藤岡和美(フジさん)’s Life

ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。また、花は半開にて足る。ここに趣あり。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

【3月26日(木)】 石川嘉延静岡県知事、お疲れ様でした。

2009年03月26日 | 雑記帳(好きなことを書きます)
 かえん(嘉延)さんが辞めるらしいとのことは伺っていましたが、昨日の記者会見でその旨表明されました。報道以上の事情は分かりませんが、お疲れ様でした。

 静岡県知事の石川嘉延氏を昔から知る者は、親しみを込めて名前を音読みで「かえん」さんと呼んでいます。剣道(東大剣道部出身)を好み、その影響なのでしょうか背筋の通った姿勢で人に接し、いつもニコニコと笑顔を絶やさず話をされていました。笑顔の似合う人です。

 40数年前、自治省(現在の総務省)から三重県庁に出向したご縁で親しくさせて頂いていました。石川氏は、自治省入省後直ぐに、いわゆる平職員として三重県職員となりました。この時代は、若くして地方へ出向する国家公務員上級職(甲)での入省者を「雇い」と呼び、プロパー職員ともその時々を楽しんで仕事に遊びに全力投球していました。

 自治省出身者が地方に出たときの教訓として「3惚れ主義(仕事に惚れよ。任地に惚れよ。女房に惚れよ。)」という言葉があります。大学を卒業して直ぐの三重県への出向であり当時は独身でしたが、三重県での出向中に結婚されました。

 そのお相手は、当時、同じく自治省からの出向組で三重県の課長職に就任していました片山虎之助氏(元自民党参議院幹事長)の奥さんの妹さんです。片山氏の紹介で結婚されました。お二人は、司葉子似の美人姉妹です。

 そのご縁で、私は昭和51年の三重県東京事務所勤務以降、片山氏、石川氏とは親密にお付き合いをさせて頂いていました。東京事務所発行の「三重県エクスプレス」を霞ヶ関の勤務先に届けて共通の話題から入って情報収集した記憶が多くあります。今は、片山氏は消防協会長の要職にあり、次期の参議院議員選挙に出馬予定とのことです。

 石川氏におかれては、静岡県知事として任期間近とはいえ、その身の処し方は天晴れというべきです。想い出多い「かえん」さんですが、この機に責任を取る形で辞職するようです。日頃の言動からも、この決断には「武士道」の心をみました。

 私も含めて三者三様ですが、お互いいろいろなことがあります。

 25日の時事通信の記事です。

 タイトル「静岡知事が辞職表明=空港立ち木問題で引責」

 『静岡県の石川嘉延知事は25日記者会見し、静岡空港(同県島田市、牧之原市)西側の私有地に航空法の高さ制限を超える立ち木が残され、滑走路が短縮されて開港が延期となった問題の責任を取り、任期途中で辞職する意向を表明した。

 石川知事は同日午後に開いた会見で、「空港をきちんと完成させることがわたしの使命と考えた。地権者からの(辞職などの)条件を全面的に受け入れる」と述べた。

 同空港の滑走路は本来2500メートルだが、県の土地収用作業のミスにより西側私有地に残された航空法の制限を超える高さの立ち木や土地が障害となり、暫定的に2200メートルに短縮して運用することを余儀なくされた。短縮工事のため、当初3月を予定していた開港は6月に延期となった。2500メートル滑走路での完全運用のためには、地権者から除去の同意を得る必要があったが、交渉は難航。地権者は、除去の条件として、知事の辞職を求めており、要求に応じた形だ。

 石川知事は1月末、一連の問題の責任を取るとして自身の給与カットを表明するとともに、空港の完全運用を自らの政治責任と位置付け、地権者から除去の同意を得られない場合、民事訴訟を提起して強制除去を目指すとしていた。しかし、訴訟を起こしても確定までには少なくとも数年掛かる上、県議会与党の自民党からも知事に対する反発が高まっていた。

 石川知事は1964年自治省(現総務省)入省。静岡県総務部長、自治省公務員部長などを経て93年知事に初当選し現在4期目。7月末に任期満了を迎えるところだった。

 私有地地権者の男性(49)は取材に対し、「(会見の)内容を確認しないと正式なコメントはできないが、責任を明確にした上で、辞職するならば(立ち木の)除去には応じる」と話した。』 

コメント