明らかに怒っていたのだと思う。モルディブ諸島のとある島、子どもを小脇に抱きかかえた女性。鮮やかな濃い緑の地に大きな花模様のある民族衣服を身に着けていた。目が合って
その瞳の強さと、母親の存在感に惹きつけられた。思わずカメラを向けた。近い距離、目がまっすぐこちらを見据えている。抱えられた子どもは母親にすがっている。一瞬迷ったが
シャッターを切った。握手はもちろん、ありがとうの一声も言えないような空気がそこにたちこめた。そこから黙って去るしかなかった。どやどやとたくさんのカメラを抱えた集団
がその島をいっとき、嵐のように通り過ぎたに違いない。私もそのなかの一人だった。アマチュアカメラマンの、切り捨てごめん、とでもいえるような行動だったろうか。人物は隠
し撮りがいいと、同行者に教えられた。でも、余りにもひきょう、だと思えた。こちらの存在を相手に示してシャッターを押すべき、と考えていた。でも、大差ない。オーケーも
とらないでシャッターを押したのだから...切り捨てごめん、にちがいない。その写真を見るたび、母親の射るようなまなざしが突き刺さってくる。ニコニコ笑ってくれる顔写真は
作品にはならずに記念写真になるが、この母子の写真は、人物の性格のようなものをとらえたという点では、作品とよべるものであったかもしれない。でも、子どもを守るように
真っ直ぐにこちらに対峙した母親の姿に、母親になった経験のない私は、完全に、負けたような気がした。人と話すことが苦手なのに、人物の写真を撮ろうとして、かなり、無理
をしていた。苦手なことを克服しようと、自分を追い込んでいた。 (1982 モルディブ 撮影の旅より)
フォト 2010