経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の志

バーナンキと緊縮財政

2016年01月17日 | 経済
 中央銀行のトップとしてのベン・バーナンキの際立った特徴は、財政に対する見方だろう。中銀は、コントロールしがたい長期金利の高騰を恐れ、緊縮財政を求めがちだが、バーナンキは批判的であり、むしろ、悪影響を案じて補おうとした。在任中は、立場上、口に出せることではなかったが、大恐慌について深い見識を持つ彼にとっては、当然のことであり、年末に上梓された回顧録の『危機と決断』では、その内情が語られている。

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 多くの読者の関心は、リーマン・ショックでの危機管理にあるかもしれないが、それは、ウォルター・バジョット以来の流動性の大量供給という方法論が確立されており、バーナンキも、これに倣いつつ事態を収拾して行く。難しさは、「なぜ、バブルに踊った金融機関を救済するのか」という素朴な民意をどう宥めるかである。回顧録では、政治を説得する過程での苦衷が描かれている。

 他方、バブル崩壊後、どうやって経済を立て直すかは、いまだ論争が続く。低金利での住宅増は見込めず、通貨安による輸出増が享受しがたいと、回復は極めて緩慢になる。結局、我慢強く、金融緩和と財政出動を続けて、癒えるのを待つしかない。ところが、そんな覚束なさは金融緩和への懐疑と副作用の懸念を招き、長引く財政赤字が緊縮への焦りを呼ぶ。こういった逆噴射に迷い込まないことが、回復のパフォーマンスを決する。

 バーナンキは、大恐慌を熟知し、早すぎた撤収が失敗を招いた教訓を分かっているから、金融緩和を逆戻りさせたりはしない。しかし、財政は管轄外である。FRBは2009年3月から、異例の措置である量的緩和(QE1)を開始したにも関わらず、回復の歩みは遅く、そこへ10月のギリシャ危機に始まる欧州の混乱が起こる。翌年には、オバマ政権の財政刺激策の効果が薄れて行き、これが11月のQE2の決断へとつながった。内外から強い批判を受けつつも、FRBは、財政が望めない中、彼の言う「唯一の町の業者」たらざるを得なかったのだ。

 QE2後、景気は2012年春に小康を見せたが、再び下降しだす。これは、住宅の回復の遅れと、連邦、州、地方の各レベルでの緊縮財政の「逆風」によるものだった。バーナンキは、「議会は、中長期的な財政赤字に焦点を当てるべきを、いま税金を上げたり、支出を減らそうとする」と批判している。そして、債務上限の争いから「財政の崖」が年末に迫ると、これをにらんで、9月にQE3を開始することになる。

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 バーナンキは、エピローグにおいて、自分の政策に関し、各国の生産高の比較をしつつ、評価を試みている。米国は、7年もかかったとは言え、リーマン前の水準を8%程度上回っているのに対し、英国は3%強にとどまり、日本はほぼゼロで、ユーロ圏に至っては水面下にある。こうしたことを踏まえ、「FRBが積極的に金融を緩和し、米国の財政の制限が緩やかだったからだ」とまとめている。

(図)ベン・バーナンキ『危機と決断』(下) P.381より



 この間、日本は何をしていたのか。輸出主導の経済であったから、米国以上に落ち込みは大きかったものの、戻りも急速であった。ところが、2010年に挫折してしまう。民主党政権がリーマン対策を一気に10兆円も切ったところへ、QE2で円高に見舞われたからである。悪化は、大震災に見舞われる前からであった。また、2012年には、無策のまま、QE3による円高で沈滞し、さらに、2014年の消費増税で落ち込み、英国にまで置いて行かれることになった。

 金融緩和の水準では米国以上であったのに、日本のパフォーマンスが悪いのは、明らかに度の過ぎた緊縮財政の影響である。大恐慌の研究では、いかに早く金本位制から離脱して、経済政策の自由度を得たかで明暗が分かれたとされる。将来のリーマン・ショックの比較研究では、緊縮財政がいかに有害で、金融緩和ではカバーし切れない格好の実例として、日本が挙げられるに違いない。

 米国の国民は、理論のみならず歴史にも精通していた者が金融政策の衝にあった幸運に感謝せねばなるまい。日本においては、追加の消費増税を促すがごとく、異次元緩和第2弾が敢行される有様で、それは、追加増税の中和どころか、先の増税の悪影響さえ取り返せないまま、ゼロ成長状態にくすぶっている。そして、先達に学ぶことなく、相変わらず米国の金融政策の動向は無視して、今年も更なる緊縮財政を行い、次の消費増税まで当然視するのである。


(今日の日経)
 台湾総統に民進党・蔡氏。市場の動揺収まらず。

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1 コメント

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Unknown (基礎固め)
2016-01-22 22:38:52
失礼します。
米国議会はでは経済復調の目的を共有することができたのが大きい気がします。
日本の政権下とは違ってという意味でですが…

すみませんが、私の知識から議論自体というものについて此方に書かせていただきます。

議論のルールとして
1、議論の目的を共有。
法目的。つまり問題意識や価値観の議論。
2、前提知識の共有。
法事実。つまりエビデンスや問題の質や量の議論。
3、決定のルールを決める
平均的な市民権を代表するためのボルダールールの選出ではなく、特殊な集合の代表の選出になりやすい多数決制に寄る選出をしている以上、本来的には委員会等のどこかで全会一致制を取り入るべき。ボルダなら逆に委員会等は多数決制…。 佐伯先生の偉大な名著…言い過ぎか…決め方の論理、を参照。
4、議論相手の合理的行動を前提とする。
法解釈の限定。信義則つまり公正概念。私の解釈では生命的な危険性保護と変更不可能性の解消。議論の進め方から見たら、嘘ついたりコロコロ意見変えたらダメよ、の意味。
これらは、福吉氏の議論関係の本を参照した、石黒氏の法廷統計のためのリテラシーからの参照。付け足したのは法を作る国会と限定したときの私のメタ分析です。

これらのすべてがダメか、どこがダメか。
今の内閣や与党の態度は、日本の議会制度において多大な権限や官僚組織使用権限を渡されている側としては不誠実な態度に思えます。

一旦送信します。議論やルール作りの参考に成ればお使いください。
続きは時間が有れば送ります。

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