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礼拝説教、聖書を読んで感じた事

口にすべきは感謝の言葉

2021-02-06 15:19:19 | 礼拝説教
2021/2/7 礼拝説教
【テーマ】  クリスチャンの生き方
【説教題】 「口にすべきは感謝の言葉」
【聖書箇所】 エペソ5:3-4
5:3 あなたがたの間では、聖徒にふさわしく、淫らな行いも、どんな汚れも、また貪りも、口にすることさえしてはいけません。
5:4 また、わいせつなことや、愚かなおしゃべり、下品な冗談もそうです。これらは、ふさわしくありません。むしろ、口にすべきは感謝のことばです。

○ 5章3節~14節を、ある先生は「教会の訓練」と名付けました。クリスチャンはどういう生活をすべきかということが書いてあり、1-2節に、その基本が書いてありました。そして続いて実際生活が書かれているわけです。ただ、この手紙は教会に宛てて書かれているのですから、クリスチャン個人としても大事ですが、教会全体として大事なことだと言えるのです。さて、今日はその最初3-4節の「口から出す言葉」について見てみましょう。
 
Ⅰ.コンプライアンスとハラスメント
A.コンプライアンス
1.昨今、「コンプライアンス」「ハラスメント」という言葉が大変よく使われるようになりました。「コンプライアンス」とは「命令・要求に従うこと」という意味で、日本では「法令遵守」、「企業が法律や企業倫理を遵守すること」という意味で使われることが多く、「ビジネスコンプライアンス」とも言われます。
2.要は法を守ることなのですが、よく顧客名簿を売り買いした社員の話や、企業のデータを持ち出したという話を聞きます。それによって社会を混乱させたり、その企業(会社)の信用を落としたりして経営に大打撃を与えたりしました。こうしたことを取り締まり、法を守るようにするのがコンプライアンスです。
3.企業によってはそのために「コンプライアンス室」などが設けられたりして研修会を開いたりして社員に法を守ることを指導しているところが増えました。「正しいことを行いましょう」ということなのです。

B.ハラスメント
1.「コンプライアンス」によくくっついて出てくる用語に「ハラスメント」があります。これはかなり一般化していますので、馴染みがあるかと思いますし、私たちの周りでも「セクハラ」だとか「パワハラ」「モラハラ」といった言葉が出回っています。
2.ハラスメントをこのように説明しています「ハラスメントとは、相手の意に反する行為によって不快な感情を抱かせることであり、『嫌がらせ』を指します。ここで重要なのは『行為者がどう思っているのかは関係なく、相手が不快な感情を抱けばハラスメントになる』ということ」と。
3.子ども達の間でのいじめは完璧に「ハラスメント」です。酷いものになればそれは犯罪です。企業の中では上司からの行き過ぎた命令、言葉遣いで部下が精神的に病んでしまったというケース、あるいは過剰労働を強いられて自殺したケースもありますので、ハラスメントの問題は決して小さくはありません。

Ⅱ.性的な乱れを捨てる
A.乱れたローマ帝国
1.パウロの時代にはコンプライアンスという言葉もハラスメントという言葉も無かった時代かも知れませんが、今日のテキストからは「セクハラ」「モラハラ」のようなものが見て取れます。 淫らな行いも、どんな汚れも、また貪り とありますが、いつの時代も性的な問題は消えることがありません。
2.パウロの時代にも彼の伝道していたローマ帝国の至る所で性的な乱れがありました。そして、そういう状況に慣れ親しんだままクリスチャンになると、その名残が教会の中にもあったのでしょう。ここでパウロが言っている 淫らな行いも、どんな汚れも、また貪り わいせつなことや、愚かなおしゃべり、下品な冗談 というのはそうした性的に乱れた行為や言葉です。
3.性の正しさは夫婦にだけ与えられたとても重要なものです。配偶者以外との性的関係は全て悪であり、不道徳です。しかし、当時のローマ帝国は乱れていました。政治家であり哲学者でもあったキケロは「ローマ人が売春婦と交渉を持つことを禁じるのは不自然である」とさえ言っています。

B.誘惑との戦い
1.こうした世の状況の中にあって、パウロは あなたがたの間では、聖徒にふさわしく と、言うのです。聖徒というのはもちろんクリスチャン全員のことで、クリスチャンは世から召し出された人ですから これらは、ふさわしくありません と言うのです。また、この言葉は「馴染まない」とも訳されます。私たちにはこのようなことは馴染まないのです。
2.私が牧師に成り立ての頃、◎◎教区のジュニアキャンプに何度も呼んでいただきました。そのテーマに「男女交際」というのがありました。どこの教区、教会でも若い世代の男女問題はなかなか難しいですが、このことを扱うのは必要とされています。青年の結婚講座もこうした 聖徒にふさわし い交際・夫婦・家庭があるので、ぜひ学んで欲しいです。

Ⅲ.感謝の対象は神
A.「感謝」という言葉の持つ力
1.さて、私たちにはどのような言葉が「馴染む」のでしょうか? それが むしろ、口にすべきは感謝のことばです と、「感謝の言葉」です。パウロはⅠテサロニケ5:18で すべてのことにおいて感謝しなさい。 と、有名な言葉を残しています。しかし、多くの人が「感謝できないこともあるのに」と悩まされた言葉でもあります。
2.「感謝しなさい」という教えは何もキリスト教に限ったことでは無いようです。かつて散歩しておりましたら、お寺さんの入り口の掲示板にもそのようなことが毛筆で書かれていました。現代の脳科学・医学では感謝したり、笑ったりすると体を良くするホルモンが出て病気を治すことに繋がるとも言われています。
3.それがためにとにかく「感謝。感謝」と言うことが大事に思われがちです。実際のところ、言葉を発することで人の考えにも影響を与えますから、それも大事なことです。

B.神「を」感謝する
1.ですが、私たちはただ口から「感謝」と言っていればよいのでは無く、その感謝の対象を捉えていきたいのです。悪魔によって金儲けが出来た場合、それに「感謝」と言うのは、対象が悪魔になってしまうということです。
2.自分にとって良いことがあったので「神様、感謝します」と言うのは、良い事をしてくださったから神に感謝するということで、自分にとって良くないことがあれば「神様、感謝できません」となるのではないでしょうか?
3.私たちの感謝の対象は神です。「感謝できないことにも感謝するのですか?」という質問は今までに何度となく受けてきました。その度に、「そうです」と答えてきましたが、それは自分に対して起こったことが感情的に感謝しにくいことであっても、そこにも神は共におられるということを私たちは知っているからです。ですから、現実は厳しくてもその厳しい現実の中に、私と共に神がおられる、私の内には聖霊がおられるのだから「感謝」なのです。私たちの感謝の対象は神です。「神に感謝する」と言うより、「神を感謝する」という言い方が良いのではないでしょうか。

★ 「感謝の言葉」を口にするのはとても良いことです。しかも、神様そのお方を感謝することです。

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