仮面の告白『雲の上の虹』

この世の誉・不正・不道徳・破廉恥・権力者を追及し、無害なことも記録しつつ、雲の上の虹をめざす枕流亭の日記(日乘)

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親日が多い台湾の若者文化!

2013年09月09日 | 

  東京に五輪が決まったときトルコの首相の言動の高邁さが話題を呼んだ。トルコが世界有数の親日国家であることを確認できた場面であった。トルコが親日国家になった理由は明治時代にさかのぼるが、そのいわれはつとに有名なので書かない。

  トルコに負けずに親日家が多いのが台湾だ、その台湾ではなんと日本の統治時代の文化がリメークされているという。良いものは良いという意識を持ち得た民族には未来があるという証左になろう。

 どこぞの低劣な民族とは質が違うようだ。

 

【鼓動】日本統治時代の“発掘”がブーム 若年層に親日 台湾

 大正ロマンにヒントを得た漫画や、戦前に甲子園で準優勝した野球部を描いた映画-。台湾の若い世代が、日本統治時代を題材にした作品を次々と生み出している。政治的状況から、この時代は学校教育では詳細には触れられないが、日本のポップカルチャーの影響を受けた世代が歴史的資料を基に自由な発想で作品に仕上げている。中国との関係改善が急速に進むなかで、現在の台湾社会の文化的背景のひとつとして日本時代への興味が強まっているようだ。(台北 吉村剛史、写真も)

  8月上旬、台北市内で漫画「台北高校物語」の出版記念会が開かれた。著者の陳中寧さん(24)と、資料を提供した台湾師範大学台湾史研究所、蔡錦堂准教授(62)の話に大学生ら約40人が聞き入った。

 作品は、日本統治時代の台湾のエリート養成校、旧制台北高校の歩みを擬人化した異色の歴史漫画だ。主人公「台高」は学生マントにげた履きという典型的な旧制高校生の装いだ。

 台北帝大などの仲間に加え、台高に「自由自治」の校風を根付かせた三沢糾(ただす)校長ら実在の人物も登場し、開校の経緯や当時の自由な学生生活、第二次世界大戦に至る暗雲が描かれる。

 台高の校舎を受け継ぐ台湾師範大の美術学部出身の陳さんは、在学中に蔡准教授の講義で母校の“前身”に感動し、漫画のリポートを提出したのがきっかけで作品制作に乗り出した。

 

「当時の教育のユニークさを、漫画の発信力で多くの人に紹介したい」という陳さんは現在、東京の専門学校でアニメーションについて勉強している。「台高の戦中や戦後も描きたい」と続編制作にも意欲的だ。

 
 「日本時代の台北の写真を見て、街並みの美しさに感動した。近代の日本と台湾文化の融合の上に開花した“大正ロマン”的な世界も魅力的だった」

 台湾大出身で「AKRU」というペンネームの漫画家、沈穎杰さん(31)は代表作「北城百画帖」を手がけた動機をこう語る。

 漫画の舞台は、台湾総督府が始政40周年を記念し、昭和10年(1935年)に台北で開催した「台湾博覧会」の時代だ。

 カフェーの主人を軸に、日本軍の航空兵を志した台湾少年や、日本の台湾先住民研究者に協力したタイヤル族の少女の幽霊などを女性らしい視点で幻想的に描き、今年、日本の外務省主催の第6回国際漫画賞で入賞を果たした。

 「学校の授業では日本時代にほとんど触れなかったから、大学で学んだ考古学的手法で発掘してゆく過程も楽しかった」という。

 かつての台湾の歴史教育は「中国史」が中心で、民主化のなかで「台湾史」が見直されたのは、1997年に登場した中学生用教科書「認識台湾」からだ。それでも日清戦争の下関条約(1895年)から半世紀に及ぶ日本統治時代の分量は、多いとはいえない。

イラストレーターの呉旭曜さん(41)は「教育はどうあれ、日本は常に身近にあった。同居していた祖父母は日本語を用いていた」という。

 そんな呉さんのイラストは、日の丸が翻る台南駅前の男女学生や、鳥居を背にした乃木希典ら歴代台湾総督など、日本時代に関係する人物や風俗が主要なテーマだ。

 だが、どの人物も宇宙服のような服を着ているのが特徴で、「昭和少女」と題した一連の作品では少女が旭日旗の鉢巻き姿で日本刀を構えているなど、近未来と復古調が同居したような異色の作風だ。

 呉さんの作品群は雑誌で取り上げられ、昨年は個展も開くなど話題を呼んだ。

 今夏、日本時代をさす用語として、「日治」(日本統治)と「日(にっ)據(きょ)」(日本による支配)のどちらがふさわしいかが論争となった。呉さんは「台湾は多様な価値観が混在する民主社会なので両方あっていい。日本時代に関して学術、芸術面では自由な表現が残ると思う」

  台北市の政治大の世論調査によると、中国との関係改善に着手した2008年の馬英九政権発足以降、自分を「台湾人」と考えている人が急増している。

 また、日本の対台湾窓口機関、交流協会の2012年度の対日世論調査では、尖閣諸島(沖縄県石垣市)問題がくすぶるなかでも、「最も好きな国・地域」で日本が43%で前年度から微増し、首位を堅持した。

 「日本」と回答したのは20代が54%、30代が50%と、40~80歳(39~36%)を上回る。若者の親日感情の強さが際立った形だ。

 1931(昭和6)年、夏の甲子園大会で準優勝に輝いた嘉義農林学校(現嘉義大)の野球部の活躍を描いた来年公開予定の映画「KANO」(嘉農)の魏徳聖プロデューサー(44)は、「台湾で自分たちの足下を見つめ直すとき、日本時代は避けられない」と語る。“発掘”は今後も続きそうだ。
日治と日(にっ)據(きょ) 戦後台湾では日本の台湾統治に関し、「日本による支配」を意味する「日據」という表現が主流だった。しかし、1990年代以降の社会的変化の中で日本統治時代を評価する動きもあり、教科書では「日治」(日本統治)などの表記が一般的となった。台湾の民間出版社が今年、「日據」表記の高校歴史教科書を申請し、識者らが「日治」に改めるよう求める一幕があった。教育部(日本の文科省に相当)は「学問の自由」を理由に両方の表記を認めたが、行政院(内閣に相当)は公文書では「日據」に統一するとの見解を出した。


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