アナザーストーリーズも録画しています
でもなかなか見る時間がありませんでした。
昨日何気なく開いたら
小澤征爾さんを追悼する番組のようで
1978年6月14日に悲願だった中国での演奏会が
開催される様子を撮った映像が流れました。
小澤征爾さんは、1935年に中国の奉天で生まれ
その後すぐ北京で5歳までを過ごした。
お父さんは歯医者さんで、日中友好のためにと
中国へ行った
しかし、だんだん日本の軍部のやり方に疑問を持ち
雑誌に記事を書いたりしておられた。
だから、中国での演奏会は、お詫びの旅だという。
1966年から1976年までの文化対革命で
中国の中央楽団は、地獄の経験をする。
西洋音楽は禁止。
演奏会にどんな曲を選ぶか・・・・
初めは楽譜もなく、楽器もなく、
あったのは古い楽譜、ブラームスの交響曲2番だった。
小澤さんの指揮に、中央楽団の人は、天国の風を感じたと言う
《魂で奏でる》42歳の小澤征爾さんの指揮はまさにそうだった。
春風のような息吹・・・・
小澤征爾さんの目から大粒の涙がこぼれる
お父さんの写真を譜面台の上に置いて演奏する。
お母さんや兄弟と共にかつての自宅を訪ねた。
柱の傷をみて、「残ってるね、にいちゃん」と声を出した
その時28歳だったタン・ムハイさんは、
自分も国際的な指揮者になることを決心した。
音楽は国境を越える
生きていることを実感した1日
彼はその後ドイツに留学して、世界的な指揮者になった
当時17歳の女の子だったジャン・ジェンホワさんは
小澤さんの前で、二胡を演奏したという。
そのときすすり泣きが聞こえてきた(小澤征爾さんが泣いていた)
言葉が通じなくても 心は通じます
人生の転換点でした
その後彼女は、小澤さんの招きでアメリカで演奏し、
中国の二胡という楽器のすばらしさを紹介した
いまは音楽院の教授。
この時の演奏会は、小澤征爾さんにとって
人生の宝物だという。
音楽を愛し、音楽に愛された人…という言葉を
どこかで聴きました。
世界の小澤と言われるマエストロを
敬愛する人は、世界中にいることを知りました。

水仙の花 (野口勝利さんからお借りしました)
水仙が好きだと言った友を思い出します。

