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マクロ経済にとっての生産性とは何か

2019年01月13日 | 経済
 豊かになるためには、労働生産性を上げなくてはならない。働き手を増やしたり、勤めを長くしたりすることには、限度があるからだ。そうなると、より多くの生産をしようとするなら、設備投資をして、装備する資本を増やす必要がある。すなわち、労働生産性を上げるということは、設備投資をするということなのだ。その際、できるだけ効果の高い設備投資を選ぶべきは当然だ。焦点は、どうやって設備投資を増やすかである。今回は、ミクロの生産性まで論じている宮川努先生の『生産性とは何か』を参照しつつ、考えてみたい。

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 何に設備投資が最も左右されるかというと、経験的には明らかで、需要である。売上が増えると見込めば、設備投資するという平凡な事実だ。ところが、そうなると、生産性の向上が成長を生み出すのか、逆に、成長が生産性の向上をもたらすのか、因果関係が不分明になる。実際には、相互作用があるわけだが、ともすると、革新性があれば、需要は無視できるという机上の論理になりがちだ。なぜなら、「緊縮しつつも、成長できる」という新自由主義のドクトリンに都合が良い話になるからである。

 アベノミクスは、最初の1年を除けば、潜在成長率が0.7~1.0%とされる中で、一般政府の資金過不足で見て、GDP比1%超の緊縮をしてきた。経済運営のビジョンは、看板と実態には乖離があり、「財政再建を最優先とし、内需は犠牲にする」という確固としたものがある。その代わり、企業には、法人減税と労働規制の緩和を主軸とする成長戦略を行い、輸出を促す円安と資産価格上昇のための金融緩和を施している。個々の企業は、こうした環境の下で、生産性の向上に取り組むことになる。

 結果は、ビジョンどおりに対応していると言える。設備投資は、輸出、住宅、公共の3需要を足し合わせたものとパラレルに動き、これから自律し始めたのは、最近のことだ。殊に、製造業の設備投資が輸出次第なのは明らかである。法人減税の効果は見出しがたく、金融緩和の恩恵は輸出や住宅を通じた間接的なものと解さざるを得ない。こうしたことからは、労働生産性を向上させたければ、成長戦略で革新性を高めることよりも、需要をコントロールし、設備投資を引き出せば良いということになる。

(図)



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 労働生産性を向上させると言うと、創意工夫をいかに多く設備投資に盛り込むかのように考えてしまうが、創意工夫が多少なりとも含まれる設備投資の量を確保することが重要である。夢のない話で恐縮だが、ベンチャーのような、革新的でリスクが大きいものほど、設備投資は、安定的に需要が増加している環境の方が楽に実行できる。厳しい需要状況を突破するのは、並大抵のことではない。増える需要の一部を確保することと、既存の需要をライバル企業から奪い取るのでは、難度が違うからだ。

 例えば、研究開発費を使い、人的投資もして、供給コストを下げる設備投資を実行するとしよう。これに対抗して、ライバル企業はアナグマ戦法で来る。新規性を捨て、償却の進んだ設備を使い、賃金を切り下げ、低価格によってシェアを守ろうとする。緊縮財政で消費と賃金を抑制し、移民も辞せずに労働力の量を用意する政策の下では、この戦法は、十分に実行可能だし、頑強である。むしろ、研究開発や人的投資より、女性、高齢者、外国人といった安い労働力を活用する競争が起こってしまう。

 宮川先生の新著で分かるのは、2000-12年における日本の成長は、90年代と比較して、全要素生産性は、それなりに寄与しているのに、資本投入の増加の寄与が1/5へ激減していることだ。いわば、質の高い設備投資はなされていても、設備投資の量が足りないのである。それは、米国との比較でも明らかで、労働投入や全要素生産性に、さしたる差がないのに。やはり資本投入は1/5でしかない。そうした資本投入の激減は、主に非製造業での大幅な低下によってもたらされている。

 また、宮川先生は、企業レベルでは、規模による生産性の格差があって拡大していること、輸出するのは比較的高い生産性の企業であることを示している。さらに、資本投資の中身として、人材投資の少なさを指摘し、日本は、ソフトウェアや研究開発などの無形資産投資は、先進国の中でも高水準なのに、企業特殊的人材投資が含まれる広義の無形資産投資になると、最低になるとする。元々低かったものが、1997,98年の金融危機を経ると、極端に絞られているのである。

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 「失われた20年」において、日本は、緊縮で内需を徹底して痛めつける一方、金融緩和による円安誘導で外需に頼り、それが時より弾けては、無に帰してしまうことを繰り返してきた。企業は、そうした経済運営の「隠されたビジョン」に適応する形で、設備や人材への投資をしてきた。それが生産性にも表れているように見える。生産性の向上というと、ITや研究開発を法人減税や規制改革で促進するといったことが思い浮かぶが、これらは、それなりに実現している。弱いのは、非製造業や人材投資であり、内需の裏打ちなしには、実現が難しいものだ。

 成長には生産性の向上が必要だが、成長がもたらす需要が生産性を向上させもする。相互作用があることを見逃してはならない。需給が引き締まり、労働力の価値が高まれば、深夜営業のファミレスが廃れたように、労働力を集中させ、効率よく稼げるようになり、労働力の安売りをせずに済む。また、コンビニで見られるように、人手不足になって初めて、省力化投資も活発化する。我々は、これを目の当たりにしているわけだ。緊縮の下における「成長戦略」なるものの虚しさに、いい加減、気づくべきであろう。


(今日までの日経)
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