前練馬区議会議員小川けいこの「ねりまなでしこ日記」

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議員になった理由とは

2021年07月03日 23時39分20秒 | 小川けいこのプライベート日記

(大学の卒業式に祖母と)

私は大学を卒業するまで、夫婦共稼ぎの家庭で育ちました。
そこで主に私を育ててくれたのは母方の祖母の、タカばあちゃんでした。
いわゆる、おばあちゃん子として育ちました。

祖母は、大正生まれの気丈な人で、常に凛とした印象。
また我慢強くもあり、ある日私を迎えに来た幼稚園の帰り道に、速度は落としていたとはいえ車に当てられて転んでしまったのです。
私は祖母と繋いでいた手が離れ、茫然として立っているだけ。

運転手が降りて来て「すみません。大丈夫ですか?警察呼びますか?」
と言ったのですが、祖母は「結構です。大丈夫です」と。

今思えば、私に心配をかけない、私を一人にしてはいけないという責任感からだったのでしょう。

その後やはり、事故が原因で腰を痛めておりました。

あの日から、私自身も「誰かを守る」「強くならなければいけない」という意識が身に着いたような気がします。


そして時が流れ、私が20代後半の頃、あれだけ気丈だった祖母が寝たきり介護になりました。
母が中心となって、私も協力し祖母のオムツをかえたり、抱えたり、お風呂の介助をしたりと介護が始まりました。
しかし祖母は、悪いと思いながらもワガママを言うようになり、夜中の3時になると家族を起こし、オムツを変える頻度も増えました。

母は身体的にも精神的に崩壊しかけ、家族の雰囲気も悪い日が続きました。

そしてついに特養に入所してもらおうと思ったのですが、待機者は約2,500人。
実際、祖母が特養に入所するまでに約2年という月日がかかりました。

入所させていただいた、石神井フローラさんにはいまでも感謝しております。
祖母とは、フローラさんのベッドで最後に手を握って、ほんの少し微笑んでお別れしました。
そして、葬儀所に向かう翌日まで、私が祖母に一晩ついて、祖母と私しか知らない話をたくさんしました。


そんなことがあり私は、核家族化が進む東京での自宅での介護は限界があるので、特養の充実を始め、入所を希望した方と家族が安心できるようにしなければならないと一念発起!
そうした中、初挑戦した区議会議員選挙に平成11年に初当選させていただきました。

公約通りに、練馬区の土地(公有地。区立中学校給食調理場跡地)を活用しての特養の設置を実現できました。

動けば、変わる!
今後とも、有言実行あるのみで前進します!!


また、「人づくりなくして、国づくりなし」という、政治の恩師、鳩山邦夫代議士の信念も受け継ぎ、教育改革、教育水準の向上に向けて東京都に物申していきます!

以前にも掲載しましたが、鳩山邦夫代議士からの生前最後のメッセージを掲載します。


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1 コメント

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Unknown (同級生)
2021-07-03 20:06:22
 小川さんの原点を初めて知りました。
 選挙戦、本当にお疲れ様でした。全力を尽くした挑戦に、敬意を表します。
 「人事を尽くして天命を待つ」

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