「自分ブランド」創り

人間魅力溢れる自分ブランドを創りたい☆ 
その道のりでの考え・悩み・想い・成功・失敗の成長記録

恩師である書道の先生の逝去

2023-01-24 | 書道
数年ぶりの投稿です。

15年ほど前くらいに、このブログでよく書道のブログを書いていました。
書道というか、厳密に言うとペン習字を習っていて、
その先生が私にとって、ベスト3に入る恩師の一人でした。

先生が10月末に逝去されました。
聞いたばかりのころは信じられませんでした。
数か月経ち、今後のペン習字はどうするんだ?などざわざわしながらも
まだ実感がありません。
宮城県在住の先生だったので、顔を合わせていないというのも理由かもしれないけれど、
先生がこの世からいなくなったという実感は全然ありません。

先生に教えられたことは多すぎて整理することはできず、
そんな気持ちにも今なれません。。。

先生はぽろっと一言深い言葉を話されることが多かったです。
背中で教えてくれた先生でした。

今日すぐに思いつく先生から教わったことのひとつ。
「忙しいとは心をなくすということ。忙しいというと何も入ってこなくなりますよ。
私はね、暇で暇で仕方ないんですよ。お仕事ください」
先生はよく言ってました。
いろいろなところで「暇で暇で仕方ないんですよ」と仰っていました。

仕事は作るもの。しいては時間は作るもの。

生活でもビジネスでもとても通じる先生に教わった一つです。

書道の先生と話しました

2010-02-08 | 書道
先週ずっと悩み、泣き、苦しんでいた書道のこと。

まだ精神状態が不安定で、涙が止まらなくて、不安定だったから
まだまだ私の先生に電話できる状態じゃないと思ったのだけど、
先々週土曜日に幹事の先生から電話きたことは、その日にでも
その幹事の先生から私の先生に話は通じてるはずだし、
もし本当に怒っているのなら・・と、自分を奮い立たせて
金曜日の夜電話しました。

金曜日の夜は、話したのはたった5分程度でした。
先生のご自宅の電話の子機の充電が切れてしまい
ほとんど途中で終わってしまいました。

ただし、電話してすぐ、先生に「申し訳ありませんでした。
幹事の先生からこういう電話も頂きました。
これこれ、こんなこともご指摘いただきました。
電話で書道をお休みすることを伝えられなかったのは
こういう理由から電話ができない状態でした。
幹事の先生からたくさんご指摘されましたが、どうしても勘違いされたくなかったのは
私の想いや苦渋の決断だったことです」
こんな内容を話しました。
先生はひとことだけ「わかりました」とおっしゃってました。
そんな時に子機の充電が切れ、電話がほとんど切れちゃいました。

でも大枠は話したからもういいのかな・・と(夜遅かったし)思っていたら、
次の土曜日の昼に先生から私の自宅に電話がかかってきたのです。
そこで、かれこれ30分は話したでしょうか。

もうワンワン泣いてしまいました。

先生にすべて話しました。
幹事の先生から言われてちょっと辛かったこと。
でも人のこといえない、すべて自分が悪かったのだから、とか。

あと、電話して先生に甘えられないことも伝えました。
先生はやっぱり、「助けてあげたよ、甘えられる人がいたら甘えればいいじゃないか。
迷惑かけられる人がいるなら、かければいいじゃないか」と
あの先生らしい、本当に深い愛情の言葉が次々と出てきました。

でも先生に伝えました。

先生に甘えてしまおうか、と何度迷ったかわからない。
今までもそうしてきたように、先生に一言相談したら先生はきっと甘えさせて
くれただろう。
でも、今回は、きっと今回はそうしてしまったら、自分がダメになると思った。
うまく言えないけど、今、私はいろいろなことを自分の力だけで
乗り越える修行のような気がする。
今まで散々甘えてきたけど、私がこれから次のフェーズに行けるためには
自分自身が成長するには、きっと今のこのいろいろな試練は
自分で越えなきゃいけない気がするんです、と。
じゃないと私がダメになってしまう気がするんです。
なんとなくそう感じるんです、と。

涙がとめどなく流れてきました。

また、書道への想いもちゃんと先生に言葉で伝えました。

いろいろなことを削らなきゃいけなくなった時、
書道だけは・・・と最後の最後に残った。残した。
どうしても、生活の中から書道を消したくなかった。
今までもずっとそうしてきた。

中学生から先生のところで習い始めて、
先生に思春期の頃に出会ったことは大きかったことも伝えた。

だからこそ、生活の中から、その先生とのかかわりや、そのパイプとなる
書道を消したくなかったこと。

すべて話した。


最後には先生は、許してくれた。


嬉しいことに、最後の最後は、

「いつでも戻ってきなさい。」と言ってくれた。

「書道じゃなくても、何か悩んだりした時は、ためないで先生に電話してきなさい。
聞いてあげるから。いつでも聞いてあげるから。」とおっしゃってくれた。


許してくれたこと自体に涙が止まらなかったわけではない。



ものすごい愛の深さに、
本物の愛情に、
自分がどんな状況だろうとも、
いつでも迎え入れてくれる大きな人/場所がある。

先生のその本物の愛情に涙が止まらなかった。


たかだか最近知り合った人で「応援してます!」「ずっと応援してます!」
「出会えて嬉しかったです」
そういうレベルじゃない。
何十年も、離れていても、本当の意味で、底のほうから
私の全部を応援してくれる愛情を感じた。


最近忘れかけていた、本当の絆みたいなものを感じた。


泣くだけ泣いて、しかも先生の愛情に触れて
少し元気が出てきた。


本当に嬉しかった。


先生にお電話

2010-02-03 | 書道
ここ最近落ち込んでる書道のこと。

さっき、私の先生に、がんばって、がんばって電話してみた。

・・・が、留守だった。

2回電話したけど、留守だった。


今日、電話できるチャンスだったので、昨日から「明日電話してみよう。
電話できるチャンスがまたなくなっちゃうかもしれないから
心の準備が整っていないかもしれないけど、がんばって、がんばって
電話してみよう」と決めた。

今朝からそわそわ。

どきどき。

こわかった。

夜20時くらい、電話を片手に持ってからも2-3分硬直した。

何から話そう・・・。

がんばって泣かないようにしよう。

電話ガチャっと切られるかもしれない。
それでも、もう、仕方ないかも。


意を決して電話したけど、留守という意表をつかれた。

ふら~っと肩の力が抜けた。

これも何かのメッセージだろう。。。


私の精神状態がまだ落ち着かないということで
神様がそうしてくれたのかもしれないね。


明日は、幹事の先生に、手本代を振り込んだことを電話で伝えよう。
幹事の先生こそこわい。
でも、あんなに指摘されて、なおも振り込んだことも電話で伝えなかったら
また指摘されるしね。
もう自分が傷つくのもいやだしね。

さくっと要件だけ伝える電話にしよう。

がんばる。

その後・・・

2010-02-01 | 書道
昨日は長いブログを書いてしまいましたね。。

あれから1日たちました。

ちょっとは落ち着いたのかな、と思うんだけど、
電車の中や一人になると、幹事の先生の言葉が頭の中をグルグル駆け回って
涙が出てきそうになります。
今日電車の中で涙が出てきちゃって、はじめ上を向いて流れないようにしたけど、
それでは収まらないようになってきてしまって
寝たふりしながら目を閉じてました。 が、流れ出てきて、結局バッグからハンカチを
取り出して拭うことに・・・・。


書道をお休みしなきゃいけない決断を下した最近は、
本当に苦渋の決断だった通り、
精神的にちょっときつい状態。

だからこそ、そこを突かれた幹事の先生からの電話が、私の心にはきつかった。

本当に幹事の先生のことを言えないとは思うけれど、
今の私の精神状態に対しては、普通の人を叱るような接し方は
きつさが残った。こたえた。

書道をお休みしなきゃいけないということ自体だけで、
すごく悩んですごく自分を責めたり我慢したり本当に大変だったのだけど、
そのことだけでもきつかったのだけど、
幹事の先生の電話でダブルできつくなってしまった。


今日、いろいろ考えて涙が出てくるようになったのは、

ちょっとだけ書道に対して恐怖心ができてしまったかも・・と思ってしまった。


幹事の先生がおっしゃっていた。
「先生(師匠)は、本当に落ち込んでいらっしゃったのよ。
実をいうと本当に怒ってますよ!
また、恵華さんがこの流派で書道を再開したいといっても
歓迎するかどうかはわからないっておっしゃってましたよ!!」と言われた。

私の先生が本当にそこまで言っていたかわからないし、
その流派に入れないかもしれないという言葉は本当に悲しくてたまらなかった。
でも、そんなことになっても仕方ない・・・それくらいのことをしてしまったんだと
反省もした。


もし、近々先生に電話して、万が一先生は私のこの状況を理解してくださって
いつかまた先生の流派で書道ができるとなっても、
ちょっと考えてしまうのは、幹事の先生の存在・・・
今日、それがこわくなってきてしまった。
万が一先生が許してくださっても、流派には私のことを許せない、その流派内で
幹部のような存在の先生がいる。

私はそこには戻れないかもしれない。


まだ電話から2日しか経ってないのでわからないけれど、
今戻れる、となったらそれはできないと思う。

ちょっと存在がこわくなってしまった気がする。


一番こわいのは、「書道」がこわくなってしまうこと。


それだけは避けたかった。。。

もう少し時間が欲しい。

書道

2010-01-31 | 書道
昨日の午前中までブログでつぶやいたように、
精神的に乱れ状態。

と言いながらも、昨日はだいぶ前から楽しみにしていた、
我が家での大学友達を呼ぶホームパーティー。

夕方から我が家へ集合の予定。
そんな時、まだ誰も集合しない4時ころかな、一本の電話がなった。


先日ブログでも書いたけど、先週末いろいろ自分のこと、身の回りのこと、将来のこと
いろいろ考えて、たくさん整理整頓したり目標考えたりした。
新しいことに挑戦するときには、何かを捨てなきゃいけないもの。
そのひとつに「書道」があった。

先週、書道の先生と、6月に出品予定だった展覧会の幹事の先生両方に
手紙を書いた。
書道の先生には、2枚に渡り、こういう事情で展覧会出品を急きょ辞退させてもらいたい、
ことと、書道のお稽古自体もしばらくお休みすることを。
幹事の先生にも申し訳ないけれど、こういう理由で急きょ辞退させていただきたい、と
伝えた。


私にとって、この決断はものすごく大きなことだった。

ずっと気になっていて、最後に整理した項目だった。

今まで15年、アメリカ留学中ですら、書道の世界を関係を絶たなかった。

絶対書道の世界とつながっていたかった。
たとえ、1枚も練習できない月があったとしても、通信教育という難しい状況でありながらも、
絶対書道の世界とは一生つながっていきたいと思っていた。

なによりも、私には書道の先生が大切だった。
本当に心から尊敬する先生だ。
中学生のころからお世話になっている地元近所の先生。
人格が素晴らしくて、思春期の人格形成にあの先生がどんなにヘルプになったことか。


昨日夕方の電話は、展覧会の先生からだった。

冒頭から「お叱り」の言葉だった。

私は、最初のひとことから、号泣してしまった。涙がとめどなく流れてきた。
声を殺して聞いていた。
相手の先生は、面識がない方。
展覧会出品などでお世話になっているものの、私という人物、経緯は、私の先生ほど
知らない方である。
だから、しかたないのかもしれないけれど、おだやかな口調ながらずっと指摘された。

どう考えても、私が悪い。 私にはどんな言い訳もできない。
だから何も言えない。
どんなに指摘されても本当は何も言えない。

お叱りの言葉を声を殺してただ黙ってきいていたこと5分以上。
相槌さえ打てず、時々「聞いておられますか?」と言われて、涙声を殺して「はい」としか
言えなかった。

その幹事の先生の内容は、「どうしてあの手紙一枚で済ませたのですか?
展覧会出品には、どれだけ多くの方の協力があるかご存じですか?
どんな思いで恵華さんの先生は、恵華さんのためのお手本を直筆で選んで書いて下さったか
その気持ちをわかっておられますか?あの先生が、どんなにがっかりしたか
ご存じですか?なぜ電話一本でも、なぜ事前に相談ということができなかったのですか?
なぜ自分一人だけで決めるのですか?」と。

私には何も反論できない内容だった。

すべての内容で私が悪い。

本当に私が悪いので何も言えないけれど、どんどん矢継ぎ早に責められる言葉が続いた。

何も言えない、本当に何も言えない。


迷ったけれど、本当に自分が悪いからこのままひたすら謝るだけ謝って、弁解や理由や
背景を話さず、電話を切ってしまおうかと悩んだ。

でも、私の書道への想いや、先生への尊敬の度合い、簡単な決断じゃなかったことは
勘違いされたくなかった。
勘違いされたくない、ということで最後に口を開いた。


展覧会出品については、多くの人がかかわってくださってることを知っているからこそ、
それも本当に悩んだことだった、と。
出品しようと思えば出品できることだったけれど、取り繕ってうそついて
出品する作品自体に魅力はないと思った、と。何よりも私の先生は、そんな取り繕った
私を喜ばないだろうから。
出品できる/できない、そんな簡単な話じゃなかった、と。

そして何よりも、書道自体をお休みすることに、どんなに悩んだか。
15年書道の世界とつながってきて、絶対関係を切りたくない、生活の中から書道は
外したくない、とずっと思い続けてきて、その想いも先生に何度も伝えたこと。
そして、あの先生をどんなに尊敬しているか。
私には思春期の人格形成時に出会った先生で、地元の先生ということもあり、
親のような、メンターのような、尊敬して止まない先生だ。
その先生に 書道をお休みさせてください、と伝えることがどんなにつらかったか。

今までも何か重要なことがあるときは、ちゃんと電話で伝えていた。

今回、電話なんてできる状態じゃなかった。

手紙ですら、何日かけずに過ぎただろう。

いざ、便箋を目の前にしてでも、迷った。
偽って、取り繕って、習い続けようか。

幹事の先生が「恵華の先生なら、事前に相談されたら、なんとか出品できるように
手配してくださったはずですよ」とおっしゃった。
それも百も承知。15年先生と付き合ってきて、私が相談したら、私のことをとても
かわいがってくれてるあの先生は、絶対に特別優遇で出品させてくれた。
習い続けるといっても、いろいろな考慮をしてくれただろう。

今までもそういうことが多々あった。

今回だけは、本当にいろいろ考えて、今までのように甘えたくなかった。

幹事の先生にも伝えた。「ここで甘えたら、私が壊れてしまいそうなんです。
これからの私のために、きっとここは我慢しなきゃいけないところなのです。
今甘えたら、もっと高い目標を達成しようとした時、私に乗り越えられる力が
蓄えられていないとわかったんです。今までも甘えてきました。
けど、今回だけは甘えてはいけない、と自分でわかるんです。
私がもっと成長するためにここは甘えてはいけないと思ったんです」と。

先生への手紙は淡々とした文章だったかもしれない。
わざとそうした気がする。

何かが、触れたらあふれてしまう寸前だった。

だから、電話なんかしたら、あの先生の生の声を聞いてしまったら、
今のこの次なる目標に向かって進もうと思った自分や、何か新しい次の人格のフェーズに
行く力かスピードかチャンスが壊れてしまいそうな気がした。

テキトーな想いでやっている趣味なら、ここまで思わないだろう。

きっと電話したら先生はまた甘えさせてくれることを言ってくれるだろう。
そして、私の中で確実に「じゃぁそうしようかなぁ」と今までのように甘える自分が
出てくると思った。

精神状態が電話できる状態ではなかった。

事実、この幹事の先生に電話した時にも、あきらかにパニック障害のような状態に
陥ってしまった。
触れたら溢れるような辛い、閉じ込めた想いが、幹事の先生の電話の冒頭の言葉で
あふれ出た。

幹事の先生にも伝えた。
私の先生に電話したら、今も取り乱してしまって申し訳ないけど、たぶんこんなもんじゃ
ないと思う。電話できる状態ではなかった、と。


幹事の先生は、面識がないからか、
そういうことを私が説明しても、最後のほうまで、
「でも、なぜ電話一本もできなかったの?なぜ自分だけで決めたのですか?
どんなに先生が落ち込んだかご存じですか?」
責めるような言葉がずっと続いた。
私が泣きじゃくって声が声にならなくても止まらなかった。

幹事の先生は先生で、私の先生(師匠)への想いが強い。
師匠が悲しむようなことをする生徒が許せなかったのだろう。
その通りだと思う。
そういう意味でも、幹事の先生には何も言えなかった。


最後は、マックスに取り乱してしまった私を感じたのか、
「わかりました。傷つけてしまいましたね。出品者名簿から名前は外しておきますから。」
と終わりにする言葉があった。

私が本当に申し訳ありませんでした。先生には、電話できる状態になれたら
近いうちに電話したいと思います、と言った。
そしたら「先生に電話するのですか?(するの?しないの?)」と聞かれた時、
ちょっとだけ思った。私がどんなに電話や声を聞ける状況ではないと話したか
この先生は聞いていたのだろうか、と。
でも、私の伝え方が伝わりにくい話し方ではなかったのかもしれないし・・・。

でも、その最後の「電話するのですか?」の一言は結構きつかった。
師匠である先生を大切にする気持ちも大切だけど、
生徒のほうの私の状況や精神状態、今どんな想いか、どんな背景か、ということは
そこまで見ていないのだな・・・と思った。
会話の中に「相手の気持ちを考えたことがありますか?」とよく出てきた。
あえて言うなら、私の気持ちももっと見てほしかった。冒頭から泣きじゃくったら
普通ならただ事ではないと思うと思うが・・・。

ま、でもそれも何も言えないね。

本当に私が悪いから。


今でもちょっと辛いです。
ブログ書きながらも何度も拭い。。。



昨日は電話切ってすぐに、あと30分後くらいでお友達5人ら来る!となり、
急いで考えないようにする切り替えが大変でした。
目は真っ赤だし・・・。
たまたま、今角膜に傷がついて治療中なので、突っ込まれたらそう言おう、と
シミュレーションしたり・・。
急いで化粧直ししているのに、直後すぎて、また涙がとめどなく出てきて
化粧がぜんぜん進まなくて・・・。


なんとか、お友達には泣いたことはばれずすみました。
パーティー中も、ホストということもあり、バタバタ急いでいて、電話のことは
考えずすみました。

今朝になってまたブルーになってきてるけど・・・。


先生に電話しなきゃいけないのだけど・・・
明日以降になるだろうけど。
・・・・・・う~~んん・・・・ちょっとまだ辛いです。
精神的に乱れていて、逆効果になってしまわないかとこわいです。

私には辛い決断でした。
でも、この辛い決断、ほんと、今の私に必要な、何か成長するために必ず通らなきゃいけない
メッセージかワークのような気がします。
だから、甘えないほうがいいと直感したんです。

何かを選んだ時、何かを捨てなきゃいけない辛さは、こんなにも過酷なんですね。。。

書道の特訓

2009-09-24 | 書道
20日は、書道の特訓でした。

前にブログでも書いたように、私の書道の先生は、
私の田舎の街で、ご近所さん。

高校生の頃から今の尊敬する先生のところへ
ペン習字から習い初め、
アメリカ留学から帰国後、「書道も習おう!」と
その先生い「書道も習わせてください!」とお願いしました。

習い始めたのはいいのですが、
毛筆書道を習い始めてすぐに、マーケティングの仕事をするために上京。

毛筆書道について基礎も身につかないまま
通信での書道習得となりました。

毎月送ってくださる手本をもとに、課題書を書いて提出(したりしなかったり・・・)


先生のところへ直接習いに行くことと、
通信教育で書道を習うことは雲泥の差。


なぜなら、基礎がわからないから!!


筆の運び方や姿勢など、何もかも知らないまま習い続けています。


そんな状況ながらも、細々と「やってるのかやってないのかはっきりしない」感じで(笑)
習い続けていたところ、今年に入り、先生のお弟子さんで
師範の上の成家(最高ランク)になった方が、
転勤で埼玉に越してきたとのこと。

先生は、その方に関東支局としての取りまとめをお願いしたようです。

で、私みたいに、関東で通信で習ってる人を募って、
昇段試験の前などに、みんなで集まって特訓しましょう!という
練習会を開催してくださることになりました。

20日はその特訓会だったのです。

・・・・・が、他5名は、皆さん師範級クラス。

私なんて、まだ二段。

ですが、「レベルなんて関係ないのですよ!是非参加してください」という心温かい
お誘いにのり参加しました。


仙台の私の街から、先生がわざわざ新幹線でこの6人の特訓のために
来てくれました。

先生の書く姿を生で見るのは10年ぶりくらいでしょうか!!!

もう、目からウロコって感じでした。


筆の運び方から、筆を持つ位置、姿勢など、
基本形からゼロベースで教えて頂きました。


やっぱり、習い事って直接学んだほうが絶対早いですよね。

基本形をおさえたところで通信だったらいいけれど、
初めの基本的な段階は、先生を見たほうがいい!


他の方は師範クラスなので私は場違いな感じでしたが、
こんな機会はそうそうない!と思い、恥ずかしさを捨てて、
どんどんいろんな質問を先生にしてきました。

「先生、筆持つ位置はここらへんでしょうか?」
「先生、先ほどこういう筆の運び方っておっしゃってましたけど、
どうも上手くいかないのですが・・・」


あと、ここぞとばかりに、他の師範級クラスの生徒さんに質問。
「皆さん、ご自宅でどのように練習しているんですか?
どんな風に環境整えて集中しているんですか?
時間の使い方はどうされているんですか?」などと。

初心者だからこそできる質問ってありますよね。

きっと、他生徒さんたちも、いざ基本的な質問されると、自分の中で
復習になってよかったのではないかしら???と
自画自賛してます(笑)


朝から~夕方まで丸一日の特訓。

心が清らかになったようで参加して良かったです。

武田双雲さんのブログに共感 & 私の書道上達法

2009-09-15 | 書道
書道ネタが多いですが(笑)

以前もブログで書きましたが、好きな(尊敬している)ブログのひとつは
武田双雲さんのブログです。


↓このブログは、同じく私も書道をやってる身として
とってもうなづけました。

字がうまくなるコツ

すごくわかりやすく書いてくれていますが、
最後の最後の
「よーく観る」
   と
「イメージする」

という表現に行き着いたのが、とっても納得です。


子供の頃の毛筆を習っていた時の「意識」は忘れていますが、
高校から習い始めたペン習字では、私は双雲さんがおっしゃってる
上記二つのことを意識してきました。

「よーく観る」と「イメージする」は私の場合、同時並行です。


観る観る観る。
本当によく観ます。
一字一字よく観ます。


例えば、「あ」 にしても、一角目の横線が、
・全体に対してどのくらいの長さか、
・右上がり角度はどの程度か
・はらいはどのくらいシャっとはらっているのか、
 もしくはゆっくりと 引くように はらっているのか
 (スピードを観る)
・全体が、縦長なのか、横長なのか。

「よく観る」では
・スピード
・角度
・線の太さ(書き始めと、中間と、書き終わりのすべて)
・字の向き

を観ます。


あと、私がプラスのテクニックだなと思うのは「いかに“イメージ”するか」です。

私のイメージは、
一字一字の「顔」をイメージします。


たとえば、「あ」にしても、縦長+左向きっぽい字の表情だったら
「スネオっぽいな、この“あ”は・・・」と思いながら、
スネオをイメージしながら書きます。

まんまるい「あ」なら
「おっかさん、肝っ玉かあちゃん って感じだな、この“あ”は・・・」と思いながら (笑)


この字、○○ちゃんに似てる とか、
「こういうボテっとした人いるいる・・・」とかイメージしながら書きます。

それを、一文字ずつイメージしながら書きます。


「イメージ」しながら「よく観る」のか
「よく観ながら」「イメージ」していくのか、
順番はわかりませんが、同時並行です。

そんな風に「イメージ」しながら書くと、
・上達は早い
・(字を書くのが(練習するのが))楽しい  

という利点があります!


私はこの方法で今でも字を練習しています。



「練習し・な・け・れ・ば・な・ら・な・い!」と思うと億劫・・・


いかに楽しくやるか!



「よく観る」ことは、「真似」です。

いかに「真似」するかが、一番の基本です。

究極的にやっていくと、「真似」がカンペキにできるようになったレベルになると、
「独自の世界」を表現していくレベルがやってきて、
そこからこそが、アーティストとしていっちばん難しいところです。

私のペン習字は今この段階に入り、もがいています。

先生に

「“恵華さんの字”を書きなさい。
真似はカンペキです。
あなたの字を書きなさい」 と。


本当に深いです。
本当に難しいです。




たかが字されど字。

書道はこういう深い世界なんです。

書道を習ってる経緯と、今の書道への想い

2009-09-15 | 書道
私の書道を習ってきた経緯と、今の想いを。

私は、小学校の時に毛筆書道を習いましたが、他習い事が多すぎてきて
書道の優先順位を落として退会。

その後、高校になった頃、違う近所の先生が
「ペン習字」を教えているということで、ペン(ボールペンからスタート)で
きれいな字を書くことを習い始めました。

ペン習字は高校3年間の、最初の3年間に気合入れて練習して
みるみる上達しました。
その後、アメリカ留学した時も、仙台ど田舎のその先生から手本を
ホームステイ先に毎月送っていただき、毎月課題の清書をアメリカから
提出して続けました。

東京に働きに出てからも、いまだに習い続けています。

なので、ペン習字は準師範です。

毛筆書道は、アメリカから帰国後、日本文化の素晴らしさを他国から客観視して再認識し、
いちから習い始めました。

帰国後すぐに東京で働きはじめたので、お教室に通うこともできず、
細々と通信教育のように、そのペン習字の先生に習っています。

働きながらの練習はそうそうできないので(←言い訳とわかっている・・・)
いまだに二段。


でも、辞めたいと思いません。


もっと上手くなりたいという気持ちは全く落ちてません。


先週金曜日、たまたま仙台帰省したときに、書道の先生にお会いしてきました。

結婚の報告がメインでしたが、書道についてもお話をしてきました。

要約すると、

「先生、毎月課題も出さない月もあったりで、細々すぎてますが、
相変わらず“辞める気”は全くありません。
月謝だけ払って課題出さない月があったとしても、
この書道の世界と繋がっていたいんです。
私の性格では、“お金(月謝)がもったいない”とか言って、一度書道を退会・休学したら、
きっと一生戻ってこないと思います。
何よりも、書道を習っている、一ヶ月に一枚だけ書くだけでも、
そこから得る大きなものがいつもあるので、辞められないんです。
書道って自分との戦いだなぁって思います。
そういう自分との戦いこそ、生活の中にずっと取り入れておきたいんです。
書道は字を習ってるだけじゃないと思ってます。

ダメ生徒ですが、どうか月謝は払いますので(笑)、これからもよろしくお願いします」 

という内容のことを直接伝えてきました。



先生は、昔から私のことを知っているし、私の性格もよくわかっているので
いつも「なんでもやりなさい」と言ってくれます。

こんなダメ生徒なのに、「恵華さんは イイモノを持ってます。きっと本当に練習し始めたら
とても良い作品を作っていける人になると思います」 と言って下さります。


本当に嬉しい言葉です。


もちろん先生は、書道の先生なので、書道に落ち着いて欲しいと思ってます。
だから、
「フラワーアレンジでも、ビジネスの仕事でも、お茶でも、お花でも、フルートでも
何でもやりなさい。 いろんなことに挑戦しなさい。

そして、それらから得たものを、ぜ~~んぶ 最後に 書道に持ってきなさい」 と。


深いですよね。

そうなったときの、「字」は深いと思います。


書道の先生は、私の尊敬する人のベスト5に入っていると思います。

あの先生には頭があがりませんし、まだまだいろんなことを学びたいと思ってます。

だからこそ、その先生がいらっしゃる書道の世界から足を洗いたくないんです。




書道は、お金になるような「仕事」ではなくても、
私の生活の一部にしていきたいと思っています。
趣味でいいので、絶対生活のひとつの細い柱にしていこうと思ってます。

芸術家話に共感

2009-04-19 | 書道
先日、枝並千花さんというプロのヴァイオリニストのCDデビューコンサートに
行ってきました!

素晴らしい演奏でした。

コンサートも感動したのですが、その後の打ち上げに招待頂き参加した際、
枝並さんが、普段どんなことを考えながら演奏しているのか、
練習のときはどんな風にモチベーション高めているのか、
そして 今後どんなスタイルを目指しているのか・・・。など
お話を聞くことができました。


素晴らしいと思ったことは、
彼女が「本物のクラシックを、なるべく生演奏で、多くの人に届けたい」という
思いが強いこと。

昨今、クラシックのハードルを低くするために、ポップ調にアレンジしたりして
CDデビューする人も多いらしい。

彼女は、それでは、「本物のクラシックが伝わらない」と思い、
その信念をずっとずっと曲げなかったという。

レコード会社も、売れるCDを創りたいだろうけれど、
「売れる」ものと、「伝えたい」ものが、違う場合がある。

妥協して「売れる=お金や名声」をとるか、
自分の信念を通すか。


彼女は、今までもこれからも、「本物の魅力を伝えたい」新年は
曲げないことでしょう。


楽器との出会いや、楽器との対話。
楽器は、みごとのその日の自分のフィーリングを映し出してくれる、という。
気分にムラがあるときは、いい音は出ない。
気持ちが落ち着いているときは、魅力的な音が出るという。


私も、彼女とは比べ物にならないくらい、4年程度のフルート、
高校3年生までのピアノ、小学校3年間のクラリネットくらいしか、
楽器に携わっていないけれど、その「音が自分を映し出してくれる」という
意味が心からわかる。

つまり、自分の成長度合いが音にでる。

そう、音は人間性そのもの、なのです。

未熟な人間性なら音もそれなり。

あらゆる人生経験をし、喜怒哀楽をしてこそ、音に深みが増す。


自分ブランドが音となって表現される。


書道でも同じだと思いました。
書道も、このブログでなんどか書きましたが、
自分の人間性成長がそのまま表現されます。

気分にムラがあったり、イライラしているときは、納得のいく字なんて
書けない。
何枚書いても、パーフェクトに自信ある作品がない。
パーフェクトに自信ある作品ということは、パーフェクトに自分自身の
そのときの人間性に満足していること。

まだまだ上を目指しているからこそ、自信ある作品ができないし、
何度も自己嫌悪に陥る。

私なんてダメだ・・・。
なんでこう書けないの??
どうして書きたい書風にならないの?

イライラすると、さらに書けない。

落ち着かせるために、書から離れる。

自分との対話。

楽器も書道も、自分の人間性との対話です。

筆や楽器自体は、その鏡であるだけ、かもしれませんね。


枝並さんのお話を聞いて、さらに、自分の人間性を高めるために
最近また引っ張り出してきた「フルート」を
もうちょっと頑張ってみようと思いました。
頑張るというより、触れる、かな。

書道も、このままずっと続けるつもりです。



書道の練習

2009-03-26 | 書道
昨日の夜は書道の練習をしました。

毎月、清書を郵送提出します。

やばい…そろそろ出さなきゃ…ということで、あわてて書きました。

写真の作品は現代書というカテゴリーのもの。


今月の条幅という掛け軸の大きさの課題は難しかった…


今日の夜はペン字作品を仕上げる予定です。


忙しい!