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礼拝説教、聖書を読んで感じた事

何としても伝えたい福音

2018-02-04 17:34:42 | 礼拝説教
2018/2/4礼拝説教
【テーマ】  イエスという福音
【説教題】 「何としても伝えたい福音」
【聖書箇所】 マルコ1:1-13
【新改訳2017】
1:1 神の子、イエス・キリストの福音のはじめ。
1:2 預言者イザヤの書にこのように書かれている。「見よ。わたしは、わたしの使いをあなたの前に遣わす。彼はあなたの道を備える。
1:3 荒野で叫ぶ者の声がする。『主の道を用意せよ。主の通られる道をまっすぐにせよ。』」そのとおりに、
1:4 バプテスマのヨハネが荒野に現れ、罪の赦しに導く悔い改めのバプテスマを宣べ伝えた。
1:5 ユダヤ地方の全域とエルサレムの住民はみな、ヨハネのもとにやって来て、自分の罪を告白し、ヨルダン川で彼からバプテスマを受けていた。
1:6 ヨハネはらくだの毛の衣を着て、腰に革の帯を締め、いなごと野蜜を食べていた。
1:7 ヨハネはこう宣べ伝えた。「私よりも力のある方が私の後に来られます。私には、かがんでその方の履き物のひもを解く資格もありません。
1:8 私はあなたがたに水でバプテスマを授けましたが、この方は聖霊によってバプテスマをお授けになります。」
1:9 そのころ、イエスはガリラヤのナザレからやって来て、ヨルダン川でヨハネからバプテスマを受けられた。
1:10 イエスは、水の中から上がるとすぐに、天が裂けて御霊が鳩のようにご自分に降って来るのをご覧になった。
1:11 すると天から声がした。「あなたはわたしの愛する子。わたしはあなたを喜ぶ。」
1:12 それからすぐに、御霊はイエスを荒野に追いやられた。
1:13 イエスは四十日間荒野にいて、サタンの試みを受けられた。イエスは野の獣とともにおられ、御使いたちが仕えていた。

○ イエス様の生涯を書くことによって神の福音を伝えようとした最初の福音書がマルコの福音書です。つまり、マルコは何としても神の福音を伝えたくて書いたのであって、この書は単なるイエス様の伝記でもなく、歴史書でもありません。神の福音という点に着目してご一緒にこの福音書を見ていきましょう。

Ⅰ.マルコの福音書とは
A.マルコとその福音書
1.マルコは「使徒の働き」の中に数回登場し、ヨハネとも呼ばれています。母の名はマリヤで彼らの家はエルサレムの裕福な家でした。クリスチャンとなった彼らは、自分の家を集会のため用いていたので、マルコは早くから福音に触れていました。
2.「慰めの人」で知られるバルナバとマルコはいとこで、パウロの伝道旅行にも同行したことがあります。さらにペテロの通訳者として働いていましたので、ペテロからイエス・キリストの事は直に聞いていた人と言えます。そこで、ペテロの語ったことを書き残す必要に迫られ、AD50年頃にこの福音書が書かれました。

B.ローマ人のために書かれた
1.このマルコの福音書を見ていくに当たって、今日のテキストには大きく三つのことが記されています。第一はヨハネのこと、第二はそのヨハネからイエス様がバプテスマを受けたこと、第三はバプテスマ後、サタンの誘惑を受けられたことです。
2.マルコの福音書の最初はヨハネであって、イエスの系図も誕生も書かれていません。イエス様の教えよりも奇跡などの占める割合が多いのもこの福音書の特徴です。それは力ある人間を好んだローマ人のために、最も力ある方はイエスだと伝えたかったからでしょう。

Ⅱ.バプテスマを受けるイエス
A.バプテスマのヨハネ
1.最初に登場するヨハネは、荒野で生活した修行僧のような感じの人で 1:6 ヨハネはらくだの毛の衣を着て、腰に革の帯を締め、いなごと野蜜を食べていた。 とあり、彼の言葉には威厳がありました。人々は彼こそメシヤではないかと思い、彼の言葉を聞いて悔い改めてバプテスマを受けました。
2.しかし、ヨハネは常にへりくだってイエスがメシヤであることを伝えようとしています。イスラエルには長い期間、預言者が現れませんでしたが、遂にこのヨハネという預言者が現れたのです。彼は自分の後に来られるイエス様のために道備えをした聖書に忠実な人でした。


B.イエス様の受洗
1.このヨハネからイエス様もバプテスマを受けられます。神の子は罪が無いのですからバプテスマを受けなくてよいのです。しかし、イエス様は全ての人の身代わりになるために来られたので、人のすべき事を受け入れられたのです。
2.ただイエス様のバプテスマが他の誰とも違ったのは イエスは、水の中から上がるとすぐに、天が裂けて御霊が鳩のようにご自分に降って来るのをご覧になった。すると天から声がした。「あなたはわたしの愛する子。わたしはあなたを喜ぶ。」 というところです。色々な人がバプテスマを受けていますが、誰一人このようなことはありませんでした。

Ⅲ.サタンの誘惑を受けるイエス
A.サタンに打ち勝ったイエス
1.イエス様はバプテスマの後、すぐ荒野に行き、40日の断食をされ、父なる神からご自分の使命を確認されたのでしょう。イエスの活動が始まっては困るサタンはイエス・キリストを誘惑します。
2.しかし、その誘惑にイエス様は御言葉をもって勝利しました。アダムとエバはサタンの誘惑に対して自分の考えで語り、その罠にはまり込んでしまいました。サタンに打ち勝つのはイエス様だけなのです。

B.今もサタンに打ち勝つイエス
1.この科学の現代にあって、サタンだとか悪霊だとか信じない人が多いです。しかし、この世にはびこる諸悪、死、病、などの原因はサタンであり、そのサタンの誘惑にそそのかされて神の言葉を無にした人間の罪です。
2.いくら科学が進み、医療が進んでも、サタンに人間は打ち勝てません。誰も死を克服できません。それができるのがイエス様で、マルコはそのことを確信したのです。マルコはこの大事な福音を書き記し誰でもわかるようにしてくれたのです。

★ マルコが何としても伝えたいイエスは私たちも伝えたいイエス・キリストです。イエス・キリストはあなたを救う神です。
  あなたもマルコのようにイエス様の言葉や活動を見聞きして、書き残すほどの感動を覚えませんか。
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