KEIJYU's Second Short Story

圭樹の妄想にお付き合いいただきありがとうございます。

朽ちる身体 Vol.4 ―― Silk Jasmine(月橘)

2017-07-19 17:32:16 | T.Coffee


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*****



「もうおしまいにしよ?」

 二週間ぶりに抱いた恋人は、ベッドの上で背を向け、下着を身に付けながらさらっと明るい声でそう言った。



「何、どうしたの? 俺が何かした?」

 彼女の腰を取り、こちらに引き寄せようとするが、その手を振りほどかれる。



「ううん、何も。ただ……私を愛してくれない人と一緒にいるほど暇じゃないから」

 わざとはすっぱな言葉を選んだ彼女。感情を押し殺した声。

 何も言い返せずにいると、彼女は何事もなかったように身支度を整えていった。



 コトリ、とテーブルに置かれる部屋の鍵。



「じゃ」

 たったそれだけの別れの言葉と、閉まるドアの音。



 分かっていた。最後の彼女の声が震えていたことも、今すぐに追いかけて彼女を抱きしめてあげれば元に戻れることも、それが彼女の一縷の望みであることも。

 分かっていて、足が動かなかった。ただ乱れたままのベッドに座っているだけだった。



 いつもはうまくやれるのに、今回の彼女には見抜かれてしまった。別れを切り出されるのは初めてだった。それだけ、彼女はちゃんと「俺」を見てくれていたのだろう。



――彼女には分かっていたのだ。ボクが人を愛せないということが。


 ボクは誰にも支配されたくなかった。恋人にも家族にも、もしかしたら自分自身、その身体にすら。
 だから、ボクにはいつも現実感がなかった。 心が身体に縛り付けられていない。それは自由なようであり、不安定でもあった。

その心許なさを埋めたくて恋人を作るが、しばらくして窮屈になり手放す。今まではその繰り返しだった。今回は手放すより先に、その身勝手さを見破られてしまったけど。



「はぁ。新作でも考えるか」

 溜息と独り言を部屋に残し、すぐ近くにある自分の店に向かった。



 真夜中の湿った空気、アスファルトからぼんやり昇ってくる独特の匂いが、一度雨が降ったことを知らせている。見上げると雨雲は流れたようで、すでに何個か星も見えていた。



――今夜も青白い満月が白い花を照らし、甘い香りが立ちこめているであろう。



 店の前にディスプレイとして植えているシルクジャスミン。この季節は青々とした葉からたくさんの白い花が咲き零れている。別名は「月橘」(げっきつ)。ジャスミンのような甘い香りが月夜の晩だとより強く香ると言われる花だ。



 店に向かう最後の角を曲がると、アスファルトの匂いは消え、想像した通りの爽やかな香りがボクをいざなった。



目に入ったのは、先ほどの雨で濡れそぼつ月橘と、月の光に照らされたボクより少し小さな人影。



 艶やかな漆黒の長い髪を一つにまとめ、シンプルで真っ白なワンピースを着ている美しい女性。それが貴女だった。月橘の前に立ち、花の香りを嗅いでいる。店のシェードで雨宿りをしていたのか、身体はあまり濡れていない。それなのに、切れ長の目に乗せられた長い睫だけが濡れていて、なぜ貴女が泣いているのか、それがとても気になった。





 真っ白な花を手折る、その爪だけが深紅という「色」を放つ。





 手折った花を持ったまま、貴女はゆっくりとこちらに顔を向けた。ボクを見てなぜか笑顔を浮かべ、近づいてくる。



 ボクは貴女に囚われたまま、身動きすることができない。



「……見つけた」

 いつの間にか目の前に来ていた貴女。強いジャスミンの香りがボクの鼻腔を刺激する。



「このまま朽ちようとも思ったけど……見つけてしまった……アナタを……道連れにしてごめんなさい」



花の香りより甘い声。ボクをまっすぐに見つめる優しい瞳。少し困ったような弱々しい笑顔。透き通るほど白い肌。



 視線が下に移動し、ボクの首にある数多のホクロをゆっくりと順番になぞっていく。ボクは貴女のなすがまま。



「白くて綺麗な肌……」

 貴女が嬉しそうにそう呟く。そして、鎖骨の上にあるひとつのホクロに手が止まり、綺麗な深紅のネイルで彩られた長い爪がそこに小さな痛みを与えた。



ボクの白い肌から緋色がじわりと滲みでる。



 その痛みは初めての感覚で、そう、「快感」と呼べるものだった。ボクの身体はようやくボクの一部となった。



 それは、ボクがようやく感じることのできた「生きている証」だったから。



 流れる緋色の血が、貴女が持っていた月橘の花に滴り、その純白を深紅に染める。まるで貴女の爪と同化するように。


 ひんやりと冷たい貴女の唇が、鎖骨につけられたその小さな傷にそっと押し付けられたとき、ボクはそっと目を閉じた。


「……これで、やっと朽ちることができる」

 それは、貴女とボク、どちらの言葉だったのか、今はもう思い出すことができない。




――ボクが、美しくて優しすぎるヴァンパイアに囚われた瞬間。




End






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朽ちる身体 Vol.3 ― Scabiosa(スカビオサ)

2017-07-16 17:24:58 | K.Blue



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*****



 月白の光が、驚いた健一郎さんの顔を照らした。その光に照らされた髪は青というより碧く、美しいなぁなんてぼんやり考えていた。



「自分が何を言っているか、分かってる?」

 一呼吸の間をおいて、彼が言葉をのせた。



 私はただ頷く。



「吸血鬼になるつもり?」

 

「……はい」

 もう一度頷いた。あなたと同じものになりたいから。



 健一郎さんが溜息を一つ、深く吐いた。

 

「元には戻れないんだよ」


「分かってます」



「じゃ、何で?」



「貴方と生きていたいから」

 私は答えを迷わなかった。



「それが永遠に続くんだ。君は、それがどういうことなのかわかってない」

 彼が私を見つめる。その瞳は、突飛なことを言い出した私への驚きと同情と……懇願だった。



「ううん、分かってるよ」

 私は彼のこめかみに触れ、その碧い髪に指を絡ませる。



「……私には別れを悲しむような人もいない。私は、今まで一人だったの。ううん、一人ですらいなかった。私は生きていなかった。今、貴方のおかげで私は生きているの」



 彼は俯いて、私が紡ぐ言葉を聞いていた。私は彼の頭をそのまま引き寄せ、胸に彼を抱く。



「……もう一人はいや。貴方を一人にするのもいやなの。これで貴方の孤独を終わらせてあげられる」



 彼は目を瞑り、おでこを私の胸に委ねてしばらくそのままにしていた。その重みが心地よくて、私はそのまま彼の髪を撫でていた。



「ねえ」

 健一郎さんが私を見上げる。背の高い彼に見上げられるのは初めてのことで、甘えた声と合わさって、なんだかとても彼が可愛らしかった。



「ん?」



「知ってる? 吸血鬼にも性欲はあるんだ」

 目尻に皺を寄せた、私の大好きな彼の微笑み。

「ふふ。さっき聞いたわ」
 

 自然と体勢が変わり、もう私は彼の下に。今度は彼が私の髪を撫でる。彼が私を見つめる瞳にはもう先ほどの混乱や懇願はなく、あるのはただ濡れかかる妖艶。



「ずっとこうしたかったんだ。我慢できなくなるから、なるべく会わないようにしてたのに」

 彼はゆっくりとそう言いながら、私のブラウスのボタンを一番下まで丁寧に外していった。



「私がしたかったの」

 わざと軽い言い方をした私に、彼は愛おしそうな視線を向け、頬を撫でる。それがくすぐったくて堪らなかった。



「ねぇ、吸血鬼でもキスはできるの?」



「どうだろ、試してみようか?」

 おどけて聞く私に向かって、彼は片方の口角を上げた。そこには牙は見えなかった。便利な牙だな、なんて考えてると、そのまま健一郎さんの顔が近づいてきて、私たちははじめてのキスをした。



 食料としてではなく、私自身を求めてくれる彼の舌の動きに、私はすぐに夢中になった。



 月夜に照らされ、重なる二人の影。



 彼が私の名前を何度も呼ぶ。その度に私の子宮が収縮し、彼が苦しそうな声を上げた。


「けんちっ、ろっ、さんっ」

 私が彼の名前を呼ぶ、その度に彼が大きく脈打ち、私の中を支配した。



 何度目かの絶頂の後、彼が果てるとき、私は同時に意識を手放した。







*****



「……じょ……ぶ? 大丈夫?」

 彼の声が遠くで聞こえる。うっすら目を開けると彼の残像がぼやけ歪む。それは私がガタガタと震えているからだった。



「うっ」

 声が出せない。喉が焼けるように熱い。



「落ち着いて」

 健一郎さんに抱き締められた。



「ううっ」

 頭が割れるように痛く、身体中の全ての血液が脳と視神経に向かって逆流していく。口の中でなにかが動き回っていて言葉を発することができない。口元に手をやると、牙が飛び出しているのが分かった。



「落ち着くんだ。大丈夫だから」

 私を抱き締める健一郎さんの腕の力が強まる。



 苦しい、苦しいよ、助けて、健一郎さん。その声が出ない。



 そのとき、彼が私の後頭部を支え、自分の首元にあてがった。



「そのまま牙を立てろ」

 何を言っているかわからなかった。



「大丈夫だから」

 彼が私の背中をさすりながら言う。



「深呼吸して。そのまま牙を立てろ。楽になる」

 遠退きそうな意識の中、私はその彼の言葉に素直に従った。未知の世界の中、私には彼だけが全てで、彼に縋ることしかできなかった。

 というより、ただ本能で、血を欲していたのかもしれない。



 無我夢中で彼の血を吸っていた……らしい。もう、記憶がなかったから……



 気が付くと、身体の苦しみも熱さもなく、ただ、目の前には彼が倒れていて……無意識に口元を拭うと、手がべったりと緋色に染まった。



……彼の……血。



「キャーーーーッ!」

 何が起こっているか、わからなかった。



「……だ、い、じょうぶって、言った、ろ」

 真っ青な顔の彼が私に手を差し伸べた。私は駆け寄り、その彼の手を取った。



「健一郎さん! 健一郎さんっ! やだ! 私、何を!」

 どうして彼が倒れているの? 一体何が起きているの? 私は何をしたの?



「……いいんだ。……僕が……そうさせたんだから」

 私の頬を撫でる彼の力が段々と弱まる。



「独りにしないで。二人で生きていこうって……永遠に続くって……お願いだから」



「……ごめん。君を手放してあげることも、君と一緒に生きていくこともできなかった。僕は弱いから……君に、なれるなら、僕は、幸せだ」

  

 彼は最後の力を振り絞り、目尻に皺を寄せた。



 お願い、今、ここで私の大好きな笑顔を向けないで。  





「……これで……彼女のところに……ありがとう」

 





 最後にその言葉を残し、彼は消えた。跡形もなく。屍すら残してはくれなかった。





 私は、ただ茫然と立ち尽くすだけだった。







*****



 こうして私は吸血鬼となった。独りきりの、哀れで滑稽な吸血鬼。



 私は今すぐに彼のところに行きたかった。彼以外、何も受け入れたくなかった。誰も襲わなければ飢えで死ぬことができる。でもそれは想像以上に辛かった。



 何日も我慢を重ね、最後には「これで彼のところにいける」と考えながら意識を手放すのに、次に目にするのは首から壊死が始まった屍なのだ。そう、今日のように……



 珍しい色のスカビオサが風に揺れている。青や紫ではなく、綺麗なスカーレット。まるで、隣に転がっている屍から流れ落ちる血を吸って生き生きと咲いているような、大きくまるっとして少しくすんだ赤色の花。



 私はその花を無造作に引きちぎった。血まみれの指に赤い花。私はその花をぼんやりと見つめる。ポタリと落ちるのは屍血なのか花びらなのか。




 そして、また私は一人で彷徨う。碧い髪を探しながら。





 あなたはこうやって一人で生きてきたのね。ずっと一人でこうやって彷徨って耐えてきたのね。



 あの最後の言葉は私を絶望の淵に落とした。彼は初めからそのつもりで私を選んだのだ。優しすぎるヴァンパイアはただ弱くてずるい人だった。



 それでも、それが、私の生きる本当の意味だったのかもしれない。



 スカビオサの花言葉は”I have lost all." ――私は全てを失った。



 衝動的に私はその真っ赤な花びらを口にした。むしゃむしゃ貪った。全てを私の中に入れた。私の中に貴方がいる。貴方の孤独も私の孤独も、この私の中にいる。私は貴方を決して一人にしない。





 でも、でもね……辛いよ。一人は辛いよ、健一郎さん。





 誰か、誰か私を助けて。


End





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