渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

『オイディプスの刃』 ~映画に出てくる場所とロジック~

2015年02月05日 | 映画・ドラマ・コミック


『オイディプスの刃』

80年代初期の頃の古尾谷雅人はその頃の俺に(俺のほうがか?)ソックリ
で、
なぜか古尾谷さんの奥方はおにぎり屋の俺の彼女にソックリという
ダブル
不思議があった訳だが、そんなことは誰も聞いてないので置いとく。

『オイディプスの刃』は私にとってかなり印象的な作品だ。
なぜ印象的で特別扱いかというと、日本刀がメインの現代劇だからだ。

【過去記事】

映画『オイディプスの刃』レビュー(2007年1月28日)

小説『オイディプスの刃』レビュー(2007年7月3日)

映画『オイディプスの刃』に関して、刀の研ぎについての雑感(2011年12月21日)

映画『オイディプスの刃』(2014年3月31日)

この作品は原作の世界の映像化として実によくできた秀逸な作なのだが、
昨夜、また観ていて、やはりこの映画の演出の詰めの甘さが目について
しまった。
真剣日本刀が多く出てくるのだが、タイトルバックに使われる刀身や
アップでの刀身の研ぎのひどいこと。美濃現代刀三本杉を互の目調に
刃取りをしている研ぎだが、刃取りがカクカクしていていただけない。
また、いわゆる刃をやたら白くするコンクール用の花魁研ぎだ。
1980年代にすでにもうこのような研ぎが出回っていたことがよく判る。

劇中、最後のほうの山場で、主人公(古尾谷雅人)の弟(京本政樹)が
ある人物に書類を渡してほしいといまわの際で願う。
その時の待ち合わせが昭和63年3月21日〇時〇〇分、皇居前祝田橋
なのだが、「その橋のたもと」と指定している。
祝田橋はかつて江戸城としてあった頃~明治初期は土橋だったが、
現在はただの道路だ。

(千代田区観光協会)




原作者赤江瀑(1933~2012)は山口県下関生まれだが、日大芸術学部
出身で東京は知っているはずだ。
『オイディプスの刃』で第一回角川小説賞を受賞した時は1974年なので
41歳という遅咲きだが、若い時分には東京で過ごしたことがある筈で、
皇居周辺に暗かったとも思えない。
映画のシナリオは中村務と成島東一郎監督が担当した。
中村務は1933年富山県出身で島根大学を卒業後、通信合同社を経て、
大映京都撮影所に入社している。仕事場は主として京都の映画人だ。
監督成島東一郎(1925~1993)は東京生まれの東京育ちで、映画ファン
なら成島を知らない人間はいない。昭和22年に松竹大船撮影所撮影部に
入社し、木下恵介に師事した。昭和26年には日本最初のカラー映画である
『カルメン故郷に帰る』に撮影助手として参加した。秀作に多く関わったが、
自らメガホンを取ったヒット作としては『戦場のメリークリスマス』がある。

成島の脚本担当は、ディティール等の修正のみで、メインの本書きは
東京をよく知らない中村が担当したのではなかろうか。
戦後までの有楽町数寄屋橋は『君の名は』で、日本中の風呂屋から
女性が放送を聴くために消えたと言われた程ヒットした作品だったが、
映画版『君の名は』(1953年松竹)でも、まだ橋として存在した数寄屋橋
が登場した。
岸恵子が演じるスカーフの「真知子巻き」は、30年後の聖子ちゃん
カットと同じように、当時の若い女性の誰もが真似をした。




モノクロの頃の日本映画はとても美しい。いかにも「銀幕」だ。
まるでフランス映画のような別世界が広がっていた。
だからこそ、映画俳優は銀幕のスターであり、スクリーンの中、
仮想空間の天使たちだったのだ。だから、一般庶民的な面は
プライベートにおいても絶対にスターたちは見せなかった。
このスタンスを現在でも頑なに守っている俳優は、日本では
田村正和ただ一人である。彼のみがプライベートでも絶対に
立ち位置を崩さない。これは彼自身も言っている。映画俳優は
こうであるべきだ、と。現在、「銀幕のスター」は彼一人である。

銀座有楽町の数寄屋橋。


私が生まれる2年前の高度経済成長期の入口で堀は埋め立てられ、
数寄屋橋は無くなった。地名だけが今も残っている。




かつての数寄屋橋御門界隈。堀がまだある。


現在。


現在の数寄屋橋交差点。



映画『オイディプスの刃』で出てくるセリフ「祝田橋。その橋のたもとで」
という待ち合わせ場所は、映画製作時の1985年どころか原作出版時
の1974年でさえ、場所の状況にそぐわない違和感がある。
橋はそこにないのだ。1974年時点では、地名だけが残っていた。
当然「橋のたもと」というような場所もない。

『オイディプスの刃』ではこのような齟齬がいくつか散見されるが、映像の
ちょっとしたちぐはぐさは見過ごしてしまったとしても、台詞は観客の脳裏
に言葉として残る。
これは、ストーリーの流れからして「辿りつけない場所」としての暗喩なの
だろうかと私は深読みしてしまう。
事実、劇の展開は、妖刀備中国住青江次吉をめぐって悲劇がつぎつぎに
起こる。
そして、すべての人が死んだ。
なぜ備中国住青江次吉がこの作品のメインに据えられているのか。
「次吉」という銘の刀をあえて選択したのではなかろうかという逆説的
ロジックを私はさらに深読みしてしまう。
望んでも望んでも次の吉はやっては来ない、という赤江瀑による絶望的な
未来の暗示をこの作品に私は見るのだ。
「青江」は赤江の自己投影だろう。
このことからも、赤江瀑は三島文学の正統系統者に名を連ねるべき
存在だとする瀬戸内寂聴の言にも私は頷けるのである。

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