渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

日曜劇場 「JIN -仁- 完結編」最終回

2011年06月27日 | 映画・ドラマ・コミック


公式サイトhttp://www.tbs.co.jp/jin-final/

昨夜日曜劇場「JIN -仁-」の第二部の最終回が放送された。
第一部の時から欠かさず観ていた。作りが丁寧で、近年珍しく
とても好感が持てるドラマだったからだ。
原作も全巻持っている(実は家内の所有)。

CGも素晴らしいが(第二部はCG場面では原色のコントラスト
を強くし過ぎる加工ぎみで、ややそれが目障りだが)、細々
した刀や小道具の登場アイテムも時代考証がしっかりしている
最近では珍しいドラマだった。
そして何よりも役者がいい演技をしている。
原作とはだいぶ違うので毎回次回はどうなるのかと気を揉んだ。

このドラマは江戸の人たちの明るい面に原作以上に光を当てている。
「江戸の人たちは笑顔が上手だから」と大沢演じる主人公南方仁が
無理に笑顔を作ろうとしたり、その笑顔の仕草を橘咲が真似ようと
してみたり、原作にない演出に、このドラマ独自の視点と温かみを
強く感じる。
個人的な思い入れとしては、私自身の血が江戸とは深い関係で、
一族同士で官軍と幕軍に分かれて戦ったのを除いたとしても、
92年後に生まれた私が育って暮らした場所が旧江戸で、高校大学も
江戸のど真ん中だし、社会人になってからの仕事場もモロ江戸の街跡
(虎ノ門)だったので、このドラマには思い入れが強かった。
江戸側の血族は、上野の御山の戦、函館の後には新政府に出仕し、
逓信省に入り北品川に住した。江戸期には本所吉岡町に住んでいた。
役目は江戸城切手門番頭で蔵米取りだが知行換算すると石高は凡そ
「JIN」の橘家と同じ位になる。

原作とドラマでは大筋においては同じだが、かなり設定が異なる
部分もある。原作・ドラマとも未解決の整合性のない部分もある。
かいつまんで整理すると以下の通り。

<原作>
・上野の戦の最中に南方仁は橘咲に求婚、咲はそれを受ける。
後に仁は橘家に婿養子で入籍。

<ドラマ>
・仁は咲に求婚するも、「私個人よりも医学のために先生は必要」と
結婚を断られる。仁が現代に戻った後、仁の存在は歴史の「修正力」
で消去されており、足跡だけが現代に残る。

<原作>
・龍馬が書いたのは史実通り「船中八策」。

<ドラマ>
・龍馬が書いたのは仁から教えられた保険制度を盛り込んだ
「船中九策」。仁が現代に帰った後、それは医療費が0円という
シーンで描写され、仁の存在が消されても足跡が残った証として
表現されている(現代病院で「東洋内科」の表札があるのも同)。
 

<原作>
・橘恭太郎は上野の戦争に参加せず、死亡。

<ドラマ>
・恭太郎は上野の戦争に参加。だが、連れ戻そうとした咲が
負傷したことにより(これが深い意味を持つ)、戦を放棄。
明治まで存命し、明治時代の橘の家の写真に咲と安寿と共に
洋装で写る。

 
<原作>
・未来(みき)は出てこない。

<ドラマ>
・仁の恋人未来の手術失敗のトラウマを持つ仁が第一シリーズで
の負い目の精神背景として描かれるが、完結編のラストですべて
説明。未来は未婚の咲が養女にした野風の子安寿の子孫だった。

(コメント)
安寿のことを「祖母」と説明する現代の未来がドラマ最終回で
登場する。
安寿は幕末1868年生まれ。2010年設定現代の未来が孫だとすると
年齢が合わないが、これは、養子もしくは安寿が高齢で養子を
取り、その子(男子)が高齢で女子を生ませた、もしくは更に
養子を取ったとすれば不都合は生じない。
ただ、ドラマの現代の戸籍制度がリアル社会と同じだとすると(我々
とは異なるパラレルな世界に帰って来たとの設定だが)、やや問題は
残る。
つまり、昭和23年以降は日本の戸籍は「家制度」はなくなった。
だから、咲が野風の子(安寿)を養子とした場合、未来の親は
戸籍上の戸主であるところの橘恭太郎家の子孫とはならない。
つまり橘家当主の子孫とはならないのだ。
しかし、江戸期と同じ屋敷跡地に橘医院があり、「安寿が先祖」と
いうのならば、いつの時代からか、橘恭太郎筋の直系子孫(血の繋がりは
関係ない)がそこの住居の主ではなく、子孫である恭太郎の妹咲の筋
=安寿の子の筋が橘家の住居を相続(あるいは居住)したことになる。

いずれにせよ、橘咲の養子の安寿の孫が未来というのは、
安寿(女子)→実子の女子→という流れは年齢的にはあり得ず、
安寿→実子の男子→父高齢時の実子もしくは養子=未来という
設定ならあり得る。

他にもいろいろ原作とドラマでは設定が異なり、各々整合性の
ないところもあるが、割愛。

ただ、その場合も、橘本家を恭太郎筋が継いでいないという設定に
なってくるので、これの解決の道は

1.恭太郎が明治初期以降に早世→橘咲が女性戸主(まれに存在する)
として東京市士族橘家を継ぎ、現代まで橘本家は江戸期と同じ地所に
住す。
2.恭太郎筋の本家は他所に転居。代わって妹の咲-安寿筋が江戸期の
屋敷跡に住す。
3.戸主橘家の本家とその戸籍に入っていた安寿が同居。戦後の戸主
→筆頭者(所帯単位)となっても恭太郎子孫と安寿子孫が同居。
4.安寿が咲の死後、恭太郎家に養子縁組→本家として居住。

という設定が導き出される。
しかし、皇居まで焼けて被災122万戸だった1945年の東京大空襲で
橘の家は焼け出されなかったのだろうか。
元幕臣の血筋が江戸期と同じ屋敷の跡地に住するというケースは
現実世界では皆無に近い。
なぜならば、江戸期の住居は「拝領屋敷」であり、官軍新政府と
なってからはすべて召し上げられたからだ。
だから、考えられるケースとしては、明治期の早い時期に橘家が
元の江戸時代の拝領屋敷の土地を個人で購入したケースしか現実には
あり得ない。
「うちは代々ここで医院をしていた」というドラマ最終回での未来の
言葉にあるように、明治の初期に土地を買い取って、そこに住んだ
という設定と思われる。

ドラマの設定とラストシーンは原作と大幅に異なる。
原作でのラスト間際、官軍が診療所に押し入るシーンで、咲が
和宮から拝領した櫛を見せて追い払う場面がある。
それは「公武合体」を意味する象徴的な下賜された一品だった。
ドラマでは、恭太郎に対し仁が訴える。
「貴方が守ろうと命を掛けて来たのは徳川ではなく、橘の家では
なかったのか」
恭太郎は「ガーン!」となり、自分の本心に気づく。
原作では過分に当時の時代状況にマッチした政治背景を描いて
いる。つまり、勤王も左幕もなくそれを超えるものとして生きる
ことの大切さを訴えた原作のクライマックスに対し、ドラマでは
皇室の扱いは禁忌として一切触れずに、「守るべきは徳川ではない」
というテーマを「家族愛」とリンクさせて描写している。
私は、ドラマの仕立てには、どうにもいかにも現代チックなマスコミや
スポンサー(ブルジョアジー)に阿る姿勢が見え隠れして、単純には
首肯できない。

なぜならば、原作ではとっとと上野戦争に不参加を決め、刀までも
腰から捨てた恭太郎に死を呼ぶことで複雑な「武力放棄の悲哀」を
描写するが、ドラマでは上野戦争に参加しながら、女子(おなご)で
ある咲が戦場に兄を捜しに来て被弾した(あり得ない程非現実的)こと
により恭太郎は戦線を離れる決意をしたからだ。
そこには、どうにも陳腐な安ドラマ的な「家族愛」で幕末のあの情勢を
オブラートに包んで「あの戊辰の役は権力闘争であった」というドラス
ティックな本質を隠してしまっている。まあ、ドラマだからしかたが
ないといえばしかたがないのだが。
映画だったらこのような描き方、脚本は許されない・・・て思ってたら
やっぱりこのドラマの脚本は女かよ(-_-)

(以下の段は私個人の女嫌いの発露ですので、<いや、マジで
最近の凛としたところのないゴロニャン女やデレデレ男って大嫌い
なんだってば>読み飛ばして下さい)

別段ね、女性を蔑視する訳でもなんでもないのよ。
ただ、作り手の手法を見ていたら、どこかに「女みたいな」とか
いう部分て見えちゃうのよね。
俺個人の思い入れだけど、そういうのってプロの仕事ではないと思う。
よくあるじゃない?一億総著述業勘違いの現今では。ブログなる物でも。
くっだらない文章書いているのが大抵は女。
女の文章は大抵読んでいて「女」だと分かる。女言葉を使わなくても。
市井でのブログ群では、まず多いのが下品な体言止めの連発がほぼ女の
書き手だ。
そして、「○○といえば、△△!さすがです」とかいう陳腐全開の文章も
まず女。「最近のおすすめといえばこれ。」や「ご趣味は○○だとか。」みたい
なのね。
そして、下らんブログはどんどん自分大好きのナルちゃん文章の羅列に
なって、大抵はメシネタのみで文章自体も「小学生か?」みたいな駄文で
知見も何もなし。
一般人はまだ趣味で勝手に書いているからいい。俺もそうだし。
ただ、モノカキのプロがそれやっちゃアカンやろ、と思える。
昔の文壇の女たちはそういうことを一切感じさせないで女性独自の知性を
文章に滲ませていた。
今の女は、まるで安キャバのねーちゃんみたいなゴロニャン文章を
書くのが女らしいとか思ってるのか、どうにもオツムの中身がまずそうで
いただけない。
分かり易く言うと橘咲さんとは対極にいるのが昨今の女なんだわ、これが。
いや、冗談ではなく。
男も草食ってる系のつまんねぇ野郎ばっかだけどな。
野郎どもが食ってるのは道草かと思っちまう。

さて、ドラマ「JIN -仁-」で特筆すべきことに、役者の演技が挙げら
れる。
橘咲役の綾瀬はるか(広島市出身)は、原作の咲とは似ても似つかない
のだが(原作の咲は離れ目系)、独自の咲を極めてハイレベルな演技で
醸し出していた。プロだね。
しかも、現実では本人はポヤァ~ンとした「変人」というか不思議系の
人なのに、もうドラマの中では原作以上に旗本橘の娘、という感じだった。
最後に仁に抱きしめられた時も、「医者がそんなこと言ってどうするの
ですか」と、喜びを殺して仁の心の言葉を噛みしめながらも嬉しさに
満ちた気持ちのまま仁を諭す(ここ名場面。咲の表情の変化に注目)。
原作では一途に仁に付き従うのが咲だったが、ドラマの咲の方が
アイデンティティにおいて格段に味がある。綾瀬、なかなかやる。
映画『おっぱいバレー』での演技も良かったが、古い時代のいい女の
役作りが巧いのか?

そして対照的なのが、ドラマの南方仁そのもので、原作ではドジながら
ドッシリとした面が強いが、大沢の仁は頼りなくて、悩んで、しかもいつも
周りから勇気づけられたり背中を押されたりしている。
この演技が大沢が実に巧い。役を離れた大沢とあまりに違うのでこれも
プロの仕事だ。

だが、この大沢の仁の演技が最後の最後に意味を持つ伏線となる。
最ラストシーンは、脳腫瘍で橘未来が病院に運び込まれ、その執刀を
現代に戻った南方仁が名乗り出て、執刀を始めようとする手術室の
シーンでエンディングとなる。いいねぇ。
そして、そこに立つ仁にはもう迷いはない。江戸で多くの経験をして、
泣き、笑い、人を愛し、傷つき、人の命の重みと自分の役目を深く自覚し、
人間として大きく成長した仁となっていたからだ。

このドラマ、私個人はとんでもない名作だと思う。
さらっとしていた原作の終わり方に比べて、かなり胸に迫るラスト
の展開だった。
あるテレビの調査によると、「歴史に残したいドラマ」の1位に
輝いたそうだ。
ちなみに第2位は「3年B組金八先生」だという。

でもこのドラマの脚本に不満は残る。
原作では、仁と咲は結ばれて幸せになった。
二人に子どもはできなかったが、共に添い遂げられた。
二人は不幸な過去を持つ喜市少年を養子にしている。
ドラマでは仁と咲の二人は別れ別れになっただけでなく、過去の
歴史から仁の存在自体が消去されてしまった。
『時をかける少女』の「土曜日の理科の実験室」のように祈る
南方仁は江戸時代に戻れなかった。「絶対に戻ります」と咲に約束
したのに。仁は「咲さん、ごめんなさい」と泣きながら崩れる。
(もうこのあたりからじわじわと涙腺緩む)
かろうじて咲の記憶にのみ仁の残像が残り、それが消え去るのを恐れた
咲は、いつの時代かわからないどこにいるのかわからない人へ手紙を
残す。自分が心から愛していた人への手紙を。原作のように二人は
添い遂げさせてあげたかったがぜよ。
142年後、その手紙を咲の子孫の橘未来から受け取った仁は、
その手紙を読み号泣する。おい。俺も泣けたぜ。バッキャロー。
おなごの脚本にしてやられたわい。
おいらのイトコは某大新聞の重役なんぞやってるが、やはりこのドラマ
の大ファンで、先月都内でこのドラマの話題になった時、彼が言う。
「予想として、咲さんが未来さんに繋がるのではないかなぁ」
私は「ええ~?」と答えたが、こちらも読みに鋭い兄貴にしてやられた
わい。

心に残る作品だった。
このドラマが記録的な高視聴率を得たのは、日本人が忘れかけていた
良質な心づかいを江戸期の人々を通して描くことにより、視聴者が「心の
ふるさと」に似た郷愁めいたものを感じたからではないだろうか。
タイムスリップした南方仁が、現代医療で江戸時代の人を多く救いながら
も、実は江戸の人から多くのことを学んだという仁の視点に「相互の理解」
と「心の不朽性」が存在し、それを描くことで観る者に大切な何かを運ん
できたのだと思う。
ドラマを観る人たちは、まるで自分が江戸時代にタイムスリップした
ような気持ちになって感情移入し、仁友堂の人たちと共に生きている
錯覚が生まれたのではないか。
それは同時に、我々日本人に心のふるさとの旅をこのドラマは与えて
くれたことにもなる。
観終わった後の清涼感たるや、稚拙な筆力の私には表現できない。

このドラマ作品は世界80ヶ国で放送が内定しているという。
人の心のふるさとへの時空を超える旅のチケットは、龍馬が求めた
ように国境という垣根を越えて、世界の人々にも届くのだろうか。

南方仁役の大沢たかおは、咲からの手紙を事前に知りたくはない
とのことで、彼の台本の手紙の部分だけは白紙だったという。
ラストシーン、大沢たかおは本番で初めて咲からの手紙を読んで
号泣する。
大沢仁が見せた涙は本物の涙だった。

橘咲が仁にあてた手紙をここに記す。
(江戸の旗本言葉ではなく現代語ではありますが)

○○先生へ
先生 お元気でいらっしゃいますでしょうか
おかしな書き出しでございますこと 深くお詫び申し上げます
実は 感染症から一命を取り留めたあと どうしても先生の名が
思い出せず 先生方に確かめたところ 仁友堂には そのような
先生などおいでにならず ここは わたくし達がおこした治療所だと
言われました
何かがおかしい そう思いながらも わたくしもまた 次第にその
ように思うようになりました 夢でも見ていたのであろうと
なれど ある日のこと 見たこともない 奇妙な銅の丸い板を
見つけたのでございます
その板を見ているうちに わたくしは おぼろげに思い出しました
ここには 先生と呼ばれたお方がいたことを
そのお方は 揚げだし豆腐がお好きであったこと 
涙もろいお方であったこと
神のごとき手を持ち なれど 決して神などではなく
迷い傷つき お心を砕かれ ひたすら懸命に治療に当たられる
仁をお持ちの人であったこと
わたくしはそのお方に
この世で 一番美しい夕日をいただきましたことを 思い出しました
もう名も お顔も 思い出せぬそのお方に 恋をしておりましたことを
なれど きっとこのままでは わたくしは いつかすべてを忘れてしまう
この涙のわけまでも失ってしまう
なぜか耳に残っている 修正力という言葉
わたくしは この思い出を無きものとされてしまう気がいたしました
ならばと 筆をとった次第にございます
わたくしがこの出来事にあらがうすべはひとつ
この思いを記すことでございます
○○先生
改めて ここに書き留めさせていただきます
橘咲は 先生を お慕い申しておりました
                         橘 咲


映画 『道場破り』

2011年06月14日 | 映画・ドラマ・コミック


『道場破り』(1964年松竹)
原作:山本周五郎『雨あがる』
監督:内川清一郎
出演:長門勇 (三沢伊兵衛)、岩下志麻 (妙)、
倍賞千恵子 (小室千草)、宮口精二 (小室帯刀)、
丹波哲郎 (大庭軍十郎)他

家老の息女妙(岩下)が殿の側室に召されることになった。
側室を拒む妙は軽輩の三沢伊兵衛に救いを求める。
伊兵衛は、妙が運ばれる御籠を単独で襲撃し妙と共に
手を取り藩を逐電した。
二年後、夫婦となった二人だが、浪々に身をやつしながら
伊兵衛は仕官の口を求めて妙と清貧たる旅を続けていた。
ある宿場町で、伊兵衛は天領大身旗本小室帯刀から召抱えを
内諾されるが、暮らしの為に妙から止められていたにも
拘わらず道場破りの賭け試合をしたことが咎められて
内定を取り消されてしまう。賭け試合などは大道芸に等しく、
武士の風上にも置けない所業であるからだ。
そして、伊兵衛と妙は世話になった宿場のしもたやに集う
民衆に別れを告げ、新たに妙と共に次の藩領を目指して
共に歩いて行くのだった。

<感想>
22歳の岩下志摩がとにかく綺麗で可愛い。

ご家老の姫という役どころはぴったりか。

昔の映画って、なんて面白く、よく出来ているのか。
ただ、この映画、倍賞千恵子と丹波哲郎の配役はまったく
話の筋に関係なく、なぜ必要なのか理解に苦しむ。
これは当時デビュー間もない倍賞と人気の丹波を出演
させることによりキャンペーンを張って集客を望んだ
商業主義を感じさせる。要は1980年代の角川と同じような
手法を1960年代初期にすでに採っていたのだ。
この二人の出演がなければ、話の筋や描写はもっと締まる。

ただ、かなり気になったことがある。
それはDVDのボーナストラックに収められている予告編と
本編のシーンがまるで違う部分が多々あることだ。
ぶっちゃけ、予告編の方がかなり出来がよい。
そして、一番大切な最後のシーンでの妙の台詞、この作品を
体言する台詞が本編ではカットされている。

予告編

賭け試合をした伊兵衛に対し、「あれほどおやめ下さいと
申しましたのに」と詰め寄る妙。
本編ではこのシーンはカットされ、しおらしく憂いを込めた
小さい声の台詞に変わっている。

予告編

ラストシーン。
「今度こそ」と別の藩で仕官の道を目指すことを口にする
伊兵衛に対し、背負われて街道を行く妙は「いいえ。貴方も私も
今のままでよいのです」と微笑みながら語りかける。

本編

仕官の意志を固くする伊兵衛に対し、目をそらし不安げな
表情で黙る妙。台詞はすべてカット。まったく心の雨は
あがってない。これでは原作の題を映画に使えなかったのも
頷ける。題無しにして台無しなり。
但し、岩下の演技には注目。上の予告編と比べて、表情だけで
なく手の位置も見逃せない。このラストの時点で心が伊兵衛とは
繋がっていないことを表現している。なおさらこの演出は
作品のテーマを無視することになってくる。

どういうことだ。どういう編集なのだ。
絶対にラストシーンは予告編の方が良い。
この作品が、見終わった後に尻切れトンボのままどんよりとした
重い空気を運んでくるのは、この本編の編集が悉く妙を暗く
ただ物静かなシーン撮りの絵と置き換えているからだ。
推測だが、名作
『荒野の決闘 ~いとしのクレメンタイン~』
での製作プロデューサーと監督の確執に似たものがあったの
だろうか。『道場破り』の本編の編集手法はぎこちなさが
見え隠れする。
しかし、DVDというのは、このようなオマケ情報まで付録で
つけてくれるから良きかな。この予告編を観なければ、本編が
どのようにカットされてしまったかが判らず仕舞いだった。
1964年の劇場公開だから、観客は50年近く切捨て改変大編集の
事実を知らなかったことになる。

原作は山本周五郎の小説『雨あがる』だ。
この原作は1998年に他界した黒澤明が書き残したシナリオを元に
2000年に元黒澤組のスタッフによって映画が製作され公開された。
三沢伊兵衛役には寺尾聰、妙役には宮崎美子が扮した。
こちらの『雨あがる』は、清涼感溢れる作品で、スタッフも
「観終わった時に雨があがったように観客がさわやかな気持ちに
なれる作品にしよう」ということを目標に製作したと聞く。
確かに、清清しさ運ばれてきて気持ちよい良作だった。
そして、ラストシーンでは、妙の「いいえ。貴方も私も
今のままでいいのです」という台詞もしっかりと入れられて
いる。

ただ、惜しむらくは、宮崎美子の妙はハツラツとし過ぎていて、
健康すぎるために生活苦や脱藩への後ろめたさ、明日への不安
などが表現し切れておらず、どうにも役どころにマッチして
いない。80年代のあの健康的過ぎるCMを脳裏から除去しても、
映画作品の中での演技が健康的過ぎて表現力に乏しく見える。
これは『道場破り』の旗本の姫役の倍賞千恵子にしても同じで、
まったく一面的な演技しかできていない。分かりやすく言えば
寅さんのサクラの若姫バージョンなのだ。
そういう意味では伊兵衛役の長門勇は本『道場破り』が初主演
作品だが、その後の作品においても、何を演じても同じキャラクタ
となってしまっているが、この人はそれで確立した性格俳優と
して味が生きてくるのだからそれでいいと思う。

『道場破り』は実に惜しい作品だ。
良い原作を得て、作りが細かいのに、途中からラストまでどんよりと
暗い空気の作品に編集し直してしまっている。
「仕官などもうよいのです。貴方も、もうお好きなように
賭け試合をなさって貴方の思うままに生きてください。私が働いて
でも暮らしていけます。貴方と私は今のままでよいのです」
という、自分らしく生きてほしいと伊兵衛に願って寄り添う妙の
その心こそが「雨あがる」という作品のテーマであるのに、ラストの
大切な台詞も削除して、ただ暗い表情を岩下志摩にさせただけ
では、作品の根幹が台無しになってしまう。この作品はそれを
やってしまった。実に惜しい。
世界の黒澤明が本作を観て『雨あがる』を自分で撮りたいと強く
願ってシナリオを書いて「いつか映画作品に」と暖めていたのも
頷ける。



ただ、黒澤は『雨あがる』を撮る前に他界した。
図らずも、黒澤亡き後に黒澤組によって撮影された『雨あがる』(2000)
は、黒澤が書いた最後の作品となってしまった。
黒澤組『雨あがる』を観た時、この温かみのある深い愛情で結ばれた
夫婦のなれそめは如何なるものであったのか興味が沸いたが、1964年版
の『道場破り』を観て得心がいった。
今度は原作を読んでみようと思う。原作を読んで、黒澤組の映画作品の
味付けが如何なるもなのか、味わうのがとても楽しみだ。