても何度も刀(殿中差し)に
よる殺傷事件が相次いだ。赦し難しという場面では命かけちゃうわけです。また、武士で
あるならば、いつ自分が殺されるかもしれない。命が無くなるかもしれないのは本業が
命捨ててナンボの職業なのでその心得のない武士は武士ではなかったのですが、
殺傷技術さえ備えた武装集団の中に自分も身を置くので、だからこそ行住坐臥、己に
落ち度のないようにしていこうという側面も確かにあったわけです。そして、事ある際には、
たとえ公儀の法を破ってでも命を捨てて起つ。
そうした歴史性は今の日本人の多くも忘れてしまっています。お上に従順に尻尾を振る
ことがまるで美しい昔からの日本人の心だと大きな勘違いしている。お上に石投げたら
それだけで非国民かのように洗脳されている。御政道が理不尽な行為に及ぶならば、
人は壮士でなくとも石でも投げるでしょうに。自らを危険にさらしてでも。
武士階級でなかった人たちの末裔が人口の圧倒的大多数というのもあるだろうけど、
元武士をルーツに持つ人たちでさえ、サムライの心は忘れがちのようです。

この『レッドサン』は、それまでのハリウッド映画などに見られた日本人観を払拭した
力作として歴史的な作品だと思います。ジュリアーノ・ジェンマ主演の西部劇に出て
来た「サムライ」なんてのは最悪最低だったもの(笑
もっとも、その作品で「サムライ」を演じていたのは中国人のようでしたが。
あんなタイコモチのような侍がいるかっての(笑
『SFソードキル』(1984年)において出演の藤岡弘、さんが「この映画(ソードキル)に
よって初めて日本の侍が正しく描かれた」というようなことをおっしゃってましたが、
それはあまりに手前味噌。はるか以前に『レッドサン』という名作において、日本人
スタッフも加わり、三船敏郎さんが快演をされています。
ライダー1号の隊長!
歴史を学んでくれ。


時代劇映画 「蠢動-しゅんどう-」特報1(殺陣・リハーサル篇)

2013年08月07日 | 映画・ドラマ・コミック













時代劇「蠢動-しゅんどう-」のリハーサルシーン。
この人なにやってるの?体操?
上のすべてのキャプチャ(全画像)において、「抜き打ち抜刀斬り」とは関係のない
大デタラメなことをやっている。
刀を平に空気を掃いてどうするの?。
後ろ足最後まで死んだままで何をしたいの?。
そんなことより、手がけの初動からして出鱈目で、こんなのでは即行で
右小手を切られてしまう。(私ならば右肘を狙い打ちで袈裟に切断する)
第一、敵は地面に寝ているのか?どこ見てるのだ。
等々、まるでデタラメのヒドすぎる所作なのである。
なので「これは一体何をやってるところなの?」なのだ。
演技武術指導の誰か教えてやってよ(苦笑
多分右利きの女の子が左手で野球の硬球をピッチャーの真似して投げたら
こういう感じになるのだろうと思う。

あの時代劇の大御所平幹二朗の倅からしてこれである。
ポール・ニューマンが『ハスラー』撮影前はキュー・スティックを握ったことも
なかったのに、15回も世界王者になったウィリー・モスコーニに指導されたら
スクリーンの中ではまるで本物の伝説の撞球師のようなキューさばきをしていた。
ニューマンは週3日、数か月通いつめてウィリーに撞球を教わったという。
また、彼は変装してハイスクールの撞球室にも出かけて撞球の訓練をした。
オスカー俳優である名優と日本のショボイ映画界の俳優を比較するのは酷
だが、おなじ「俳優」という職業において隔たりはないはずだ。

日本映画の時代劇において、本物の殺陣をできなくなった役者ばかりに
なってから久しいが、やはり本物の剣士の「ような」剣さばきは若山富三郎と杉良太郎
で終わったように思える。
ご両人はご自身が本物の居合術をよく学ばれていた。
そういえば、『幕末純情伝』においては、牧瀬里穂さんが國學院大學居合道部
に週に何度も通って居合道の稽古をして沖田総司役を身近に引き寄せようと
していた。懸命に稽古する姿にプロの役者魂を見た。
実際に映画作品の中では、それなりの本物の剣士らしく刀を扱っていた。
努力は報われる。少なくとも剣士の部分では真剣の居合剣術遣いから見てもサマに
なっていた。

一方『花のあと』で主人公を演じた北川景子は一度居合剣士に習ったきりだ。
BS特番で番組が組まれたので見たが、おハナシにならなすぎだった。
ド下手を
通り越して「役者やめたら?」とさえ思った。本編も観たが、ひどすぎる。努力して
役を身近に引き寄せて演じようというプロ魂の
かけらもないのだからしかたない。
『ハンサムスーツ』のヒロインあたりがちょうど
役柄としてはお似合いだ。

先日、最近撞球で知り合った若いA級の人に訊かれた。「なぜそんなに左で撞いても
右と
まったく同じように撞けるのですか」と。
それは訓練したからだ。左手のみで10時間撞きを数週間やれば自然と身につく。
私は撞球師であるので、必要があるから左手も右手と同じくらいに使えるように
した。これは武蔵が言う「得物は片手で使う=両手どちらでも使えるようにしておく
のが武士の心得」というものと同じことである。左手でなくば撞けない配置において
左手を使えなければ意味が無い。
そういえば、数日前にそうした状況があった。相手は初めて相撞きする人だったが、
ヌルい隠し玉をして「失礼」も言わない。言わないということはセーフティのつもりなの
だろう。実際に右手ではまったく撞けない隠し玉だった。私は当然のように左手の
マッセで手玉をギュインと曲げてポケットに
的玉をねじこんでやった。平然とした顔で。
相手はポカンとしていたが、人をなめていると技術が上手(うわて)の者には二重
三重に、してやられるのである。
ちなみに私は左手で箸も右と同じように使える。
そういえば、ダルビッシュも利き手と逆の手で投球して普通に速球や変化球を
投げられる。勘所に通じて少し訓練するとできるようになるのだ。本気度の問題
だけだと私は思う。
サバゲをしていても、なぜ本物のように左右でスイッチ・ショットをしない人ばかりなのか
不思議に思う。マスター・アイ(利き目)などは瞬時にスイッチすればいいだけだ。
これも要は「本気度」の問題だけだ。(英軍と旧日本軍のみは右利き射撃を厳命
するが、状況如何で左右どちらでも射撃できるようになるのは精鋭部隊や傭兵部隊
では必須なのである)
自称「俺は不器用」と言う友人が包丁の研ぎにおいて左右同様に返して左右の手で
同じように研ぐことを教えたら「俺には無理(笑)」などと言っていたができると思う。
なぜなら、彼はピアノ弾きだからだ。両手が使えないピアノ奏者はいない。やれば
できるはずだ。要はどうやって自分をその「やれる」方向に持って行くかだ。
映画『ハスラー』で反面教師として悪魔のような存在として描かれていたバート・
ゴードンがひとつだけハッスル(ひっかけ)ではなく本当のことを言ったシーンがある。
それは「勝つか負けるかではない。技術はある。問題はお前に勝つ気があるか
どうかだ」という台詞だ。負ける者は負けることを自分で選んだだけのことなの
である。やったのは自分だ。負けたのは自分だ。自分がやったことである。
この『ハスラー』の名シーンを伏線として、25年後を描いた25年後に公開された
『ハスラー 2』では、最後の大会のシーンでエディと対戦したスティーブ・ミザラク
(米国トッププロが自身の役で出演)が負けた際に「俺が負けるなんて」と言う
のに対し、エディ(ポール・ニューマン)が言い放つシーンがある。「ああ。君がした
ことだ」と。こちらは負けてくれなんて頼んではいない。負けるのを為したのは
君である、ということである。この機微が解る人間と解らない人間では、勝負強さ
において雲泥の差がある。危機的局面での一発の爆発力なども、こうしたことを
深層心理において理解しているかどうかに関わってくる。一定程度の上級クラス
になると、技術の差よりもこうした精神的な優位性こそが決め手となってくる。
これを集約すると、日常における訓練段階での「本気度」の問題といえる。

こうした「本気度」というものが、今の俳優にはあまりにも薄すぎると思う。
観客とも勝負しようとしていない。ヌルすぎる。滑っても自分のせいだとは自覚
しない。

例えばキャッチボールができない人間が役者として野球選手の役をやったら
珍妙な
ことになると思う。
それでも本物のプロの役者ならば、必死にその役どころで「見せる」キャラクタの
の技術習得に努力するだろう。松田優作などは典型だった。また舘ひろしも
銃の撃ち方についてはかなり研究していることが演技からうかがえる。意外な
ところで草刈正雄が銃の扱いに精通していてリアルだ。(ガバメントが好きらしい)

料理人の役をやる場合は手元のアップが吹き替えで撮影できるからよいが、
時代劇やアクション物だと困難が伴う。
もっとも、アクションシーン全部をスタントマンに演じてもらい、顔だけCG合成する
ハリウッドスタイルもあるが、日本では役者本人が殺陣を演じるのが大前提だ。
擬似アイドルも口パクの時代なのだから、刀や銃を扱えない役者は全部スタント
に演じてもらって顔のみCG合成で十分だと思う。どのみち日本刀に限っては本物の
技術を伴う演技などできる俳優は皆無なのだから。
なにも本物の武術を学ぶ必要もない。
ニセモノを本物っぽく(本物を知る人間をも唸らせるほどに)演じるのがプロである
のだが、現在はプロがいない。みんな学芸会のようなことをやっている。
それで喜ぶ観客も、昔の人ほど目が肥えてはおらずレベルが低いということだろう。

とにかく邦画がつまらない。
演じる側と作り手につまらんのばかりだからしかたない。
津川雅彦などは「今の邦画なんか面白いのはない」と偉そうな態度で言っていたが、
津川の演技自体がどの役をやっても同じキャラとなる大大根なので世の中で一番
つまらん役者だというのを彼自身が分かっていない。
つまらん(笑

(「つまらん」とは中国地区独特の方言で、「面白くない」という意味ではありません。
「この世に存在する価値さえないほどしょうもない」という意味です)


イリノイ州シカゴ/エイムズ・ビリヤード(1961)

2013年08月05日 | 映画・ドラマ・コミック

















映画『ハスラー』(1961年)には6ヶ所の玉撞き場が出てくる。
それについて、屋内見取り図まで作って徹底的に撞球場を解析したページを
作る予定。かなり時間がかかるので、ゆっくりと。
(それ以前に、依頼されている日本刀関連の原稿を仕上げないとならない)

映画『ワイルドギース』で各人のベレーバッヂを分析してまとめた人間は
少なくともウェブサイト上では世界中で誰一人いなかったので私がそれを
やった。(こちら
今回の『ハスラー』の玉撞き場の分析も今のところどこにも見られない。
ならば、私がやる。
この映画は何百回と観たが、カットにより直前のシーンとの不整合もみられる。
こうした齟齬はアクション物には必ずついてまわる。
しかし、今回はそちらにはポイントを置かず、あくまでも撞球場の作りについて
スポットを当ててみる。
(ブログ日記にアップではなく、私のサーバーに専門のサイトページを作る予定)

『ハスラー』の名勝負のシーンで使われた撞球場は本物のプール・ホールであり、
映画製作当時ニューヨークにあった古いプール・ホールでの室内ロケだったそうだ。
すべてのシーンでミラーを使って光を反射させて「映像の表現」をしているという。
他のビリヤードの場所は5ヶ所出てくるが、私はこれは1ヶ所を除いてすべてスタジオ・
セットではないかと読んでいる。
なぜならば、部屋が真四角ではなく、どれもがカメラに向けて開いた舞台のような
建物の作りになっているからだ。
映画を観ていると、いろいろな情報が映像からくみ取れるのが面白い。
まるで、狙撃兵の試験である「キムのゲーム」(知能テストにも導入されている)を
やっているみたいだ。