渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

カワサキライムと漢カワサキ

2019年01月13日 | 公開情報



1970年代にKH250/400に塗られたキャンディ
ライムグリーンはもっと明るめの色合いだった。
現在のカワサキライムはこれ。
カワサキのグリーンは機種や時代ごとに色調が
異なるので、補修塗装とかでの調色が大変そう
だ。
現在の色合いは深みもあり、美的にも非常に良い
色調だと個人的には思っている。
でもメタリック塗装って、高価色でもあるし、
塗装の下地の手間も一般単色よりかかるのよね。
これは赤や黄色の高価色も下地手間は同じなのだ
けど。赤や黄色は下地に白を塗らないと発色しな
いので単色が二度塗りとなる。

ちなみに私が生まれて初めて自己所有したオート
バイの機種とタンクの色はこれ。


カワサキMS90。
当時クラス最速モデルだった。マッハSSの90cc
版のような機種だった。
完全オフローダーではなく、ロードモデルとの
合体のような機種で、今でいうモタードのはしり
のようなコンセプトだったのだろう。
しかし、悪路での走破性も高く、よく河川敷で
これで練習した。
土手の長い階段を走り降りたり、急斜面の土手を
登ったり、両輪ドリフトの旋回等はこのバイクで
覚えた。

そして、2stロケットの真髄を知ったのはこれだ
った。脳内の血液が加速Gで全部後頭部に行く
ような驚異の加速だった。
マッハIISS350(1972)。空冷3気筒350cc45ps。


1970年代中期に自主規制でパワーダウンが
図られ、400ccで38psの非力になった。
ミドルクラスでカワサキが叩きだしたその脅威の
45pが復活するのは1981年のヤマハRZ350の登
場まで9年間待たなければならなかった。
RZ350はミドルクラス最強で、乗り手によっては
750より速く走らせることが可能だったので、
ナナハンキラーと呼ばれた。RZ350は出てすぐに
私は買った。
その後スズキが250ccで禁断の45psを絞り出す
RGΓ250を出した。初のアルミフレーム、初の
カウル付、初のクリップオンハンドル、初のサイ
レンサー外付けチャンバー、世界初の「レーサー
レプリカ」だった。1983年登場。よく認可が取
れたという謎のモデルだった。私はこれもすぐに
購入した。

2st乗るなら最速マシンに乗るがいい。
2ストロークマシンに「音が」とか「味が」とか
「煙の香りが」などというメルヘンちゃんのよう
な観念的な思いは意味を持たない。
一切のメルヘンを2ストマシンは寄せ付けない。
2ストロークモーターサイクルの真髄はロケット
加速。この一点に尽きる。
市販車で突破口を切り拓いたのは、2ストローク
の雄ヤマハではなく、カワサキだった。
世にいる2ストロケッターたちが今でもカワサキ
マッハに心の故郷のような感情を抱くのは、それ
はカワサキマッハこそが2stロケットの原点だか
らである。
漢カワサキ、伊達ではない。

1972 KAWASAKI S2 350SS Mach マッハ

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