経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の心

リスクと不確実性の状態方程式

2014年02月23日 | シリーズ経済思想
 偉ぶらない語り口が酒井泰弘先生の魅力で、『ケインズは今なぜ必要か』(ケインズ学会編)に収められた講演も、そんなヒューマニティーが読み物として楽しいものにしている。もちろん、中身の方も経済の本質を考える上で、なかなか含蓄が深いものだ。今回は、先週に続き、長老による講演で「リスクの経済学」を堪能することにしよう。

……
 講演の白眉は、「ケインズ革命の本質は、確率統計で計量できるような「単なるリスク」の分析にあるのでは決してありません。それよりむしろ、もっと遥かに広く「蓋然性」や「不確実性」の概念を市場経済のワーキングにドッキングした所にあるのだ、ということです。」の部分だろう。その上で、ケインズの経済学の核心は、「不確実性」にあり、古典派的な経済学は、その問題を軽視ないし無視しているとしている。

 リスク論の源流は、先生の指摘するとおり、F・ナイトによる「測定可能なリスク」と「測定不能な不確実性」の区別にある。おもしろいのは、ナイトがこのことを本にした1921年に、ケインズも『蓋然性論』を書き、同様の議論をしていたという点だ。これは「美人投票」の記述がある『一般理論』に連続しているとするのが、先生のお立場である。

 リスクと不確実性の区別がカギになるのは、古典派的な経済学も、リスクについては、既に期待値やリスクプレミアムという形で理論に取り込んでいる一方、不確実性については、等閑視されたままにあるからだ。この議論を始めたのが、ケインズやナイトというわけだが、問題は、どう組み込むかである。ナイト先生に「測定不能」と言われると、重要性は認めるにしても、モデル化は無理に思えてしまう。 

 むろん、これがケインズの経済学の「核心」であることは間違いない。不確実性がリスクと同様に「金利」の作用によって解決されるなら、ケインズ経済学と古典派的な経済学との違いは、程度の問題になる。ケインズの主張には、金利で解決されない「何か」がなければおかしいと考えるのはもっともであり、金利の関数で構成されるIS-LM図式について、ケインズの本質を示していないと難ずることにも、一利はあるのである。

………
 ここで取り出すのは、どうすれば経済学の「実在経済の状態方程式(仮)」である。これは、『投資 = n/金利 -大損を回避する性向』という形をしている。「リスク」は、リスクプレミアムという形で、金利に上乗せできる性質のものだから、「n/金利」の項に織り込むことができる。「不確実性」は、金利で解決できないものとする以上、当然ながら、項を区別し、マイナス因子で設定しなければならない。それが「-大損性」ということになる。

 「大事と小事」で説明したように、これは、熱力学における実在気体の状態方程式、『圧力 = n/体積 × 温度 -a × (n/体積)^2 』に倣ったものである。前項が分子の運動エネルギー、後項が分子間力を示し、二つの因子がせめぎ合うことで、相転移(液化)という不連続の状態変化を表現する。ポイントは、二つの因子の大小関係が変化するように、前項が「体積」の逆数、後項が「体積」の逆二乗になっていることだ。逆二乗則と言うと、物理屋には「あぁ引力ね」と、すぐに合点が行く。

 それでは、「-大損性」の項は、どのような性質を持つのか。前項を上回ることもある力を表現しなければならないので、「金利」を用いて描くとすると、分子間力のような「べき乗」である必要がある。それは、2乗とは限らず、1.7乗とかの半端な数字だとしても。念のために言っておくが、これは「金利」が投資を動かすという意味ではない。「金利」という指標を使い、「べき乗」の形にして、「不確実性」の動向を描いている。その動向が「大損を回避しようとする力」を惹起するわけである。

………
 「不確実性」を示す項を「リスク」と区別するのなら、「べき乗則」にせざるを得ないことには重要な意味がある。これは、取りも直さず、「不確実性」とは、「べき分布」であることを意味するからだ。べき分布というのは、おなじみの正規分布とは異なり、平均値が意味を持たず、分散が無限大になるという特異な性質を持つ。危険性を引き受けるには、まずは、その大きさを把握しなければならないが、その情報(統計量)が得られないという、極めて厄介なシロモノなのである。

 べき分布の典型は、地震の頻度と規模の分布である。無数の微小地震と、わずかの巨大地震で構成されるから、平均的な地震というものが意味をなさないし、微小と巨大の間の分散は極めて大きくなる。つまり、ケインズが強調し、ナイトが主張した「不確実性」の正体とは、べき分布という、扱いが極めて厄介な危険性を指していたのである。ナイトが「測定不能」と考えたのは、実は「平均」や「分散」のことだったのだ。

 人生は限られていて時間軸での分散が利かないから、頻度はわずかでも、損害が大きくなる可能性を含む「分散の大きな危険性」を受け入れることは難しい。期待値が見込める「リスク」でさえ、そうなのに、分散が無限大となる「不確実性」となれば、もはや無理である。しかも、「べき分布」は、過去の観測で最大被害を予測することが困難な上、「正規分布」より大被害が頻発するという性質も持つ。そうしたものに、投資行動が極めて大きく左右されるのは、当然であろう。

 ケインズの議論の特徴は、「不確実性」の強調と、「需要」の重要性の指摘にある。端的に言えば、「需要」の動きに「不確実性」を感じ、利益の機会を捨てる不合理な行動を取るということである。需要は価格と表裏一体の関係にあるから、「価格」の動きに「不確実性」を感じると言い換えることもできる。金利と投資の関係とは違って、価格は需要の動きに感応的であるからだ。

 ここで思い出してほしいのは、B・マンデルブロである。彼はフラクタル幾何学を創始した「経済学者」として有名だが、最初の業績は、綿花の価格変動に「べき分布」を発見したことだった。これはスケールフリーだから、日次、月次、年次のどの時間単位でも相似の傾向を示す。綿花市場には投機性があるにしても、経営者は、その価格を見ながら、綿花を生産したり、綿糸の製造をしたりしなければならない。そういう極めて厄介な「不確実性」に直面しつつ、現実の投資判断はなされているのである。

………
 さて、金利が動かす「利益を追求する力」と、不確実性が動かす「大損を回避しようと利益の機会を捨てる力」の2つの因子がせめぎ合う形ものだと理解すると、たった一本の式で、金利によって投資と貯蓄が調整される通常の状態から、金利が調整力を失い、デフレやバブルが形成される状態へ「相転移」するのを簡単に表現できる。そもそも、相転移とは、そうした力関係で生じる。

 そして、「せめぎ合う」以上、不確実性は「べき分布」という強力なものであることが想定されねばならない。ケインズやナイトが言葉を尽くして伝えようとしたことを、統計力学的に表現すれば、こうなる。ケインズを継ぐ者は、こういう措定をすべきだったように思う。また、こうすることで、政策分析も実用性を増す。すなわち、不確実性を刺激する緊縮財政がいかに危険で、金融政策や産業政策ではカバーし難いか、ストレートに理解できるからだ。

 この知見を「過去」に適用すると、改めて見えてくるものがある。例えば、米国の大恐慌では、当時を経験した人たちは財政の威力を感じたが、のちに数字で検証すると、財政の量はさほどでもなく、金融緩和との相関が大きかったかに見える。しかし、フーバー政権のデフレ下でも緊縮という均衡財政主義を転換し、底入れさせたことに重大な意義があると理解できれば、見え方は違ってくる。

 日本の高度成長でも、輸出主導というのが同時代の実感なのに、後世の者は、輸出のGDP比がたった1割という数字を見ると、首を捻ることになる。そうではなくて、輸出という追加的な需要が投資を喚起し、成長加速に決定的に重要なことを認識していれば、謎は解ける。需要がカギを握ることを見出したケインズの洞察は、貧困からの解放を目指す現代の開発経済学にも裨益するものである。

 むろん、「現在」を見るのにも役に立つ。IMFが「欧州では緊縮財政の影響は想定以上」と指摘した根底にあるものが分かるはずだ。蛇足だが、筆者が、大勢に反し、米国や中国の成長に懐疑的であるのは、米国の好調さは儚い金融的効果が含まれ、小さな緊縮財政も看過できないと見るからだし、金利調節が空回りする中国は、些細なことで崩れる危うさが潜むと見るゆえである。そんな中で、外需がなければ、マイナス成長への転落が避けられない、野心的な消費増税を敢行する国は、いかなる仕儀となろうや。

………
 酒井先生は、講演の中で、未完のケインズ革命の樹立に向け、「ケインズの世界は「統計力学」に対応し、ミクロには還元できない。ミクロレベルでの合理的基礎付けよりは、もっとバラバラに動けるようにして、全体をまるでカオスのように把握する。フラクタルなどの概念とのドッキングを図り、ケインズのミクロ経済学を構築していけば宜しい」とする。これは卓見だろうと思う。長々説明した「実在経済の状態方程式(仮)」も、こうした御示唆に、一応、沿っているつもりであるが、果たして、こんなもので、いかがだろうか。

 このところ、本コラムは、「理論を良くするって、どうすれば」みたいになっているが、これは本意ではない。企図するのは、現実をクリアに見るための「道具」の用意である。金利と不確実性のどちらが強いのか、すなわち、ケインズの洞察が真実かは、4月からの「自然実験」が明らかにしてくれる。その前に反証可能な「枠組」に仕立ててみたわけである。アベノミクスが成功すれば、それは嬉しいし、そうあってほしいと願っている。他方、もし、「第二次消費税デフレ」となったとき、何が起こったかも分からないでは、死に切れまい。今度こそは、現実を受け入れ、繰り返される悲劇を、生きることへと転じてほしい。

 その責任者たる政治家は、存外、賢いもので、かの優劣は、リアリズムに徹せるかにある。たとえ、経済学や政策に疎くても、この資質があれば、正しい選択ができる。今回の消費増税の現実的な判断は、「前回増税では酷い目に遭った。因果はハッキリしないが、慎重にやるに越したことはない。幸いアベノミクスで税収も急増し、長期金利も安定しているから、財政破綻を無闇に怖がることもなかろう。やはり増税は刻んで行こう」となったはずだ。

 そうならなかったのは、「異次元緩和をしていれば、緊縮財政は平気だ」、「消費を抜いても、法人減税さえすれば、設備投資は伸びる」という思想が余りに強く、常識的な判断を覆したからである。また、足元の税収増の点検という基本を疎かにしていなければ、「増税を遅らせれば、財政破綻の懸念から、長期金利が急騰する」という恐怖に憑依されはしなかったろう。日本の経済学や財政学の責任は決して軽くない。

 酒井先生は、講演の最後に、松下幸之助の「儲け過ぎてはあきまへん」や近江商人の「三方良し」を金言として引き、東日本大震災における想定外の原発事故に対する専門家としての自省の弁も述べている。こうした文脈は、先人が「不確実性」に苦しんで、どんな知恵を得たのか、今の我々が何に直面しているのかを示しているように感じた。思想の一貫性は時として全能感をもたらすが、測り知れぬ現実が潜むという謙虚さを忘れてはならない、そう思えた締め括りであった。

(今日の日経)
 東南アは消費が成長主導。商品超循環と資源国通貨・西村博之。肉まんに見る中国政治。捨てられた勝ち組。民族超え球児活躍。

コメント (2)   この記事についてブログを書く
« 2/21の日経 | トップ | 2/25の日経 »
最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (基礎固め)
2014-02-24 20:58:21
今後の論点としてアベノミクスの効果で議論になるでしょうね。
そして現政権が財政政策に力を入れていないため、国民的には悲しいですが経済学徒としては論点がハッキリすることに成る自然実験を見ることになりそうだと私も思っています。
異次元量的緩和時のインタゲと中期的な消費税による需要のどちらが現在の日本経済で比較的に影響が強いか…。インタゲ自体は効果は有るかと思いますが、問題は異次元量的緩和の方かと、、

注意する必要が有るのは、追加緩和が行われたときだと思います。リフレ派には追加緩和を要求しているかたもいます。それは量的緩和の貨幣数量的側面を重視しているかたで。
ゲーム理論的な通常のインタゲの期待効果を重視しているかたは、今の段階での、追加緩和には反対かと。日銀のインフレが起こる迄インタゲを継続するという選択肢を見せることが重要で、黒田さんが消費税に賛成の発言をしているため、消費税の負の効果のアナウンスは出来ないからです。
消費税に反対とか特に言及していなければ選択肢が少し増えたと思うんですが…。
あとは消費税の効果が出てからの追加緩和でインタゲの信頼感確保ですね。又は財政政策か、円安が続くのを願うか。
Unknown (基礎固め)
2014-02-26 23:34:29
主さんの最新のコメントに関わりもあるかと思い。インタゲと財政政策、円安の関わりに対する私の見解を載せていただきます。

インタゲに関して
インタゲにはディマンドプルとコストプッシュがあり。政策としては前者がゲーム理論的なフォワードガイダンスでインフレに対するコミットメントの作成、後者は量的緩和による円安誘導になるかと思います。異次元量的緩和が必要かは分かりません…
両方とも国内投資の活性化が狙いで、活性後景気回復、その後賃金上昇、継続的賃金上昇を得て、デフレ脱却かと、、。又前者のほうが経済主体主に企業が先見的に、後者が後手的に動く型になるかと。

財政政策と円安政策に関して
そうしますと、ディマンドプルの場合は財政政策は国民に景気感を実質的に感じさせるものであり、コミットメントや企業の需要見通しへの強化策になります。
コストプッシュの場合は、後手になるので円安によるコストに反応が高い産業から投資の転換が起こるので、全体への波及するまでが長く、資金の少ない経済主体には長引くほど厳しくなるかと思います。その為この場合財政政策はセーフティネット的なものを行うことにより、疲労を少なくし継続的景気回復…継続的賃金上昇にスムーズに動けるようにしておくことが重要かと思います。

ついでにいえば、上の理由により円安誘導によるコストプッシュ型をお勧めはしないのは、為替みたいな変動幅が大きいものは不確実性が大きいのでコミットメントの強化には使い勝手が悪いという理由も有ります。金利だけでなく国の財政への信用度とか資金力がある経済主体ですぐに資金を動かせる主体による関与等も有りますし…

コメントを投稿

シリーズ経済思想」カテゴリの最新記事