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脅威と同盟から日本の安全保障政策を考える

2017年05月23日 | 研究活動
日本の安全保障政策について、特に近年、さまざまな論争がまきおこっているようです。私は、理論と根拠に基づいた議論(evidence-based arguments)が、安保論争にもっと導入されてよいと思っています。もちろん、そうした主張がないわけではありません。ただ、日本の戦後の安全保障政策は、歴史的アプローチから綿密に研究されている一方、理論的なアプローチからの研究が、日本(語)では少ないようです。

こうした日本の安全保障研究の不足を埋める、注目すべき論文が発表されましたので紹介します。ニコラス・アンダーソン氏(エール大学博士候補)による「無政府状態下の脅威と覇権国による再保証―日本の戦後安全保障政策―」です(Nicholas D. Anderson, “Anarchic threats and hegemonic assurances: Japan’s security production in the postwar era,” International Relations of the Asia-Pacific, Vol. 17, No. 1, 2017, pp. 101-135).

アンダーソン氏によれば、日本の安全保障政策は、「東アジア地域における脅威」と「同盟国である米国からの安全保障の提供(=「再保証」)」に大きく影響されます。そして、この仮説を戦後日本の安全保障政策の変遷を通じて論証しています。すなわち、国外からの脅威が低く、米国からの同盟コミットメントが強ければ、日本はほどほどの安全保障政策をとるが、逆に脅威が強くなり、米国の同盟コミットメントが弱まれば、現在の日本がそうであるように、安全保障に力を入れざるを得なくなるということです。

他方、首相のリーダシップや平和国家のアイデンティティなどの要因は、確かに無視できない影響はあるものの、これらで戦後日本の安全保障政策の移り変わりを説明するには無理があると彼は結論づけています。

この研究成果が正しいとするならば、その政策上の含意は深いと言えるでしょう。日本は別に「特異な国家」ではなく、国際環境の変化に合理的に対応する「単一のアクター」として捉えればよいということです。そして、日本を「単一の合理的国家」として扱う理論的アプローチは、社会科学の「王道」に基づくものです。

この「王道」の源泉は「統計学」です。私は、日本の安全保障政策を論じる際、もっと「統計学のロジック」を活用すべきだと思っています。これは数学的手法を用いるべきという意味ではありません。では、「統計学のロジック」とは何でしょうか。ある図書から引用します。

「統計学者は(大半の人と)どこが違うのか。第一の違いはデータの見方だ。大半の人は予想外のパターンだけに注目しがちだが、統計学者はそれらのパターンを背景のなかで評価しようとする」(カイザー・ファング、矢羽野薫訳『ヤバい統計学』阪急コミュニケーションズ、2011年、248ページ)。

つまり、日本の安全保障政策にもパターンがあり、現在の日本政府の政策も、そのパターンに当てはまるのではないか、ということです。そうであれば、「外的脅威」と「同盟コミットメント」の要因から日本の安全保障を分析して評価したほうが(そして、政治指導者の個性や信条などを過大評価しない方が)、政策議論はより実りあるものになると思うのですが、いかがでしょうか。

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