大河ドラマ「べらぼう」のお蔭で、
江戸中期から後期の文化について
たくさんの講座が開かれています。
その一つですが、
今回教えられたのは、
この時代、太平の世で、武士は、戦の備えをする必要がほぼなくなり、
文武両道、高潔な品性、、、、が忘れられてきていた。
そこへ、田沼意次の失脚、
蔦屋重三郎も、お咎めあり・財産没収になる。
***解説より****
天明の時代、松平定信の寛政の改革が始まると、
武士が狂歌や戯作を作りにくくなり、
太田南畝、朋誠堂喜三二、恋川春町らが引退。
すると蔦屋重三郎は鶴屋喜右衛門とともに
町人作家・山東京伝を専属に抱え、その人気を高めていきます。
また町人や農民の間にも学問への関心が広まると、
道徳や教訓を絵で解説した黄表紙「心学早染草」を出版。
新興の名古屋の書店と連携し本居宣長の本を江戸で売るなど、
新たな市場を開拓し続けました。
*******
とにかく蔦屋重三郎は、決してあきらめない。
市場調査を綿密にして、新たな販路を切り開く。
このとき、農民、町民に知識欲が広がり、
寺子屋や、藩校による、識字率の高まりは、
後の、農民から武士への憧れをもった
近藤勇、土方歳三ら、新選組へと流れていく、
その発端のような気がしました。
松平定信が、とても優秀で、改革者とは聞いて(知って)
いましたが、
寛政の改革、、、調べてみたくなりました。
歴女のはしりなので・・・・・

松平定信 殿 (無料画像をお借りしました)
「べらぼう」では、大きく成長した 寺田心君が演じます。
「女城主直虎」で、虎松の幼少期を演じていた可愛い子。





