傾城水滸伝をめぐる冒険

傾城水滸伝を翻刻・校訂、翻訳して公開中。ネットで読めるのはここだけ。アニメ化、出版化など早い者勝ちなんだけどなぁ(^^)

諸国道中金の草鞋/十二編(身延山道中)

2019-01-12 11:37:34 | その他
江戸時代の旅行記「諸国道中金の草鞋」
十二編(身延山道中)1819年(文政2年)発行
作者は十返舎一九(著)、月麿(画)

原画は国立国会図書館デジタルコレクションをご覧ください。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/878297

※個人で解読したものなので間違いがあってもご容赦ください。

[猿橋]

猿橋は宿の入り口にあり 長さ十六間(けん)、
柱なくもち出しにて持たせし橋なり、
水際まで三十三尋(ひろ)ありという橋の上より下を覗き見れば
水勢強く緑の色をたたえてものすごき有様なり、
この宿の家、残らず一枚の石を敷きたるごとく
家はみな石の上へ建てたるがごとし

猿猴の 猿橋なれや 遥かにて 手には取られぬ 水の月影

なるほどこれは恐ろしい、水の際まではよっほどある、
ここから飛んだら死ぬだろうか、
京の清水の舞台からは傘をさして飛ぶと怪我をしないという事だから
ここから飛ぶにも傘をさして飛んだら死にもせまい、
なに死ぬものか、わしが飛んでみせよう、
もし死なずば何をよこす、
ひょっとわしが死んだら足袋でもなんでもやろう 


[駒橋]

三弦の 駒橋なれや 春の来て 三筋の糸の 霞ひくなり

駒橋より大月へ十六丁、これも山道なり、
されども富士参りの頃はいたって賑やかなり

今日はとんだ日が長くて退屈した、その筈でもあろう
今朝から何にも食わず飲まずに歩いてばかり、銭がいらないでこれが良いぞ

わしも道中銭のいらないようにしてさっぱり何も食わずに歩きますが
腹の減ったのをこらえるがちと難儀なものだが
それもふんどしを固く締めているとひもじいのもこらえられますが
どうも見るとこしへられ酒屋の門を通る時どうしても飲まずにはいられませぬ

[大月]
大月の宿外れの右の方に橋あり、左の方は富士山への道なり、
これより吉田口まで五里あり、冨士道はこの大月より谷村へ二里、
谷村よりおのまへ一里半、おのまより吉田へ一里半、
入口は下吉田という、これより富士山入口なり
この大月、猿橋、花崎などより郡内縞という絹出る、
白郡内は谷村より先の田野倉、四日市などいう所よりいずるがよし

名にしおう 郡内縞(じま)の 名どころに 霞の絹を ひきはゆる春

大石寺 祖師あるゆくか いただきに きせ綿かぶる 雪の富士山

わたしはお祖師様 願望があって酒を一年たつつもりのところ
どうも飲みたくてなりませんから一年たつのを二年にいたして
昼は絶って夜ばかり飲むつもりにいたしましたが
それでも不自由でなりませぬから
いっそのとこ二年たつのを四年にして昼夜とも耐えるつもりにいたしました

わたしは蛸(たこ)がいたって好きでござりますが
去年患った時、願掛けして蛸を一生断ち物にいたしました、
そのお陰からこのように達者になりましたからお礼参りに出かけましたが
どうも蛸を断つことが辛抱ができませんから、
蛸によく似た物だから蜘蛛と蛸と立て替えまして、いっこう蜘蛛は下さりませぬ

お前方よりわたしは利口だ、わたしは何でも嫌いな物を断つが良いと思って
食いたくない物を断ち物にしたから気がもめないでよい、
そのかわりに願望はいっこうききませんだ


[花崎]

花崎より初狩へ一里半、この辺り茶屋などもいたって不自由の所なり、
この花崎よりも郡内縞織出す所なり、この辺かきの名物なり

いつとても 変わらぬ宿の 繁盛は 今を盛りの 春の花崎

このあとの茶屋で休んだがそこの女房がいけもせぬ顔(つら)でいながら
とんだ高慢なことをぬかして、聞いた風なやつであったから
一首狂歌をしてその茶屋に書きつけてきた

女房の 高慢くさく 見ゆるのは これぞ天狗の 鼻先の茶屋

さてさて今日は面白くない日だ
そうともあろうか今朝から一日何も食わず飲まずに歩いた上
どこをどうして四文銭一本落としたは根っからつまらない
銭が惜しいから食わずに歩いたものをとんだ目に会うたわえ

わしは荷持ちに頼まれてきたがとんだあたじけない(欲深い)、
どんなでわしの銭で酒でも飲む時はあいをしやかの
すけやうのと人の買った酒は飲み倒すくせに
じしん買って俺に飲ました事がない、
あつかましい人の供をして来てとんだ目にあったわえ

きさま、俺をあたじけないというがあたじけないではない、
しわいのだ、それだから銭を使う事が嫌いだによって
きさまを荷持ちに頼んではきたがその賃銭(ちんせん)をきさまのほうから出すと
その荷物も俺が持ってやるからそふさつしやい、
それだとわしの荷物をわしが賃銭をとって持つのだから、
大きにこっちは理屈がよい


[初狩]

初狩のこの宿は十五日初狩にて馬人足をつぎ、
あと十五日はあみだという所にて九日しろのという所にて六日続くなり、
これより黒野田へ一里二十丁あり

旅人の無事に わたるとふるさとへ 言伝をせよ 初狩の宿

わしが家を出てくる時、かかしゅのいうには
お前は必ず道を歩くとてもわき見をせずに向こうばかり見て歩きなさい、
わき目をしてあっちこっちへ振り向く、
お前のひげで着物の襟が擦れて切れるから
首をちゃんとして向こうばかり見て歩けといいつけて出ましたから
それでこのように首をすえて歩きますが
困った事は良い女が来ると見たくてならないのを
ここだと思ってじっと辛抱してわき目もせずその女の顔を見ないように
向こうばかり見つめてこれまでは辛抱してきましたが
あれあれ見なあとからとほうもないあのような美しい女もあるものかと
人が無性に褒めますからつい我を忘れて振り返ってその女の顔を見たら
向こうでもわしの顔をじろりと見てくれたものだから
もうこらえられなくなって幾たびか振り返り振り返りして
これ見なさい着物の襟をこのひげでとうとう擦り切ってしまいました

女中の歩く後ろから尻つきを見ながら歩くは心持ちのおかしなものだとて、
わしは酒が出るとあとをひく、女にかかると、まえをひきたいには困り果てます

もしく往来の衆がわたしどもを見ていっそ粋だのあだだのといって通るが
お前の事でありましょうか、わたしの事をいうのか分かりません

それは二人の事さ、お前もわたしも美しい上に愛嬌があるというものだから
二人をいつしよに褒めていくのでござりましょうから何も損のいらぬ事だ、
褒めさしておやりなさい


[黒野田]

黒野田の宿もこまほらという所と十五日がわりにつぎばとなる、
この間に笹子峠というあり、峠に茶屋あり、黒野田よりつるせへ二里半なり

旅人の 顔の白野も すぎ行きて はや日まけする 黒野田の宿

昨日は一日馬や駕籠に乗りづめにして、さっぱり草鞋が汚れないから
とくのも面倒だと昨夜の宿では草鞋をとかずに上がってそのままで寝たら
布団へ草鞋がひっついて悪かったから晩には裸足で寝ることだわえ

ほんにそういいなさればわしは昨夜の宿で虚無僧(こむそう)と一緒た泊まりましたが
あの虚無僧というものは天蓋をかぶったなりで
めったには取らぬものだと聞きましたが
なるほど宿へ着いてもやはり天蓋をかぶりながら飯も食い
そして水風呂へ入るにもかぶったなりで入りましたが
湯から上がった所を見ましたら裸身に天蓋をきて立っている姿、
松茸を見るようでありましたが
その松茸の真ん中ほどに松茸がまた枝のようにござりました

わしは常に一人旅をして歩きますが
ついに泥棒にも追いはぎにも出会うことがござりませぬ、
芝居でするような百日鬘(かづら)で大脇差を差して
大の男がぬっと出て、置いて行けというやつに出会いたいものさ、
そうすると日頃の心がけ、わたしの隠し芸を出してじきに逃げます、
足の速いがわたしの一芸でござりますから

最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。