渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

流されやすい日本人 〜軽佻浮薄〜

2020年09月23日 | open


日本人の若いニワカたちは、己の長い経験
から得た知見や高度な識別力から生まれた
独自所見を持たず、人気ユーチューバーの
独断判断で明らかに誤ったことを広められ
たその誤認に乗って劣化コピーを拡散させ
る。
ナイフのマイクロベベルは何がなんでも
落とすのが良いことだとするレベルの低い
行動とあたかも自分が刃物のオーソティー
であるかのようなレビューを書き連ねた
り、ネット動画でその誤認論を展開する
連中がそれだ。

なぜ、メーカーがわざわざ手間のかかる
マイクロベベルを付けているのか。
また、日本の刃物研ぎには、どんな刃物の
研ぎでも「止め刃」の技法があるのは何故
なのか。
その軽佻浮薄な物真似劣化コピー者たちは
そうした事への洞察は皆無だ。

そして、おおいに笑止であるのが、マイク
ロベベルを落として使ったら刃まくれした
とか切れ味がもたなかったとか、マイクロ
ベベルの意味を理解できていない落とし信
者は平気で口にしたりネットに書いたりす
る。
もうね、宇宙の物理法則を知らないのか
と。
さらに、もっと薄刃にしたら余計良くな
かった、などともつづる。
呆れ果てて言葉も出ない。

バカすね。多分。
雨で路面が濡れて危険だからスリックを
はかせましょうとか言ってるようなもん
だ。
てんで駄目。

要するに、何がどうであるのか、まったく
初歩的な事を一つも理解していないのに、
人気ユーチューバーに乗せられて自己見識
を持たぬからそうなる。
あの鹿ドクターは断定的な物言いはする
が、あくまで「私の見解です」と釘を刺し
ている。
その実、刃物に関しては間違っていること
が山程ある。
研ぎについても、あれほど雑な研ぎなどは
あまり見ない。
そうしたレベルの人が、自分の未熟な技術
に呼応させる対応としてマイクロベベルを
落とすことをやっているのだ。
では、逆にミクロン単位のマイクロベベル
を彼が研ぎ出し出来るのか?となると、
多分十中八九は出来ないだろう。あの乱雑
な動きの研ぎでは100%無理。
それに、刃物の歴史と製法や研ぎ技法に
ついて見識が低すぎる。

それを鵜呑みにしてネットで拡散させて
いる人たちがあまりにも多い。
数は正義でも真実の体現でもなんでもな
い。
世の中、正しい事が正しいのであり、
物理現象は不動なのである。
薄刃のトンガリ刃にしたら、刃物は欠け
たり刃まくれし易くなったり、切れ味が
即落ちるのは当たり前の事でしょうに。
全く、ほんとにトホホだよ。

「その切り味が好きだから私はトンガリ
研ぎにする」というのならまだ分かる。
それは好みの問題だからだ。
しかし、宇宙の物理現象を無視するような
観点で薄刃トンガリ刃先が最良と考える
その思考法のお粗末さは、本当に救われ
ないなあ、と感じる。
最近、新しいナイフの書籍で、マイクロ
ベベル落としの風潮に警鐘を鳴らす記述
がみられたが、さすが刃物研究者だと思っ
た。
正しい事を正しいと認識できる人たちは
いる。

私は用途によって刃先の研ぎを変えるが、
マイクロベベルを付ける事のほうが多い。
これは、「切れ味」を維持しつつ、刃もち
を継続させる為だ。行為には目的がある。
カッターなどは、刃先が欠けたりまくれて
切れ味が落ちたら折って未使用の刃を出す
設計なのでマイクロベベルは存在してい
ない。
しかし、刃を折り進める事ができない
定刃であるナイフなどの場合は、刃物に
対しての思想がカッターとは異なるため、
トンガリ刃では刃こぼれしました、刃ま
れしました、すぐに切れなくなりまし
た、はてなぜだろう?などという間抜け
な事を言ってはいられないのだ。
常に現場で使うのであるから。

マイクロベベルを付与させた刃先の研ぎ。




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