渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

公道スペシャリスト "白バイ流" 究極の安全運転テクニック 3

2019年09月06日 | 公開情報

公道スペシャリスト "白バイ流" 
究極の安全運転テクニック 3





 







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思いっきり、くっそ正しいことを解説
している。
少し前の白バイではありえなかったこと
である。
そもそも、ブレーキもクラッチも指は
4本がけでないとならないとか、カウル
付オートバイはライトが前しか照らさ
ないから危険だとか、根拠がない私的
思い付きの強制を頭ごなしに国民に強要
していたのが警察だった。
教習所もそれに準じていたし、今も旧態
を墨守している理にかなわぬ頓珍漢で
論理性も理論性も無い教習所が多く存在
する。

この日本一に輝いた千葉県警の白バイ
警察官は一切ヤキトリもやらなければ、
操作操縦も実に理に適ったことを実行
している。
私はレーシングライダーだったが、
レバー操作や操縦法はこの白バイ隊員
と全く同じ操作操縦をしている。
これが正しい。

ただね・・・。
この技術講座がネットで公開されて
いたのは2010年のことだ。
9年前にすでに正しい乗り方、操作法
がきちんと公開伝授されているのに
如何にちゃんと操作もできなければ
二輪に乗って動かすことができない
連中ばかりか、ということだ。
今バイクに乗っている人たちは、上手
になろうという向上心が全く見られない
のが特徴だ。


なお、この白バイ隊員の操作操縦
方法は真新しいものではない。
1950年代、つまり60年以上の昔から、
二輪
の乗り方として操作操縦の基本中
の基本の乗る上での
大前提として、
欧米では実行されて
いた方法である。
日本では、かつては、サーキットを
走る競技者のみしか行なっていな
かった。私はこれを免許取得直後の
16才ですでにやっていた。(厳密
にはコース走行の中学生の時から
やっていた)

1970年代。白バイはこうした二輪
先進国の欧米テクニックを見下して
採用していなかった。旧軍の二輪
部隊のようなものが正しいという
頭で凝り固まっていた。
なので、1970年代80年代90年代
になっても、白バイ隊員よりも日本人
レーシング
ライダーのほうが実技は
圧倒的に
上手かった。
だが、この千葉県警の白バイ隊員の
ように国際的な
大基本を身に着けられ
たら、日々その
正しい技法を訓練して
いる白バイ隊員には
一般ライダーは
たとえレーシングライ
ダーであろう
とも勝てない。


ロードレースを走らせると専門ライ
ダーのほうが勝つだろうが、ジムカーナ
やこうした白バイ技能競技のような
操縦技術競技ではレーシングライダーは
もう白バイに勝つことはできないこと
だろう。
白バイ隊員が本物の「乗り屋」
になって
しまったからだ。

白バイは、もはや本当本物の二輪専門職
のプロになった。
以前はレーシングライダーのほうが技量
が断然上だったのだが、世の中の形勢
は逆転した。シティライダーは白バイ
には敵わない時代となったのだ。

毎日猛烈訓練しているもん勝ちよ、
何事も(笑)。
草野球選手とメジャーリーガーの違い
みたいなもん。
そして、技法はどのジャンルでも「正しい」
ことをやった者が上に立つ。
正しいとは、旧軍や戦後オイコラ警察
などのような私的な思い込みで論理的
科学的根拠を欠いた他人への強制が
「正しい」ことなのではない。
親分が烏が白だと言ったら白が正しい
という方式は、ありとあらゆる人間界
の「技術分野」では存在しない。
人に嘘を教えて偉そうにする勢力の
デタラメを見抜く目を持とう。
「公的詐欺」みたいなのは世の中かなり
多いから。


この白バイ隊員が説く「認知、判断、
操作」の三位一体の重要性は、常々私が
主張していることだ。(大昔から)
私はオートバイに乗って46年、公道を
走って43年になるが、そのことは自得
したのではなく、先達の二輪乗りたち
から徹底的に仕込まれた。
それを外すと「バイクなんか降りちめえ!」
と罵声が飛んできた。

しかし、正しいことは時代を超えて不朽性
を強固に持つ。
この白バイ隊員は私よりもかなり年下
だが、言っていることは、すべて正しい
ことを言っている。
本物の二輪乗りはまだまだ存在するので
ある。


ちなみに「乗車姿勢」についての解説は
どうであるかをチェックした。
フルバージョンで全く正しいことを言って
いる。
ヤキトリになるような「腹出し」「背骨
硬直伸ばし」などは一切解説していない。
そして、実際のこの隊員の乗車姿勢は、
上半身が脱力されていて瞬時即応の姿勢
となっている。いわゆる「二輪乗り」の
正しい姿勢だ。
「背中をやや曲げて軽く上体を前傾させる」
という極めて正しいことが明確に表記
されている。

 ⇒ こちら

こういう正しいことをきちんと知って、
まゆ先生の伝説のへっぽこスナイパー

「ちょろいもんだぜ」みたいなことを
オートバイでやるのはやめましょう。
(でもなぁ。最近のできない子たちは、
文字を読まないからなぁ。3行以上は
「なげーよ」だから。脳がトロすぎ。
武術もバイクも、脳はクールにフル回転
させないとならないんだけどね)
この警察官、剣道にしろ柔道にしろ逮捕術
にしろ、そちら方面も相当できると思うよ。


日産自動車 韓国から撤退か

2019年09月06日 | 公開情報



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これね、相当な事ですよ。
「韓国が嫌な事する国なんだから撤退で
いいじゃん」
などという問題ではない。

この日産の動きはレアケースではなく、
日韓経済関係の中で包括的な動きの
序章のように感じる。

なんだか変な方向に行かなければいいの
だが。
日本は憲法上戦争ができない国だけど
ね。韓国は軍隊を持っていて、朝鮮戦争
だけでなくベトナム戦争にも国家の軍
としてベトナムに侵攻した。
1980年5月の光州では韓国軍が自国韓国
国民である光州市民を大虐殺
したが、当時
そのクーデーター軍事独裁
政権の全斗煥
(チョンドファン)を支持
したのは日本
政府だった。

日本と韓国は、良し悪しは別にして、
リムパック=日米韓環太平洋合同演習
で強固な軍事同盟を進めていた「同盟国」
だった。

現在の韓国の情勢は、国民も国家も一体
となって、そうしたかつての覇権主義的
軍事勢力に反対するのではなく、単純
に「反日」一色に染まっている。
もはや、民主化以前の韓国と日本の国民
が連帯意識や行動を以て、「人を虐げる
勢力」に共に抗したという道筋は消滅
してしまっている。
韓国は国家も国民も「反日」のみであり、
日本人も「嫌韓」で染められつつある。
かつて、日本ではイデオロギーを超えて
光州事件や天安門事件では、国家の軍事
的な国民蹂躙を隣国国民として批判する
目を持っていた。国民は。
現在は、そうした視点はほぼ日韓両国
には消滅してしまった。
国民の意識がそのような対立状態にある
ので、このまま行くと、とんでもない
事態が起きそうな気がする。

軍隊を持たない国が、どこまで平和の
使途として力が発揮できるのか。

韓国は焦っている。
米朝関係が韓国抜きで構築されるのが
確実な景色が見えているからだ。
なおさら「反日」という形で矛先を外に
向けることで国内統治のために国民意識
憤懣
の収拾を図ろうとすることだろう。
もはや、日韓関係は絶望的なところまで
来ている。
日本に軍隊が存在していて、韓国のよう
に戦争参加が法的にも可能な国家体制で
あったなら、日韓戦争になりかねない
ところまで来ている。

勝手に他国の島を武力で占領している
ことは、過去の日本の行為とどう違う
のか、個人的には韓国には説明して
ほしいところだが、話が通じないあおり
運転暴行傷害犯のような国家と国民だと
したら、国際社会の一員としての日本
も手の打ちようが無い。
朝鮮戦争は大国間が起こした戦争で、
国を分断された悲しみは分かるが、
無茶無理難題を吹っかけて傍若無人に
ふるまうのは北も南もやはり同族だ
からか。

しかし、李承晩が悪いよなぁ。
勝手に国際的取り決めを無視して私的
に国境線引きしたのあいつだもんな。
その時、史上初めて竹島を勝手に自国領土
にしちまった。無茶苦茶な話だよ。
どさくさ紛れの火事場泥棒みたいなことだ。
あのあたりから反日国家政策が開始
されている。
そして、韓国の国民は、軍事独裁政権
に反対して民主化を求めながらも、
国粋主義的な「反外国」意識の偏狭さ
を脱することはできなかった。
民主化以降、排外主義的独善のナショ
ナリズムを「民主主義」を標ぼうする
国民たちが強く抱いていることは、
歴史の皮肉としかいいようがない。
他国を排除して毛嫌いして排斥し、
自国のみが唯一正しいとする態度は
国際社会の大人の一員ではないのに。



北海道

2019年09月06日 | 公開情報


北海道はスキー旅行でしか行ったことがない。
スキーだけでなく、多少の観光もした。
でも、それだけだ。
九州は飛行機でも新幹線でも車でも何度も
行ったことがある。
北海道はほんの数回しか行ったことがない。

オートバイで北海道に行ってみたい。
ただ、北の大地において、果てしない直線を
走りたいのでも、270度にわたる地平線を見た
いのでもない。
函館の街を走りたいのだ。
実は、私の一番好きな走り場所は、峠(やま)の
ワインディングでも海沿いの直線バイパスでも
快速高速道路でもなく、人の営みを感じる市街
地だったりする。
そして、街路樹の下にバイクを停めて、一つに
溶け合うマシンと街を眺めたい。
ヨコハマで日々続いたその空気を日本各地で
味わいたい。


土偶芋

2019年09月06日 | 公開情報


読者さんの北海道の農家で採れた大きな芋
である。
これはまるで土偶!(笑)


瀬戸内海国立公園

2019年09月06日 | 公開情報



広島県三原の海と沿岸は瀬戸内海国立公園に
なっている。
いわば、私は公園の中に住む公園生活者で
あるということになる(笑)。
 

三原の山から海ぞいに呉の野呂山が見えると
いうことは、地元三原の人にもあまり知られ
て いないようだ。
ただ、いつもほぼ霞んでいて、私が三原の
竜王山に登った時に野呂山が見えたことは
ない。


三原は瀬戸内海の中でも他島地帯なので、
山から見る海の景観は良い。


この島々の景観は、古代神話の一節の
ような、なにかしらそんな印象を受ける。

 


バイクの旅人

2019年09月06日 | 公開情報


こういうオートバイは嫌いではない。

この人は、ここまで行くと、バイク乗りと
いうよりも、旅行者だな。
冒険旅行者みたいな。
これまた、やる。

あおたび

私の中では微妙な振り分けではある。
私の場合は、どこかの目的地を定めて、そこ
を見に行くことが目的ではなく、そこに行く
までの行程やロードでの走りそのものに重点
を置いているからだ。
空間移動のためだけなら、なにもオートバイ
でなくともよい。
なぜバイクなのか。
そこなのよね。
なので、同じツーリングであっても、空間移動
者と走り人ではかなり実相の内実が異なってく
る。

オートバイで場所を移動して、目的地に行く事
そのものを目的とすることは、私は否定はしな
い。
ただ、私はそれをしないだけだ。
私の目的は、走ることにある。
だから、その行き着く先がA地点であろうと
B地点であろうと構わない。
走るために走るのが私の目的であり、移動手段
として二輪車を使っているのではないので、同
じようにオートバイに乗って長距離を走ってい
ても、実はその中身はかなり異なる。
どちらが偉いとか偉くないとかは無い。
私はそうである、というだけのことだ。
私は空間移動の手段としてはオートバイで長距
離を走らない。四輪車や列車や飛行機のほうが
便利だからだ。
実質的には1日で700km、800kmを私はバイク
で走るが、目的は移動手段としては乗っていな
い。

通勤ではミニバイクは使う。これは利便性が
高いからだ。これなどは移動手段だ。
だが、通勤バイクは配達バイクと同じであり、
通勤バイクを転がすのがライダーではない。
オートバイに乗るのは、乗ることそのもの、
走ることそのものが目的なので、身体を運
んでくれる空間移動の手段としては私は一切
オートバイには接していない。
オートバイは、オートバイでなければ決して味
わえないところを私は求めてオートバイに乗る。
オートバイでなくば実現しえない、他の乗り物
では絶対に存在しない部分を求めてオートバイ
に乗っている。
ただの移動ならば、寝られるし、物も飲み食い
できるし、音楽も聴けるし、四輪車のほうが
便利なのである。わざわざ二輪車で移動する必
要はない。

海に行くのが目的ではなく、このロードを行く
と海がある。
というのを私は求めている。
そして極言すれば、そこに海が無くてもいい。
ロードさえあれば。





僕らはバッハの薫陶を受けた

2019年09月06日 | 公開情報

「海まで続くハイウェイ」


単純なFの循環コードなのに、こんないい曲が
作れるんだなあと感じる。
F Dm B♭ C
これの循環。
サビからはマイナーコードを織り交ぜながら、
メジャーにもどり、最後はマイナーコードで
不安感を残存させている。
そしてメジャーコードにまた戻る。

哀しい感情を表すのにマイナーコードのみで
曲構成するのは簡単だ。
しかし、メジャーコードを主体としながら、
悲しさを出す表現は深い。
ポップだと、中島みゆきや竹内まりやがそう
した技法に長けている。
あと意外なところでは布袋寅泰だ。
女性目線で書いた曲でメジャーラインに乗せな
がら切なさを出すことを彼はやる。「プライ
ド」などは名曲だ。

コード循環による人の感性を揺らしたり引っ
張り出すことはバッハが多用した。
通奏低音による即興奏法などは典型だろう。
そして、バッハのコードラインは、たしかに
人間の安心感を引き出す循環で、時折揺さぶり、
魂を活性化させる。
ほぼすべての現代曲にはバッハの影響が見られ
る。
僕らはバッハの薫陶を受けたのだ。

この先には海がある。

内田裕也 - ジョニー・B.グッド [2004年、ジョー山中ライヴのゲスト]

2019年09月06日 | 公開情報

内田裕也 - ジョニー・B.グッド [2004年、ジョー山中ライヴのゲスト]

はっきし言ってユーヤさんはどうでもいいの
だけど(笑)、このゲストメンバーが凄すぎる。
ジョー山中ライブなのに、どっちが主役か
まったくもってこりはわかりまへんえ、という
やつね(笑)。

わかるのは、Charはロックンロールを演って
もCharのギターの音になるってことね(笑)。