お産・育児ママネットワーク パム

皆様の周産期医療・産科医療に関するご要望、ご意見をお聞かせください。合わせて私達の活動記録です。

佐久総合病院色平ドクターより 「若月学」の継承

2006-10-26 14:03:58 | お知らせ
10月1日「どうする日本のお産in長野」を無事開催できました。ありがとうございました。
開催にあったてのご挨拶
お礼

内閣府特命担当大臣(少子化・男女共同参画担当)高市早苗大臣のHP政策を拝見し、以前私達のブログにメールを送ってくださった、佐久総合病院内科医 色平哲郎先生のコメントを思い出しました。
高市大臣の政策より抜粋 
-----in
「治療から予防へ」の潮流を推進します。
 ヒト・ゲノム解読により、個人の特性に応じた病気予防や薬の処方が可能になります。
 65歳を超えても元気に働いておられる高齢者が31.7%と日本一多い長野県では、医療費は日本一低く抑えられているそうです。長寿を喜び合える幸せな高齢化社会のモデルケースではないでしょうか。
 バイオ・医療分野の研究支援と新たな予防医学や保健指導の開発に力を入れます。
out----

→この「長野モデルの現在」について色平先生のコメント(2006 0417)
抜粋
-----in
手薄いところをどうやって補ってきたか?

民間病院が少ない分を、準公的病院がカバーしている。
厚生連病院は14ヶ所あり、全県の一般病床比率の18.4%を占め、これは秋田に次いで全国二位。
医師や看護師が少ないのに対して保健師の数は全国四位。
助産師数も八位にランクされている。
ここに「地域」と密接につながった医療の片鱗がうかがえる。
保健師が医師や看護師とともに地域のなかに入っていって、住民の保健意識を喚起し、医療情報を提供してきた。
経験を積んだ助産師が、少ない産科医の代わりにお産に立ち会ってきた。
そうしたひとつひとつの積み重ねが指標の高さに結びついている。
out---

長野県の誇れる医療体制は、地域の深い結びつきが形になったと
それを啓発しづつけた若月ドクターのご冥福をお祈りします。
    (パム 斉藤write)
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若月ドクターについて

8月31日の「朝日」県版掲載分の内容です。
8月22日に96歳で亡くなった若月俊一ドクターについて書きました
ご高覧いただければ、光栄です

信州・佐久病院にて  いろひら拝

最初にお目にかかったのは佐久総合病院研修医の採用面接でした。
大きな声で我々に質問し討議して、その場を仕切っていらっしゃいました。
 
ある当直明けの早朝、院長室に呼ばれ、えらく怒鳴られました。
なんであんなに叱られたのか、今はいい思い出となりました。
研修修了の早春、大学に戻る私は送別の宴を開いていただき、ハッパをかけられました。

家族5人で佐久地方の山中に暮らし、村の医療に取り組んで十年余。
診療中、外科医時代の先生の思い出が語られます。
明治・大正生まれの患者さんは、おなかの古い手術痕を誇らしげに披露されます。
山の村のお年寄りを見送り、先生を見送る巡り合わせになりました。
「佐久病院の昭和」が終わりました。

先生が「農民とともに」「村で病気とたたかっていた」ころ、農村は部分的にしか医療保険に守られていませんでした。
「医者どろぼう」という言葉も生きていたと伺います。
先生は全国民をカバーする皆保険制度を実現するため、必死に取り組まれました。
その皆保険がいまや空洞化し、国内に格差が拡大しつつあります。
医者が「どろぼう」と呼ばれる時代に逆戻りしてしまわないよう、未来を闘いとらねばなりません。

「予防は治療に勝る。そう我々に教えてくれたのはドクター・ワカツキ」

敬意を込めたスピーチに驚いたのは、医学生でフィリピン・マニラに滞在していた時でした。
先生が率いた農村でのプライマリーヘルスケア。
佐久病院のこの分野の実績は、世界保健機関(WHO)によるアルマアタ宣言(78年)に30年先行するパイオニアワークです。
78年、「サクのワカツキ」が世界医師会大会で演説してまいた種は、世界各国の保健活動に受け継がれました。

マニラ駐在のWHO医務官も注目し、今も途上国の若者の心に先生のメッセージを届ける金字塔になっています。
佐久では実現かなわなかった先生の「農村医科大学構想」。
レイテ島にフィリピン大学医学部分校が設立され、先生の理念は結実しました。

10年ほど前、母校での講演をお願いした時、先生はおっしゃいました。
「東大は権威主義だ、におってくるぞ」
果たしてお話しいただけるものか、心配でした。
「母なる農村を守れ」「学問を討論のなかから」「農村では、演説するな、劇をやれ」。

当時の私は先生のおっしゃること、よくわかりませんでした。
その後、地域でもまれ、先生のこと、少しは理解できるようになったかもしれません。


「キラワレルコトヲオソレズ/ドロヲカブルコトヲオソレズ」

空襲下の東京から臼田に移って六十余年。
親分肌の気配りで、一筋の道を突き進んだ先生の心意気と存在感を当地に感じます。
思想によって集めた力を、いかに政治的に使うか。
先生の孤独、困難もまた、これに尽きることでしょう。

宿題として残された「メディコポリス構想」(医療・福祉・教育などを連携し、若者の雇用を地域に確保する)実現にむけた新たな模索。
それは地域の民主化と医療の社会化を目指す運動です。
私たち後輩医師は、暮らしと仕事、技術そして文化と平和を一貫して考え抜いた「若月学」を語り継いで参ります。

(佐久総合病院内科医 色平哲郎
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産む場所がない!

2006-10-12 17:11:28 | 新聞記事
10月1日「どうする日本のお産in長野」を無事開催できました。ありがとうございました。
開催にあったてのご挨拶
お礼


<週刊朝日 6月23日号 掲載記事より>


笑止千万!「少子化対策」第1弾
猪口大臣、ご存じですか?  産む場所がない!


昨年の出生率は1.25で史上最低だったことが明らかになった。政府が次々に繰り出す対策は空振りし、少子化はますます加速するばかり。それどころか、子どもを産みたいと思っても分娩を取り扱う病院はどんどん減って、出産場所を確保するのも一苦労、という状況になっている。猪口さん、わかってるんでしょうか?



妊娠5週で予約いっぱい  里帰り出産は「お断り」


4月25日、衆議院の厚生労働委員会で、産科医療、とくに周産期医療に関する質疑が行われた。参考人として発言したのは、横浜市立大学付属市民総合医療センター(市大センター病院)の母子医療センターに勤める奥田美加医師だ。

同センターは、新生児集中治療室(NICU)や救命救急センターを持ち、妊娠中から分娩、そして生まれた赤ちゃんのあらゆるトラブルに対応できる高度な施設だ。大学病院の付属施設で医学生の教育に必要なため、正常分娩の予約も受け入れている。また、ユニセフと世界保健機関(WHO)から「赤ちゃんにやさしい病院(Baby Friendly Hospital=略称BFH)に認定されている、国内40病院の一つでもある。

奥田医師は委員会で、母子医療センターに健診や出産を希望する妊婦が集中しているにもかかわらず、慢性的に産科医が不足し、医師たちがほとんど休めないという過酷な状況にあることなどを克明に証言した。
「限界以上の分娩件数をこなしているのが現状」
「当直医は36時間連続勤務も通常のこと」
「小学1年になる息子の起きている姿を何日も見ないのはしょっちゅうです」そのなかに、こんな発言があった。
「この一年程度で、周辺の分娩取り扱い施設が相次いで分娩を取りやめました。その影響で、『分娩予約』が殺到し、あっという間に枠がいっぱいになります」
「分娩予約」とは、妊娠した後、「この病院で出産します」と出産の申し込み予約をすることだ。病院側であらかじめ必要なベッド数を抑える都合などもあることから、現在、ほとんどの出産施設で、この「分娩予約」が必要となっている。
その「予約枠」が母子医療センターではすぐに埋まってしまうというのだ。

どれくらい「すぐ」なのか。実際に5月17日、同センターで出産できるかどうか、電話で問い合わせてみたある女性は、
「申し訳ありません。今お受けできるのは最終月経が4月11日以降の方です」
と言われて、絶句したという。最終月経が4月11日といえば、まだ妊娠5週。エコーを使っても胎嚢(たいのう=赤ちゃんの入っている袋)を確認できるかどうかという段階だ。つまり、生理が1週間遅れてから受診したのでは、もう遅いということになる。

同センターに予約が集中しているのは、奥田医師が厚生労働委員会で証言したとおり、周辺の地域でここ数年、分娩の取り扱いをやめる病院が相次いでいることも大きな原因だ。

隣接する神奈川県横須賀市では2年前、年間1千件近くの出産を扱っていた総合病院が分娩を扱わなくなった。さらに今年10月からは、妊婦に人気のあるもうひとつの大きな総合病院でも出産を取り扱わなくなることが決まっているため、それ以降、市内で出産できるのは病院3施設、助産院1施設になる。

鎌倉市ではさらに少ない。今年の春から1病院で分娩を扱わなくなったため、分娩できる施設はついに市内に1カ所だけになってしまった。

横須賀市に住み、最近出産したばかりの20代半ばの母親3人に話を聞いた。3人はいずれも、市内で出産できる病院が減った影響を受けていた。

Aさんは1人目を産んだ病院で、2人目も産むつもりだった。ところが2人目を妊娠して病院に行くと、分娩を取り扱わなくなってしまっていた。周囲の人に聞くなどして、なんとか助産院を探し出した。
「いい助産院なので、結果的にはそこでの出産はよかったのですが、最初は産む場所が見つからないのではと焦りましたね」


「安心して安く産みたいのに」


Bさんは、2人目を妊娠中、前置胎盤であることがわかった。本来子宮の奥の方についている胎盤が、子宮口の近くについている症状で、妊娠中や出産時に大出血のおそれがある。

市内の病院で経過をみていたところ、妊娠6ヶ月過ぎに出血があった。万が一そのまま出産することになれば、まだ1,000㌘にも満たない赤ちゃんはもちろん、母体も危険だ。

通っていた病院にNICUはなく、市内にある別の2病院のNICUもいっぱいで入れない。仕方なく約20㌔離れた藤沢市内の病院まで救急車で搬送された。容体が安定するまで2ヶ月入院し、再度、横須賀市内のNICUのある病院に転院。無事出産した。
「子供も私も無事だったからよかったですが、藤沢の病院は遠くて、家族に来てもらうのが大変でした」

Cさんの子どもは1人。Aさんが第1子を産んだ病院で産むつもりだったが、やはりそこが出産を扱わなくなったことから、市内の別の病院で産んだ。
「本当は3人は産みたい」
というCさん。それを聞いたAさん、「そうね、3人は欲しいよね」とうなずきながら、こう話した。
「でも、分娩予約を取るのさえ大変だってわかっているから・・・・・。少なくとも今のままの状態では、ここで3人産むのは難しいと思っています」
Bさんも訴える。
「市内にもっとNICUの数が増えて、遠くに行かなくても安全に産めるようになれば産めるかもしれないけど、安心してしかも安く産めるところがなければ、これ以上は産めない・・・・・」

神奈川県内の出産施設を調べ、2002年に『わたしのお産』という本を出版した「お産情報をまとめる会」の西井紀代子さん(横浜市在住)のところには、今も読者からときどき、
「○○病院では、おさんをやっていませんでしたよ」
といった情報が届く。西井さんは、
「私たちが調査した時よりも、病院の数がどんどん減っていると肌で感じる」
という。

分娩を取り扱う施設が減少しているのは、もちろんこの地域だけではない。

厚生労働省の調査では、産婦人科・産科のある医療施設は1989年に全国で2452施設。それが2004年には1666施設と、786施設も減少した。15年間で3分の2になってしまったわけだ。

朝日新聞の調査では、分娩施設の減少は全国的な傾向で、特に東北、中部、近畿、九州などの地方に目立っている。

病院の規模で見ると、病床数の多い病院が分娩の取り扱いを中止する例が少なくない。国立病院機構の水戸医療センターでは2006年4月から分娩取り扱いを中止。京都府の舞鶴医療センターも2005年1月から中止した。都市近郊の公立病院でも、埼玉県の草加市立病院で、医師が確保できないとして今年3月15日から分娩を休止。関西では大阪市立北市民病院、兵庫県の西宮市立中央病院などで、同様に分娩の取り扱いをやめた。中核病院が、急に、「出産は取り扱いません」と決める影響は、地域にとって計り知れないだろう。

「分娩予約」が取りにくいのも全国的な傾向だ。インターネットで「分娩予約」を検索してみると、すでに年内から来年1月ごろまでの分娩予約の受付を締め切っている病院がすぐに見つかる。冒頭の横浜市大センター病院だけが特別ではないことがわかる。

分娩予約が早い時期に締め切られることで最も困るのは、夫の転勤などで予定日間近になって転居する人や、里帰り出産を希望する人だ。受け入れ先はなかなか見つからない。


生まれる前から「早いもの勝ち」


横須賀市保健所によると、「産む場所がない!」と困った様子で問い合わせてくる人の中で最も多いのは、その二つだという。
「市民でさえ満足に病院を確保できないほどなので、ここでは里帰り出産は難しいのが現状。問い合わせを受けた病院では『居住地でお産みになったほうがいいのでは?』とやんわりお断りしているという話も聞きます」(横須賀市関係者)

生まれる前から「早いもの勝ち」の競争社会に赤ちゃんを巻き込んでいるようで心苦しい。だが、これが現実だ。出産する病院の決定を先延ばしにしていたら、産む場所が見つからない「出産難民」になってしまう。最後まで入院先が見つからなければ、出産間際に救急車でかつぎ込まれた病院で出産する人が増えることにもなるのでは・・・・・。

いや、これは決して冗談ではない。
「最近では、経済的な理由などから、妊娠しても一度も産婦人科を受診せず、陣痛がきてから慌てて救急車を呼んで、病院に担ぎ込まれるケースも増えてきています」(医療関係者)

出産施設がこれだけ減っているのに、病床からあぶれる妊婦があまり問題になっていないのは、皮肉な話だが「少子化」で出産数そのものが減少し続けているからかもしれない。

6月1日、厚生労働省が発表した2005年の合計特殊出生率は1.25。前年から0.04ポイントも下回り、過去最低の数字となった。わずか半月ほど前に、川崎二郎・厚労相が唱えた年金制度を保つための目標数字「1.39」に近づくどころか、ますます差が開いたわけだ。

猪口邦子・少子化担当相が5月18日に発表した「新たな少子化対策について」の案では、妊娠から出産までの対策として、大臣がかねて唱えている「出産無料化」のほか、「妊娠中の健診費用の軽減と食育指導」「不妊治療に対する公的助成の拡大」「産科医の確保」などが掲げられた。

食育指導は大切だが、いまさら国の少子化対策に掲げる必要があるのだろうか。「産科医の確保」は具体的にどのようにするのか。
「子どもを産もうにも、産む場所を探すところから苦労する」という現状とはあまりにかけ離れている。少子化解消に効果があるとはとうてい思えない。

横須賀で出会った3人の母親のように「もっと産みたい」と思う人が気軽に家の近くで出産し、「産んでよかった」と思えるようにするには、まず国が「安心して出産できる場所」を具体的に確保していかなければ、もはや無理なのではないだろうか。                  
                            【猪熊 弘子】
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県内18病院で21科が休廃止

2006-10-11 16:29:51 | 新聞記事
10月1日「どうする日本のお産in長野」を無事開催できました。ありがとうございました。
開催にあったてのご挨拶
お礼

<朝日新聞 10月11日 長野版掲載記事より引用>


県内18病院で21科が休廃止 半数が産科


県内138病院のうち医師不足のために診療科の休廃止の影響が出ているのは18病院21診療科で、その半数が、特に医師不足が深刻とされる産科であることが10日の県議会で分かった。小池清氏(自民)の一般質問に、村井知事は「医師確保の抜本的な解決策を国に要請するとともに、県でも努力したい」と答えた。

県は昨年から医師会や市町村などで構成する地域医療対策協議会で対応を話し合い、指定した医療機関で一定期間働くことを条件に、医学生15人に修学資金の貸与を今年度から始めた。また、産科・小児科の集約化などを協議する専門家の検討会設置を決めている。

県議会では、高山一郎衛生部長が医師の充足状況について、医療法の標準数を昨年度24病院(17.4%)が下回っていることも明らかにした。医師の不足数は推計で29人という。高山部長は「産科、小児科には数字以上の不足感があると認識している」と述べた。
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どうする?日本のお産 上田でディスカッション大会

2006-10-11 16:10:33 | 新聞記事
10月1日「どうする日本のお産in長野」を無事開催できました。ありがとうございました。
開催にあったてのご挨拶
お礼

信州民報 10月4日(水)掲載記事

どうする?日本のお産 上田市でディスカッション大会大会
出産育児ママネットワーク パム主催

産科・産院が減っていく。だったら考えよう!わたしたちが明日からできることー。
1日、『どうする?日本のお産in長野 ディスカッション大会』が上田市の上野が丘公民館で開催された。

「市産院問題は解決していない。二次医療の受け入れ場所がない」

同大会は全国的な産科医局の不足を受け、「どうする?日本のお産」プロジェクト(熊手麻希子代表)が主催。母親、産婦人科医、助産師などの有志により横浜、仙台、北海道など全国リレーで開催され長野会場は、6箇所めになる。長野大会は産院存続運動をきっかけに生まれた、出産育児ママネットワークパム(鷲巣志保リーダ)が主催した。
ふれあいホスピタルの産婦人科医・早乙女智子医師は、重労働により産科医が急速に減少していることなど、全国的な「産科産院、産科医療の現状」を説明。パムの村松純子さんと信大医学部の金井誠医師が「県内の産科医療の現状」として、この5年間で23施設が分娩の取り扱いを中止したこと(1年以内では11施設)や、今後の、常勤産科医の減少の可能性などを伝えた。
全体ディスカッションでは、「妊婦の不安を受け止めてあげたい」(佐久穂の助産師)「子供が産める健康な体作りが必要」(長野市の女性)「産科医療の集約化により点滴で出産をコントロールされ、質問も予約制になり、心あるお産から遠ざかってしまうのでは」(茅野市の女性)と心配する声が。市内の母親は「市産院問題は解決していない。二次医療の受け入れ場所がない。市民は長野病院をどうしていくべきか声を大にするべきだ」と、出産に緊急時などに、長野病院の麻酔科医ゼロということの不安を訴えた。
 飯田市立病院の男性医師は「この頃分娩が3倍に増えたが、体制を整えれば大変じゃない。産科、産院が減っても産科医はそこにいる。バラバラに悩むのではなく協力し合えば可能性はある」と力強く言い切り、前向きな意見に大きな拍手が沸いた。大会は女性に混じり、男性の参加者の姿も目立ち、幼児たちが騒ぐ和やかな意見発表会になった。
 熊手さんは「産科医、助産師、母親など、立場の違う人が話すことが当然になるようにしていきたい。両者の声が響きあわなきゃダメ。また行政にも、こうして欲しいだけではなく自分は何をするか、何をできるかに気づくことが大切」と、会の目的を話した。そして安心しておさんができるためには「質の高い助産師を増やすこと。病院内の助産師がもっと腕を上げて、産科医の仕事を助ければ医師も楽になる。それと基幹病院のバックアップ体制が必要」と話していた。

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お産の課題上田で議論

2006-10-04 06:02:51 | 新聞記事
2006年10月2日(月)信濃毎日新聞朝刊 地域 東信版

◆お産の課題上田で議論

◆母親・医療関係者ら100人参加

◆社会の支え求める声


 上田市の上野が丘公民館で一日、全国各地でリレー開催している「どうする?日本のお産in長野 ディスカッション大会」が開かれた。上田市産院の存続運動がきっかけで発足した「出産育児ママネットワーク・パム」(鷲巣志保リーダー)の主催。母親や医療関係者ら約百人が参加し、産科医療の課題や、安心できるお産に向けた支援体制を話し合った。

 横浜市の産婦人科医、早乙女智子さんは、産科・周産期医療訴訟が多く、賠償も高額化し、激務の産科医が減少、「急速に産める場所が減っている」と全国的な状況を訴えた。

 全体ディスカッションで、上田市の女性は「上田市産院が存続したから問題が解決したわけではない。地域の二次医療が不安」と、存続後の確かな将来像が求められている現状を指摘。佐久市の女性医師は「医者や医師会にどういうことをして欲しいか聞かせてもらいたい」と語り掛けた。佐久穂町の助産師は「地域の中でどれだけお母さんの不安を受け止められるか」と助産師の役割がますます重要になってくるとの認識を示した。

 少人数のグループディスカッションでは、お産をする母親への支援、産科医を増やす為の課題などについて意見交換。

 出産経験がある母親からは「企業が夫を家に(早く)帰す」「最終電車の時刻を午後十時に(早める)」といった社会全体の支えが欠かせないとの声が出た。産科医を増やす為の方策として「産科医が高校に出向き、仕事の体験を話す」との提案もあった。

 大会は「どうする?日本のお産」プロジェクト(熊手麻紀子代表)の企画で五月に横浜を皮切りに始まり、計九ヵ所で予定。長野大会は六ヵ所目となった。会場には託児所が設けられ、子供たちの笑い声や泣き声が響く和やかな雰囲気の中で行われた。

以上
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どうする?諸連絡です。

2006-10-03 21:10:37 | お知らせ

ひとつめ。
どうする?長野大会の概略を長野市のうむうむネット~お産を語る会~の宇敷さんが
早々に報告してくれています。
いつも速いお仕事感心致します。ありがとう!
うむうむネット

ふたつめ。
今回は事前申し込みを大きく上回る方のご参加を頂きました。
楽屋裏でうれしい悲鳴をあげていたのですが、聞こえましたか?
さて、予想以上ということで資料も不足してしまいました。
当日ご参加いただき、下記に当てはまる方はお手数ですが
こちらまでご連絡をお願いします。→mail to keep-s@goo.jp
◆資料をもらえなかった。
◆早乙女先生の資料が7ページ分ではなかった。足りなかった。
折り返し、お送りいたします。
なお、ご参加いただけなかった方も、必要な場合はご連絡ください。
その場合送料はご負担いただくことになります。
(ご参加いただいた方は会場にて資料代を頂いておりますので無料です。)

みっつめ。
今回はご夫婦で参加いただいた方もいらっしゃり、うれしかったです。
ご家族でこれからのこと、いろいろなこと資料をもう一度紐解きながら
お話し合いしていただけるとうれしいですね。
「愛」をこめた会話が16分以上続くことを祈って。
(ある学者さんの研究結果だそうです)
そして、妊婦さん、お母さん、そしてみなさん。
御世話になっている方々に「ありがとう」を伝えてますか?
疲れを癒す魔法の言葉です。

それでは、詳細内容が挙がりましたらまたブログにてご報告いたします。
Write By よことんとん


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どうする?日本のお産 in 長野大会 無事終えました。

2006-10-03 20:26:05 | お礼

10月1日(日)どうする日本のお産in長野 ディスカッション大会 ご報告&御礼


「どうする?産科産院が減っていく だったら考えよう!わた
したちが明日からできること」

をメインテーマに上田市上野が丘公民館において5時間を越える
ディスカッション大会は盛会の内に終了することができました。

皆様には、お忙しい中、長時間の大会にご参加いただきありがとうございました。
一般参加者、医療者、行政、報道など多彩でかつ予想を上回る100名を越える
皆様にご参加いただき、白熱のディスカッションとなったこと、心から嬉しく思います。
ディスカッションの詳細内容については後日HPに掲示いたします。

以下、今回の長野大会チーフ、斎藤のコメントです。
……………in

この大会で、朝方緊張されていたそれぞれの方が、(私もその
一人)心を開き、個々に意見を述べてくれました。だんだんと
、皆さんから笑みがこぼれ心が暖かくなる、会場の雰囲気も一
体化し、暖かい空気となりました。これこそ、熊手マジックですね!!
皆さんそろぞれの立場で、自らの力が芽生えたそんなときにな
ってくれたのではと自負しています。

私も
「しっかり朝食を作ろう」
「自分達の経験したお産を伝え、女性のすばらしい力、未知な
る力・素敵な力を出し切って、勇気をもってお産に向かおう」
って、沢山の妊婦さん、これから産む人たち、そして子ども達
に伝え・言い続けていこう これが私達母のできること。
最後に「いい」「わるい」はこの自分の心が決めること。
祈る心をもって、生きていこうと考えました。
私達実行委員会は、この大会により、母とし、女性としてと
ても成長する、いい体験をさせていただきました。
これで終わりではありません。
声を出し続けていくこと これが私達のできることです。

そして、私はこう強く思います。
この会の趣旨・想いを伝えることで、当日都合が悪く参加いた
だけなくても、それが意義あることだと。伝えることで、未来
が少しずつ見えてきました。

     長野大会チーフ 斎藤
……………over

ご参加いただいた皆さん
さまざま場面でご協力いただいた皆さん
本当にありがとうございました。

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