風の詩(kazenouta)2

いつも喜び、たえず祈り、すべてを感謝する
そのような日々を過ごしたい。

近江兄弟社  メレル・満喜子・ヴォーリズ 

2022-09-26 19:22:11 | 

  蓮 (親愛なる教え子 杉浦譲治君からお借りしました)

   蓮の種・・・どこに植えるのか。

 

『負けんとき』 玉岡かおる作  上下巻、読み終えました。

 

いままで、ヴォーリズの建築(関西学院大学・神戸女学院など近くにもある)のこと、

メンソレータムの販売をしていた近江兄弟社、

それくらいは知っていましたが、この度、詳しくその生涯と、妻の一柳満喜子のことを知りました。

 

宣教師としての召命を受け、明治38年(1905年)に、YMCAから日本に派遣されたのが、

滋賀県の近江八幡市。2月八幡駅に降り立ったメレル・ヴォーリズは、24歳。

組織(教団)から給与をもらってではなく、自分で働いて自給自足しての伝道者。

 メンソレータムの創設者から認められて、日本での販売権を譲り受けた。

  「近江のからし種」という機関誌を発行し、アメリカの知人からの寄付もたくさんあった。

メレルの目的は、宣教・この地に福音の種をまくこと。

 建築家としての仕事は、伝道をするための手段の一つにすぎなかった。

近江八幡の人と自然を愛し、日本に帰化して、骨をこの地に埋めることになる。

 (両親をアメリカから呼び寄せて、両親もこの地に眠る)

苦しみも喜びにかえる力は、神さまへの信仰からいただく。

第第2次世界大戦を耐え、GHQのパートレット少佐(マッカーサーの副官で、幼馴染)に要請され

ヴォーリズ・ファイルを残す(=天皇制の存続を勧める文書)

 1964年にメレルは、眠りにつく(83歳)

 妻の滿喜子は、その5年後1969年に眠りにつく。(85歳)

  1974(昭和49)年に、メンソレータムの近江兄弟社は、倒産しました。

  どうしてかなあ、、、と思っていたのですが、結局、ヴォーリズ夫妻が亡くなり、

  その目的が、「福音の種まき」=宣教ではなく、営利企業になってしまったことが原因だろうと

  この本を読んで思いました。

 

一柳滿喜子のことを書くと、長くなってしまいます。

兵庫県の小野藩主の娘として生まれたお姫様(華族)であったこと。

 九鬼家のゆかり。(血縁あり)

 (メレルとの結婚のため、平民になりました。)

大山捨松の親友(アメリカでお世話になった家の娘)、アリス・ベーコンに教えを受け、養子にまでなったこと。

廣岡浅子を、浅子ママと呼ぶほどに、お世話になった。

  負けんとき・・・は、浅子の言葉

 滿喜子の実兄が、浅子の娘の婿になったというご縁。

  メレルと滿喜子の結婚式も廣岡浅子がしきった

 朝ドラ「朝が来た」の主人公廣岡浅子は、クリスチャンだったのですね。

 

上巻の最初から出てくる{独楽・コマ)が、最後まで、重要なものになる。

近江兄弟社学園は、幼稚園から高校までの一貫校で、現在も存続している。

一柳米来留(メレル)ヴォーリズの妻、滿喜子は、教育者として、

すべての子どもへ教育の平等を目指し、それを貫いた。

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「人間を育てる事業を、ただの金儲けの事業と一緒にするのは間違っています。

経営困難を理由に理想の追求を放棄するのは、お金に屈したのも同じでしょう。」

「移り行く時代、変わりゆく心、それがこの世のならいであったとしても、

それでも微動だにせぬものがあることを、滿喜子は伝えたかった。

・・・心は琵琶湖の湖面のように晴れやかだった。」

 という文章が下巻の307ページにあります。

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 天地を創造された神を信じる二人の生きざまは、本当に素晴らしい。

   「負けんとき」は、勝たなくてもいい、でも負けないで!!という心。

 彼岸花 (親愛なる教え子 杉浦譲治君からお借りしました)

  いつも素敵なお写真をありがとうございます。

 

 

 

 


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