経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の心

4/21の日経

2013年04月21日 | 今日の日経
 経済学にとって、「なぜ成長するのか」という問いは根源的なものだし、「資本ストックと労働供給量が増加すれば、生産量は増加する」というのがあまりに自明だとすれば、TFPに関心が向くのは当然だ。しかし、TFPは残差であって、直接に計測できるものではなく、中身が何なのかも特定しがたい。そして、そもそも、TFPに関心を持つ必要があるのかという課題設定についての疑問も湧いてくる。

 実もフタもないが、1991年~93年にかけて成長率が落ちたのは、投資のGDP比率が落ちたからだし、1994年~96年にかけて上向いたのは、投資率が底入れしたからだ。1997年から2000年にかけて成長率が再び降下したのは、ハシモトデフレから投資率が下がったからである。投資の動きで十分に説明できるのだから、あえてTFPを持ち出さなくても済むような気がする。

 むしろ、2001年から2008年にかけて投資率が上がり、設備投資は歴史的にも高い水準となったのに、成長率が1%台にとどまったことの方が重大な問題のように思える。筆者の答は、輸出増による投資増が緊縮財政によって内需に波及しなかったからというものだが、生産性や投資効率の観点から様々な解釈が可能であり、こここそがTFP研究の出番なのかもしれない。

………
 最近、よく感じるのは、「失われた20年の原因は何か」と言って、20年分のヒストリカルデータをひとまとめにして計量分析をすることのバカバカしさである。その20年を生きてきた者にとっては、いくつもの局面があったことは明らかなので、とても受け入れられない。知らずしらずのうちに、「20年間、同じ原因で低迷していたはず」という前提を置いているのではないか。

 古い話をすると、日本の高度成長期も一つの経済史の区分ではあるが、投資率が高まって高度成長が可能になった時期、踊り場の時期、更に投資率が高まりインフレに悩んだ時期の三つの局面に分けることができ、香西泰先生の「高度成長の時代」は、それを多様な側面から鮮やかに描き出している。一つの区分として確立している高度成長期でさえそうなのだから、この20年間をひとまとめに分析するのは、とても適当とは言えない。

 しかし、このことは20年間の経済の低迷の原因が何であったかを不明確にもする。「金融緩和も財政出動もした、それでもダメだったのは構造的問題に違いない」となるのも仕方がないところがある。そこに「FTPが低迷していた」という話が耳には入れば、得心してしまうだろう。そして、あとで別の原因がハッキリと示されることでもなければ、そのまま認識は維持されがちだ。

………
 この20年間の日本経済は、バブル崩壊による需要ショック、ハシモトデフレによる需要ショック、ITバブル崩壊による需要ショック、リーマンショックによる需要ショック、東日本大震災による需要ショックと、「需要ショック」の連続だ。こういう説明なら、簡単で明確にはなるが、これだと「不運だった」の一言で済まされてしまう。

 本当は、不運なだけでなく、稚拙な財政運営で自ら招いてしまったものだったり、立ち直りを邪魔するうちに、次の不運が来てしまい、症状を重くしたりしているのだが、こうなると説明に多言を要することになり、とても認識を変えるなんてできない。需要の安定が設備投資を引き出すという観念でもあると良いが、企業人には常識でも、経済学では異端の学説になる。世間的にも、もっとアクティブな政策でないと受けないだろう。認識を変えるというのは、本当に大変なことなのだ。
 
(今日の日経)
 外国人教員1万人に。非製造業の採用14%増。公共投資で伸び、設備投資まだ。日本外に募る変革期待・滝田洋一。中国、真夏の金融危機説・大越匡洋。送電ロスなしで電車動かせ。読書・キャプテン・クック。
ジャンル:
経済
コメント   この記事についてブログを書く
« 漸進主義で行く先に | トップ | 4/22の日経 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

今日の日経」カテゴリの最新記事

関連するみんなの記事