経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の志

財政赤字の不可欠性とコントロール

2019年06月23日 | 経済
 財政赤字と言うと、「赤字」という言葉だけで、何やら悪いもので、少ないほど良いとイメージされがちだが、赤字と黒字は表裏一体であり、MMT論者がよく指摘するように、誰かの赤字は誰かの黒字だから、赤字のみを減らすことはできない。すなわち、財政の赤字を減らそうとするなら、企業、家計、海外のいずれかの黒字も減らさなければならない。財政赤字の削減は権力で可能でも、「民間黒字」を削減するために、設備投資、消費、輸出を無理やり増やすわけにはいかない。こうした非対称性への無理解が成長を度外視する財政再建論を生むのである。

(図)


………
 主流派の経済学では、財政赤字を削減すると、資金需要が減って、金利が低下し、設備投資が刺激され、緊縮で失われた需要が補われると考える。これが本当だと、設備投資の増加で成長が加速するから、財政再建は「良いこと」でしかない。ただし、日本の場合は、金利に低下の余地がないので、このメカニズムは否定される。してみると、現状で財政再建を主張する日本の財政学者は、主流派の経済学さえ受け入れない特異な人達となる。

 本コラムの考え方は、緊縮をすると、経営者の需要へのリスク感が増大し、金利の低下では拭えず、逆に設備投資を減らしてしまい、経済は縮小均衡に向かうというものだ。需要に従う行動は、主流派の利益最大化の原理に反するため、異端に位置付けられる。これに対しては、生身の経営者は、人生が限られており、取れるリスクには制約があるため、いかに理性的になろうとも、利益機会を捨てざるを得ないと解釈している。

 需要に従う行動は、逆もまた同じで、設備投資が活発になると、需要が需要を呼び、金利では抑え切れず、インフレが加速することになると考えている。しまいにはブームが弾けて、長期的には利益が損なわれる。それでも、人生が短いゆえに賭けてしまうのだ。したがって、これを未然に防ぐ、財政による需要管理は必須である。政策的には、昔のケインジアンと変わりないが、需要への意味付けについて、独特のものがある。

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 そうすると、不況時にはフリーランチが存在することになる。リスクのため、経営者は、不合理にも設備投資をせず、お金を貯め込むからだ。財政赤字は、政府がお金を代わって使うものである。供給力や労働力は、使われなければ、保存が効かずに失われるだけなので、ムダを無くして、社会的な厚生を高めることになる。そうして、需要を供給すれば、経営者の不合理な行動も癒され、合理的になって行く。

 むろん、政府が使われないお金を企業から法人税で吸収した上で使えば、財政赤字の問題は生じないが、政治的、技術的に難しい。赤字国債を発行し、借りた形にする方が容易である。供給力や労働力を資本に変えて保存するのには限度があるので、後で必ずしも返せるものではない。そこは、資産への課税で長期的に回収することになる。長期に及ぶ以上、短期的に問題が生じないよう、安定的に管理することも大切だ。

 こうして見れば、財政赤字とは、企業の不合理な行動の反映なのである。また、格差が拡大し、守銭奴的行動が増大すれば、これも財政赤字を不可欠にする。MMTを始めとして、財政赤字を是とする理論に対しては、フリーランチはないとの批判が展開されるが、利益最大化行動を過信し、現実を無視するものだ。他方、需要を追って、不合理にも過大な投資が始まり、フリーランチはおろか、空疎なバブルが醸成されることもある。こうならないためにも、需要管理は、金融政策とともに対応していかなければならない。

………
 ケインジアンが信用を失ったのは、1970年代にインフレを加速させる失態を犯したからである。ハイパーインフレは、国家が破綻するような場合にしか起こらないにしても、二桁インフレは、経済運営の失敗と不運が重なれば、在り得る悲劇だ。MMTの論者は楽観的かもしれないが、先人の失敗に学んでも損はあるまい。一般に言われる教訓は、失業よりも物価安定を優先すべしというものである。

 1971年のドル・ショック後の日本は、円高の悪影響を懸念し、過度な金融緩和と拡張財政を行って、土地投機と物価加速を招いてしまった。そこへ、オイル・ショックに見舞われ、「狂乱物価」まで至る。これに対応して、急速な金融引締めと強力な総需要抑制策が取られ、後遺症の不況が長引くこととなった。猛アクセルの後に急ブレーキを余儀なくされる経済運営は、経済を不安定にし、成長を損なってしまう。

 しかし、第二次オイル​・ショックで、日本は際立つ対応を見せる。学習効果が働き、早めに金融引締めを進めるとともに、日独機関車論の拡張財政から転換し、公共事業の執行を抑制することで、石油高騰に伴う二桁インフレを短い期間で乗り切ったのである。この経験は、コンセンサスがあれば、財政も含めてコントロールし得ることを示している。「一度、財政を緩めると止められないから、緊縮を甘受せよ」というのは極端に過ぎるのである。

………
 現在の日本の財政構造は、景気が上向くと、強い緊縮が自動的にかかるようになっている。2018年度の国の税収は60兆円、地方が42兆円、厚生年金保険料が31兆円であり、名目成長率が1.5%だとすると、税収の弾力性が1だとしても、歳出を全体で2兆円は増やさないと、財政中立にならない。実際は、国は毎年の歳出増を0.5兆円に抑えられ、地方の一般歳出の伸びは1%弱にどどまり、年金でも歳出の伸びが歳入の伸びを下回って、収支が引き締まっている。これが金融政策に多大な負担をかけ、デフレ脱却を困難にしているのである。

 それなら、国の歳出増を1.2兆円に拡大して、少子化対策を次々に実現するなど、強過ぎるブレーキを緩めれば良い。このくらいでは、拡張財政とは言えない程度でしかなく、順調に成長すれば、税収の弾力性も高まり、収支は改善を続けるだろう。また、物価上昇が加速して、ブレーキが必要になれば、新規の施策である歳出増を見送れば良いだけだから、既存の施策を切るのと違い、政治的に調整が難しいわけでもない。背景とする理論はともかく、政策的には、元IMFのO・ブランシャール先生の提言と大同小異である。

 さらに、インフレを未然に防ぐ手立てとして、抜群の冷却効果を持つ消費税の増税要件を明確にしておき、例えば、消費の前年比が2%以上で、物価上昇率2%以上なら、1%の増税といったコンセンサスを作っておけば、万全であろう。また、利子課税を25%に引き上げておけば、利払いを税収増で自動的に賄えるようになるので、金利上昇に伴う財政への不安を一掃でき、無用に長期金利が高まる事態も避けられる。

………
 蛇足だが、MMTのインフレ防止策である完全雇用プログラム(JGP)は、公共事業以外では制度設計が困難で、効きも緩いと考えられる。財政赤字を肯定するのに、ブレーキに現実味の乏しいところが弱点に見える。公共事業であれば、労働単価を据え置くと、インフレ時には執行が困難になって、ビルドインスタビライザーとなるが、同じことを介護事業ですると、待機者を増大させるという社会問題が発生してしまう。建設業のように、問題なく官から民へ労働力をスイッチできるものは限られる。

 また、従来型の需要管理のように、直接、公共事業の量を減らすより、労働移動で間接的に減らす方法は緩くならざるを得ない。労働移動による賃金や物価の安定は、農村の労働力、女性や高齢者、外国人を使う方法が従来からあり、相応の効果はあるものの、人手不足対策としての機動性に欠ける。他方、消費冷却と物価抑制なら、消費増税のように、恐ろしいほどの効果が実証済の手段もある。JGPでインフレを防ぎ切れるなら良いが、過去には強いブレーキが必要な場合もあったのだから、多重防御を否定することもあるまい。

………
 世の中に不変の真理などなく、あるのは現実だけだ。経済理論がどうであろうと、過去の教訓を蔑ろにすることは危ういし、将来に考えられる手立ては用意しておくべきだ。それが、相互作用によって、時として想定外の挙動を見せる現実への賢明な対処法となる。かつてのケインジアンの失敗は、理論が根本から間違っていたためではない。状況把握が十分でなく、手順が合っていなかったという、実践的な理由なのである。


(今日までの日経)
 中国、陰る外貨パワー 10年で130兆円流出 迫る対外純資産減。金利低下 世界に連鎖 米10年債2%割れ。


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2 コメント

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Unknown (ちかみち)
2019-06-23 16:50:11
財政に関するアプローチにも、様々考えがある中で、私は筆者様のおっしゃる「穏健な財政政策」が最も実践的で合理的だと考え、いつも勉強させていただいています。

すでに、低金利こそがニューノーマルだという考えもあるのでしょうが、
私が財務担当者だったならと考えれば、やはり恐れるのは急激な金利上昇でしょう。
債務残高の内訳やリスク項目を、再度、正面から定義いただいて、利子課税側でもセーフティーネットがかかるような課税システムを、実務の皆様には、是非検討していただきたいなと期待します。

少なくとも、指摘いただいているような消費増税による副次経済効果(民間消費冷却効果)については、十分な研究をお願いしたいですね。
Unknown (Unknown)
2019-06-24 10:57:36
負担増軒並み先送り=「改革の旗印」見る影なく-骨太方針
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019062101137&g=eco


こういう記事を読むと眩暈がしてくる。
更に内需を締め付けろってことですか。
まともな批判すらできないマスゴミ。
もうやだこの国・・・。

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