経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の志

消費増税への強いこだわり

2013年08月25日 | 経済
 4-6月期のGDP速報を受けて、次々と民間調査機関の2014年度の経済予測が出ている。いずれも、外需を除くと、ゼロ成長に墜落するという恐るべき内容である。冷静に考えれば、こんな結果を招くような経済運営はあり得ない。しかし、それでも消費増税を断行すべしという流れは変わらない。この消費増税への強いこだわりは、一体、何なのだろうか。

………
 おそらく、消費増税は政治的にめったにできないことだから、このチャンスを逃したくないという心理だろう。「政治や大衆は、とにかく増税を嫌がる。危険があっても、上げられるときに上げるべき」というものだ。そして、「巨額の財政赤字を見れば、いずれ上げなければならないのは明らかだから、時期なんて考える必要はない」と切って捨てる。そこには政治や大衆への不信感がある。

 欧米は日本より消費税率が高いが、別段、欧米の政治や大衆の見識が高いわけではない。違うのは、欧米は長らくインフレ気味の経済で、税率を上げやすかっただけのこと。税率が上がるときは、売れ筋の商品から値札を替えていく。増税はインフレに紛れてしまうのだ。他方、日本は、デフレになる前から「物価の優等生」だった。

 結局、民度の差というより、経済体質の違いを無視し、欧米の税制を無理やり持ち込もうとするエリートの単調さが原因なのである。自らの戦略を疑わず、上手くできないのは愚昧な奴らの抵抗のせいだとしていれば、いつまでも無理な政策を抱え続けて、押し付ける策略ばかりを巡らすようになる。

………
 そもそも、消費増税は、2015年度までに、基礎的財政収支の赤字をGDP比で半減するという目標設定から始まり、そのためには消費税5%が必要だが、一度にはきついから、まず3%という決め方をしている。財政再建には何らかの計画が必要というだけで、経済的には何の根拠もなく決めたから、なぜ2015年度で、なぜ半減で、なぜ3%なのか、まったく説明不能になっている。あとは、決めた以上、変えれば信頼を失うの一点張りだ。

 財政赤字を減らすということは、政府が利用する貯蓄の量を減らすことを意味するので、減らした分を、誰かに使ってもらわないといけない。企業が設備投資を増やし、使ってくれるのが理想的だが、企業は急には伸ばせないので、財政赤字は徐々に減らすしかない。したがって、本来は、景気に合わせて、財政再建をする必要がある。

 日本の不思議なところは、まず、増税を決めてから、需要不足とならないための対応策、つまり、設備投資の促進=成長戦略を泥縄式に始めることである。ハッキリ言って、成長戦略なんて当てにならない。そして、いよいよ不安となれば、財政出動のバラマキで需要を補うので大丈夫と強弁する。しかし、それでは、一体、何のための増税なのか。

………
 財政再建というのは、まず、需要の底を作って安定させ、それに反応して設備投資が出てくるのを待ち、設備投資増、所得増、消費増の循環の中で需要が増すのに合わせ、財政赤字を減らしていかなければならない。景気回復の初期では、追加的需要で企業収益が急伸するから、法人税の自然増収で財政赤字を減らすようにし、所得増と消費増で需要圧力が増し、物価が上がるようになったら、いよいよ消費増税である。

 ところが、日本では、消費増税を通すため、経済界を抱き込もうとして、当初の財政再建の切り札となる法人税を売り渡すようなことまでする。企業収益は追加的な需要で跳ね上がるのだから、消費増税による需要削減は自然増収の源を潰すことにもなる。財政当局がしていることは、財政再建どころか、壊す行為にしか見えない。

………
 もし、日本のエリートが、消費増税は経済動向に合わせて適切に政治が決断できるものだと認識しているのなら、すべてが消費増税を中心に回る、今のような支離滅裂な経済運営が取られることはないだろう。インフレ気味の経済となれば、消費税を上げることは理に適ったことなのだから、政治も国民を十分に説得できる。必要なのは、早くそれを悟り、愚民観を捨てることである。

 予定通り消費増税が行われ、予想通りゼロ成長に突っ込んだとき、「今しかない」と焦燥感に駆られ、消費増税の神輿を担いでいた人たちは、憑きものが落ちたようになり、財政当局に踊らされていたと言い出すようなる。そして、成長率が墜落すると分っていたのに、なぜ、あんな無謀なことをしてしまったのかと首を捻るのである。それは、終戦を迎えた後の日本とそっくりの光景だろう。

(今日の日経)
 地方都市は高齢化対応型に。社説・民の創意工夫。国会図書館・一昔前のアルバイト雑誌には今では考えられない内容と報酬が。鉄スクラップで読む経済・志田富雄。なぞ科学・乳酸菌は免疫力高める。

※民の創意工夫を生むには、政府は需要の安定だけしていれば良い。日本はそれ以外のすべてを政府がしようとする。※志田さんらしいコラムだね。

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官僚が既得権益の拡大を狙っているのでは? (なべを)
2013-08-26 01:19:26
初めて投稿させていただきます。こちらのブログは、いつも興味深く拝読しております。


私の考えを述べると、官僚が愚民感を捨て去ることなど無いと思います。
むしろ、為政者(官僚)は自らの既得権益を守るため、国民に対して、あえて愚民化政策をとってはいないでしょうか?


消費税による増税で、景気が冷え込んでしまう事を、もちろん、財務省の官僚達は折り込み済みでしょう。
それでも、財務省官僚が増税を強行したい理由は、景気の動向などよりも、予算を増やし、自分達の既得権益の拡大が最重要課題と考えているからだと思います。

増税して、その後、景気動向が悪ければ、公共事業などのバラマキ(再分配)で調整する…
一見意味の無い事のようですが、この事は、官僚の既得権益拡充に充分役に立つと思います。
なぜなら、彼らの既得権益とは予算を決めることと、その執行なのですから。
自分達の上を通るお金は多ければ多い方が良いのです。
今回の消費増税は、官僚の裁量権の拡充こそが、真の目的だと思えてしかたありませ。

要するに、庶民の暮らしなど、どうでも良いのです。



昨今では、「小さな政府」というフレーズも全く聞かなくなってしまいましたね。
今後、政治家とマスコミの果たす役割は、益々重要になってくると思いますが、それらに期待出来ないのも、また哀しい現実です。

まるで、映画「マトリックス」のような世界で、我々に出来る事はなんなのでしょうか?
答えが見つかりません。

それほどではもないのでは (KitaAlps)
2013-08-29 11:21:43
なべをさん

>(1)消費税による増税で、景気が冷え込んでしまう事を、もちろん、財務省の官僚達は折り込み済みでしょう。
>(2)それでも、財務省官僚が増税を強行したい理由は・・・自分達の既得権益の拡大が最重要課題と考えているからだと思います。

 共感する点も多いです。悲観的な点も変わりません。でも、(2)について、財務官僚が「自分達の既得権益の拡大」を最大限重視しているかというと、それほどでもないのではないかとも思います。
 たぶん、(2)と思われる理由は、(1)の「景気が冷え込んでしまう事を、財務官僚達は折り込み済み」にもかかわらず、「強行」しようとしていると思われるからでしょう。
 しかし、財務官僚の主流派は、おそらく「景気が冷え込んでしまう」とは思っていないと思います。

 つぎは、97年の消費税増税当時の話です。
http://kitaalps-turedurekeizai.blogspot.jp/2012_09_01_archive.html
の頁の中段あたりから

「◎ 大蔵省主計局調査課長の例 1 「財政と景気は全く関係がない」
 岩田規久男学習院大学教授と八田達夫東大教授の対談で構成された本の中での八田氏の証言 「八田 ・・・1996年秋のことですが、大蔵省(当時)から私にお声がかかりました。どうせ八田 は消費税反対といい出すだろうから・・・釘を刺しておこうと考えたのでしょう。・・・その日の午後には、主計局調査課長の『ご説明』を受けました。・・・その課長は、『最新の経済学の理 論では、ケインズ経済学は死んだということになっております。財政と景気はまったく関係が ないのでございます』という んですね。大蔵省は、1997年の増税に際して、主税局も主計局も本心から、景気に対する対策をまったくしていなかったと思いますね。」 出典:岩田規久男・八田達夫[2003]『日本再生に「痛み」はいらない』東洋経済新報社(2003年12月刊)132-133頁  」

 財務省は、若手キャリア官僚の一部をコンスタントに米国の経済の大学院に派遣して勉強させてきました。そして、その留学先は、フリードマン、ルーカスらのシカゴ大学系、つまり新しい古典派の経済学を教えている大学院や、新しい古典派の中のRBC理論(実物的景気循環論)に一時的な需要不足を導入したニューケインジアンの経済学を教えている大学院でした。それらの「最新」の経済学理論では、まあ財政政策(財政出動や増税、減税)は、第一義的には経済にほとんど影響しないことになっているわけです。

 これは、経済政策を行う官庁としてではなく、金庫番官庁としての財務省にとっては都合のよいものであり、かつ「最新」の経済理論であり、主流派経済学でもありますから、財務官僚の心にマッチし、深く根付いていると思われるわけです。たぶん

 その後、リーマン・ショック後の世界同時不況で、主流派経済学(当たらし古典派やニューケインジアン)は大打撃を受けましたが、いまは、何事もなかったかのように、主流派が復活しつつあります。事実としては、財政政策が景気に与える影響は、想像以上に強かったという実証分析は出てきているものの、財政政策と景気にはあまり関係がないという主流派の「最新」理論を置き換える、新しい理論(体系)は出現していないわけです。

 ケインズは、経済思想は、経済に想像以上に大きい影響を与えていると言いましたが、そうした新しい経済思想が形成され、それが社会や為政者、政策を企画し実施していく政策官僚などに幅広く受け入れられ定着して、政策に反映されるようになるには、かなりの時間がかかるわけです。ケインズ経済学に基づく経済政策が実際に行われるようになったのは、彼が「一般理論」を書いてからたしか10年以上後のことです(高橋財政も、ルーズベルトのニューディール政策もケインズ経済学に基づく政策ではありませんでした)。

 ですから、現時点の経済に強い影響を与えているのは過去の経済思想です。過去の経済思想が今も財務省を縛っているわけです。

 もちろん、財務省内にも、現実の経済(例えばヨーロッパ諸国の緊縮財政の結果《スペインなど複数の国で失業率が大恐慌並に悪化》)などをみて、増税が景気に影響を与える可能性があると思っている官僚は少なくないでしょう。しかし、ある目的(増税)に向かって組織を上げて突き進んでいる組織は、方向転換は難しいものです。増税が経済に影響すると思っていても、声をまとまって上げて、省論全体の向かう方向を逆方向に転換するなどは、財務省に限らず、普通は無理です。

 まして、官僚というのはゼネラリストです。ゼネラリストが評価されるのは、官僚で言えば、政策や法案を通すことです。そのため、ある程度は手段を選ばない方が評価されるわけです(「専門家」ではないゼネラリストが評価されるのはそこしかありませんから)。
 そうした目的のためには、その目的の実現に寄与する材料が徹底的に集められ、逆にマイナスの材料は、コントロールできるものなら表に出しませんし、出さざるを得ないものは、印象を薄くし、様々な操作を施して意味をわかりにくくするとか様々なテクニックがあります。それでも表に出ると、学者やマスコミなどを使って多少あやふやでも反証を出して、効果や影響を間引きさせます。等々です。
 ゼネラリストは、こうしたテクニックを使って、意図する目的を達すればするほど評価されます。与えられた目的に関して専門家としてどれが正しいかを考えるよりも(そもそも専門家じゃない)、与えられた目的の実現に邁進します。内心違うと思っていても、当事者や担当になれば、ついついそうした方向に邁進するものです(組織人の常です)。

 省としても、政治に押し切られて増税が実現できなかったという形になるしか(自ら方向転嫁することは不可能)、増税推進をあらためることはできないと思います。それは、官僚の我欲が強いためではありません。組織とはそういうものだと思います。

 ですから、期待できるのは政治ですね。安倍総理がどう考えるかでしょう。
長文ですいません (なべを)
2013-08-31 02:13:49
KitaAlpsさん

経済学を学んだ事の無い私ですが、KitaAlpsさんの、丁寧な書き込みのおかげで、なんとか内容の輪郭ぐらいは理解出来たつもりでいます。
ありがとうございます。

さて、私は財務省の増税推進の理由について、

>>それでも、財務省官僚が増税を強行したい理由は・・・自分達の既得権益の拡大が最重要課題と考えているからだと思います。

と考えました。
それに対して、KitaAlpsさんはコメントの中盤で、

>ですから、現時点の経済に強い影響を与えているのは過去の経済思想です。過去の経済思想が今も財務省を縛っているわけです。

また、最後の方では

>増税推進をあらためることはできないと思います。それは、官僚の我欲が強いためではありません。組織とはそういうものだと思います。

と回答して下さいましたね。

KitaAlpsさんの分析は客観的で、私の偏った「官僚による亡国論」的な主張よりも、冷静で現実に則した分析だと感じました。

確かに、官僚の中にも、志しを持って(この場合の志しとは、国民の為の行政という意味です)仕事にあたっている方も、沢山いると思います。
ですが、官僚に限らず組織にいったん組込まれると、なかなか自分の主張を貫けないのは、おっしゃる通りで、どのような組織でも同じ事ですよね。同意です。
やはり、組織に属している限り、組織(省庁)の利益を最優先するのは、当然の事なのでしょう。

しかし、官僚が何故そのような行動をとるのかに違いはあっても、導き出される結果は同じではないでしょうか?

それは、今回の場合で云えば「国民不在の消費税増税」です。


そして、さらに申し上げるとするなら、官僚という組織は、誰の為の組織なのかという事が大変重要だと考えます。

行政(国家)は「誰の為の組織」なのか…

たぶん、この問を国民に尋ねれば、殆んどの国民が「国民の為の組織」と答えるでしょう。
では、その国民とは、いったい誰の事なのでしょう?
為政者にとっての国民とは、自分達以外(政治家や官僚、公務員以外)の全ての人々の事なのでしょうか??

答えは、否だと思います。

政治家にとっての国民とは、自分達を支持してくれる有権者であるし、官僚にとっての国民とは、自分達の行政を滞り無く支持してくれる人々の事だと、私は考えます。
つまりは彼らにとっての国民とは、多数派の支持層だと思います。

ですから、我々の参政権(投票行動)は、自らの生活と将来を左右する重要な権利なのです。
そして、我々が参政権を行使した結果として、本当の意味での多数派が、今の政治家や官僚を支持し、それが行政や政策に反映されているのなら、全うな民主主義と云えるし、健全な国家なのでしょう。
しかし、現状ついて、私は危惧している点が二つあります。以下の二点です。

1) 為政者は、自分達の意に沿った多数派の支持層を形成する為に、世論誘導や開示する情報の選別をしているのではないか?(この点は、KitaAlpsさんも指摘されていましたね)

2) また、「団塊の世代」や「団塊ジュニア」に代表されるような、多数を形成する世代に擦り寄る政策によって、少数派である今の若者達が、現在だけでなく将来の資産についても、不当に搾取されているのではないか?

という点です。
私は、このような考えをもとに

>>それでも、財務省官僚が増税を強行したい理由は・・・自分達の既得権益の拡大が最重要課題と考えているからだと思います。

と書き込みました。
官僚の組織的な問題というよりも、「国民不在ありき」の体質に問題の本質があると考えたからです。

国民にコントロールされるべき組織が、国民をコントロールしているのは間違っています。
ただし、その前提として、我々国民が愚民でないという事実が必要ですね。愚民が国家をコントロール出来る訳などありませんから…
愚民だからコントロールされているのか、コントロールされて愚民になったのかは正直いってわかりませんが、日本人が劣化しているのは、哀しむべき事実だと思います。


けれども、若い世代に負の遺産を押し付けるような行為は、現役世代である私達が何とか食い止めなければなりません。
その為の消費税増税ならば、やむなしとは思いますが、現実はそのようになってはいないと思います。


政治が重要だという点においては、KitaAlpsさんと全く同意見ですが、それもキッチリ機能してのこと…
現在の私達に求められているのは、政治や経済、報道を監視する能力と、自らの考えを発信する力ではないでしょうか。



ダラダラと自説ばかりを書き連ねて申し訳ありません。
KitaAlpsさんを批判する意図など全くありませんが、ただ普段考えている事を書きたかったのだと思います。
毒ばかり吐いたようで、テーマすらブレて見えなくなってしまいましたね。

この良質なサイトを、汚すようなコメントになっていなければ良いのですが…

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