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◆【経営コンサルタントの独り言】  姫路は姫路城だけではありません 622 二兎を追うブログ

2021-06-22 17:03:00 | 【話材】 経営コンサルタントのひとり言06

【経営コンサルタントの独り言】  姫路は姫路城だけではありません 622

 

二兎を追うブログ 

経営コンサルタントのプロや準備中の人だけではなく、経営者・管理職などにも読んでいただける二兎を追うブログで、毎日複数回つぶやいています。

 

■ 姫路は姫路城だけではありません 622

 姫路と言いますと姫路城を連想するのは当然と言えるほどです。世界遺産でもあるし、日本を代表する建築物の一つです。

 6月22日~24日は、長壁(おさかべ)神社で毎年ゆかたまつりが開催されます。

 近年、着物姿の女性というと海外からの旅行者が多いですが、盆踊りの季節には多くの人がゆかたを着ますね。

 日本の伝統が引き継がれているようで、嬉しいですが、マナーの悪い人もいます。

 私が残念に思うのは、歩き方です。

 歩きにくいのは確かですが、裾がひらひらするのはいただけません。

(ドアノブ)

 

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■【きょうの人】 0622 ■ 桂昌院 5代将軍・綱吉の生母 ■ 相馬 哲平  独善的な判断で、気になる人を選んでご紹介

2021-06-22 09:52:41 | 【話材】 きょうの人06月

■【きょうの人】 0622 ■ 桂昌院 5代将軍・綱吉の生母 ■ 相馬哲平 旧宅写真

 独善的な判断で、気になる人を選んでご紹介しています。

 そこに歴史や思想、人物、生き方などを感じ取って、日々の生活やビジネスに活かしてくださると幸いです。

 

 相馬 哲平(そうま てっぺい)

 初代相馬哲平は、1833年6月22日(天保4年5月5日に生まれ、1921年(大正10年)6月6日)に歿しています。

 日本の実業家、政治家、貴族院多額納税者議員で、北海道の多額納税者のひとりです。

 函館貯蓄銀行頭取、相馬合名代表社員等、北海道屈指の豪商で、箱館の発展に寄与しました。

  相馬哲平旧宅 【カシャリ! ひとり旅】

  http://www.glomaconj.com/butsuzou/meisho/hokkaido/hokkaido-hakodate-motomachi2.htm


■ 桂昌院 5代将軍・綱吉の生母

  けいしょういん
 永4年(1627年) - 宝永2年6月22日(1705年8月11日)

 江戸幕府3代将軍・徳川家光の側室で、5代将軍・綱吉の生母で、通称は玉といいます。

 父は、北小路(本庄)太郎兵衛宗正、母は鍋田氏で、兄に、北小路道芳(後に本庄姓を賜り本庄道芳)、弟に本庄宗資がいます。

 寛永16年(1639年)に、部屋子として家光の側室・お万の方に仕え、後に春日局の目にとまり、「秋野」という候名で、局の指導を受けるようになりました。

 長じて将軍付き御中臈となり、家光に見初められて側室となり、正保3年(1646年)1月に綱吉を産みました。

 慶安4年(1651年)に家光が死ぬと大奥を離れ、筑波山知足院に入ります。

 4代将軍・家綱の死後、綱吉が将軍職に就き、江戸城三の丸へ入りました。

 従三位を経て、元禄15年(1702年)2月には、女性最高位の従一位の官位と、藤原光子(または宗子)という名前を賜わりました。

 宝永2年(1705年)6月に79歳で没し、墓所は、東京都港区の増上寺にあります。

 遺髪塚が寺の復興に貢献した京都府京都市西京区の善峯寺に「桂昌院廟」として存在します。

 また、東京都文京区にあります護国寺は、桂昌院の発願によって天和元年(1681年)に創建されました。開山は亮賢です。

 本尊は如意輪観音で、江戸三十三箇所観音霊場の第13番札所です。

 近代以降は宮家の墓所(豊島岡墓地)が造られ、1873年(明治6年)、明治天皇の皇子(稚瑞照彦尊)の薨去を機に、護国寺境内の東半分が皇族墓地とされ、また、桂昌院という建物も建てられました。

 

◆ 【きょうの人】 バックナンバー

 歴史上で活躍したり、仏教など宗教関係の人であったり、ジャンルはいろいろですが、彼等から、学ぶところが多々ありますので、それをご紹介します。

  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/b57a13cf0fc1c961c4f6eb02c2b84c9f

◆ 【今日は何の日】は、毎日発信しています。

 一年365日、毎日が何かの日です。 季節を表す日もあります。 地方地方の伝統的な行事やお祭りなどもあります。 誰かの誕生日かも知れません。 歴史上の出来事もあります。

  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/b980872ee9528cb93272bed4dbeb5281

◆ 【経営コンサルタントのひとり言】

 経営コンサルタントのプロや準備中の人だけではなく、経営者・管理職などにも読んでいただける二兎を追うコンテンツで毎日つぶやいています。 

  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/a0db9e97e26ce845dec545bcc5fabd4e

【 注 】

 【きょうの人】は、【Wikipedia】・当該関連サイトを参照・引用して作成しています。


◆【話材】 昨日06/22のつぶやき 「夏至」日本の季節感を表す二十四節気

2021-06-22 07:36:35 | ブログ

◆【話材】 昨日06/22のつぶやき 「夏至」日本の季節感を表す二十四節気

経営コンサルタントとして感じたことを毎日複数のつぶやきをブログでお届けしています。

もし、お見落としがありましたり、昨日のブログで再度読みたいつぶやきがあるというときに便利なページです。

本日の【今日は何の日】も、つぶやき済ですので、そちらもあわせて【話材】としてご覧くださいますと幸いです。

  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/e/727bc5f94165ae5796987bbc8d7a745b

曇りc2b2

 

■ 昨日は、下記のリストのようなことをつぶやきました。

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 バックナンバー

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■【今日は何の日】 6月22日 ■ 姫路ゆかたまつり ■ 日韓条約調印記念日  一年365日、毎日が何かの日

2021-06-22 00:03:00 | 【今日は何の日06月】

【今日は何の日】 6月22日 ■ 姫路ゆかたまつり ■ 日韓条約調印記念日

 一年365日、毎日が何かの日です。

  季節を表す日もあります。地方地方の伝統的な行事やお祭りなどもあります。誰かの誕生日かも知れません。歴史上の出来事もあります。セミナーや展示会もあります。

  これらをキーワードとして、私たちは自分の人生に、自分の仕事に、自分自身を磨くために何かを考えてみるのも良いのではないでしょうか。

  独断と偏見で、エッセー風に徒然のままに書いてみました。皆様のご参考にと毎日続けていこうと・・・というよりも、自分自身のために書いてゆきます。

   詳細 ←クリック

今日は何の日インデックス】  日付を指定して【今日は何の日】を閲覧できます

■ 日韓条約調印記念日

 日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約は、昭和40年(1965年)6月22日に日本と大韓民国との間で結ばれた条約です。通称「日韓基本条約」と呼びますので、この日を日韓条約調印記念日として制定されました。

【Wikipedia】

 日韓国交正常化交渉では、日本が朝鮮半島に残したインフラ・資産・権利を放棄・当時の韓国国家予算の2年分以上の資金提供すること、具体的には日本の生産物及び役務により、使用先は韓国経済発展に繋がるものとされ、無償3億ドル、有償2億ドル、民間借款3億ドルで、10年分割年最高5000万ドルの現物供与で、日本企業が受注し、資金は日本企業に入った。

 日韓国交樹立、日本の韓国に対する経済協力、両国間の請求権の完全かつ最終的な解決、それらに基づく日韓関係正常化などが取り決められた。韓国は日本からの受けた現物供与により浦項総合製鉄、昭陽江ダム、京釜高速道路、漢江鉄橋、嶺東火力発電所などが建設されて最貧国から一転して経済発展した 。

 韓国政府は日韓基本条約によって日本から受けた資金5億ドル(当時)(日本政府は独立の祝い金、経済協力資金であり補償、賠償ではないと国会で答弁)に含まれた個人への補償金であった無償援助3億ドル分含めて経済発展資金に回したことが発覚して2014年に裁判になったが、日韓請求権協定で受け取った資金を産業育成やインフラ整備など他の目的に使用したことについて「法律に沿うもので違法行為とは見ることはできない」などの理由で原告は棄却や敗訴している。

 逆に韓国政府や裁判所の日韓請求権協定で解決との立場を変えた判決が、2012年や2018年に韓国の最高裁から出されている。請求権協定の第1条において、無償3億ドルに等しい価値を有する「日本国の生産物及び日本人の役務」によって供与すると定められている。 


■ 姫路ゆかたまつり

 6月22日~24日まで、兵庫県姫路市の長壁神社で姫路ゆかたまつりが開催されます。

 ゆかたを着た稚児行列が、姫路城から長壁神社までの1kmの道のりを繰り歩来ます。そのほかにも、ゆかたショーを始め、郷土芸能が披露されたり、歌や踊りのイベントなどが催されたりします。

 夜には走馬灯を手にしたゆかた姿の人たちで賑わいます。

 姫路には、日本経営士協会の親しい会員(故人)がいたので何度も行っていますが、残念ながらゆかた祭にはお目にかかっていません。

長壁神社 http://www.hyogo-jinjacho.com/data/6316072.html

 当神社の御祭神二柱は、刑部親王とその王女の富姫である。今より遠く一千余年の昔、姫路域の位置する姫山に、地の神として祀られた。刑部親王は皇位継承問題に関して、藤原百川の諷言により、皇太子の地位を廃せられた方で、富姫はその皇女である。幼き頃より、永く姫山の地に住まれ、ここで逝去された。以後二人は、姫山の地の守護神として、この処に祀られた。代々の守護職、国司から厚い保護を受け、一般の人々からも厚い尊敬を受けた。 

 豊臣秀吉、池田輝政が姫路城を築き、地神様の長壁袖社は、鎮座地が城内となり、一般庶民の参拝は不可能になった。江戸時代の姫路城主、榊原政岑公は、越後の高田への転封に際し、立町の地に長壁禅社の御分霊を祀り、庶民も気楽に、ゆかた姿で祭祀に参加してよいとのお達しをした。以後、姫路の地は6月22、23、24日の夏至の日の長壁神社の祭礼の日から、ゆかたを着る慣わしとなった。姫路の町の夏の空高く神前に名物のまわりとうろうを奉献し、千軒の露店が町中をうめ、ゆかた姿の母親と幼稚園児が城内の本宮から立町長壁神社まで幼児行列を行う。


■ 【今日は何の日】その他 

◇ 徳本上人誕生

 

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