渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

筆致

2015年08月08日 | 文学・歴史・文化・科学



恐ろしいものですな。
いくらド素人が真似っこしようとも、すぐに専門家には「王義之」と
看破された。
赤面もので、お恥ずかしい限りだ。
付け焼き刃はすぐにバレる(^^;

こっちにしといたほうがよかったか(笑)


これはあたしの関係者の字だ(^0^)

このおっさんね。小林作の刀に絡むといっても小林一茶じゃないよ。
三跡のうちの野跡と呼ばれる。


うを志んがね、数年前にいいのを世話してくれたのよ~。(鞘に似た入れ物は私の手製




トーフーのおっちゃんの図だぜ。
おいらも多少血縁的に縁がある(笑)。

でも、個人的に一番好きな書体は青蓮院流だったりする。

道風は道風で和風書体を完成した感もあり、なかなか味が
ある書体だと思う。4トロあたりのゲバ字っぽいけどね(笑)。
自分の書体が完成されている人はいいなぁと感じる。
書の基本はまずお手本の写しから、というところだろうか。


江戸刃物師の左久作師ご本人も見て大笑いした私の写し(右)。
ただし、墨を磨り過ぎてしまい色が濃くなり過ぎてしまった(笑)。

と、こうなると、筆致ではなく贋物作りの感性に属しそうな感じだが、
書をアートと考えた場合、贋物などではなく写し物ならば、色合い
風合いもお手本と同じ世界を狙って行くのが王道のように思える。
コピー機がなかった江戸時代、特に幕末などは、貧しい武士たちは
「写本」をしてアルバイトしたりしたでしょ?
あの写本というのはなかなか凄いよ。字体までそっくりに似せて
写し書きしてるんだよなぁ。
もうそうなると、「書き」ではなくて「描き」だよね。
写本はアートではないけれど、一つの独特の「写し物」の一端を
構成しているように思える。