人出が多いのは嫌、などと言いながらも、GWに大阪まで行って来た。
息子がGWに別府温泉にでも行かん?と言ってきたのが事の発端で、そんな人の多い時に行かなくても…と反対した手前、こちらから息子の所へ遊びに行く事になったのだ。
息子が温泉を提案してきてすぐにあの地震が起きたので、計画していても実現しなかっただろうが、せっかく言ってくれたのに愛想のない親だと反省し、孫の顔も見たいので出かける事にしたのだ。
娘婿は仕事、連れ合いは義姉の事があるのでお留守番。
娘と孫君と三人での小旅行である。
GWが始まってすぐの5月1日の朝早い新幹線で、娘は帰りは指定を取ったけれど、行きは自由だと言う。
「え~っ?自由って座れるの?」
娘は「大丈夫!この便なら絶対自由の方が良いの」と言うが、GWではないか、絶対に多いに決まっていると内心少なからず不満だった。
早めに着いた駅のホームはガラガラで、自由席でも三人掛けがゆとりで座れた。
老いては子に従え…である。指定では孫君の席は取れないものな…と納得した。
新大阪で迎えに来てくれた息子一家と合流して
大型商業施設(名前がわからない)へ行った。
息子夫婦には秋に二人目が出来る。それでだろうか嫁は以前よりもますます何もかも息子任せになっているのが、ついつい気にかかる(嫌な姑だ)
子供の面倒は以前からだが息子がすべてみていて、今回も嫁は自分の買い物の為に自由行動である。
食事の時も、嫁はマイペースで食べ、孫の食事の世話は息子がしている。
娘に言うと、いいじゃないのあれでうまく行ってるんだから、と軽く流された。
息子のマンションに泊ったが、ホテルに泊まると言うのを、そんなもったいない!家に泊れば良いと言ってくれたのはどうやら嫁の方らしい。
時々こういう所があって憎めない嫁である。
それが嬉しくて次の日に行く「USJ」のチケットはば~ばが奢る事にする。
息子は伊丹で新築だが手頃なマンションを購入している。嫁は綺麗好きなようで、台所やお風呂、トイレに至るまで、センス良く、きちんと整頓されている。
まあ、これはこれで息子にとっては幸せなのかもわからない。何かにつけてかかあ殿下の嫁の尻に敷かれているように思える息子を気遣う母は無理やりにそう思う。
私が嫁の事を悪く言うと、娘はいつも嫁をかばう。小姑が嫁の味方なのを本当は嬉しく思ってもいる。
姉弟がそれぞれの子供を抱いて前を歩いている。二人とも楽しそうに笑いながら。
それは私がずっと昔に思い描いていた幸せの構図なのかもわからない。
子等の背は昔の我が背風薫る
伊勢志摩サミットの後、かねてより取りざたされていたオバマ大統領の広島訪問が実現される。
広島市民としては本当に嬉しい事だと思う。
たった一つの原子爆弾がどれほどの威力を持って、ひとつの市を壊滅状態に陥れたのか。
その恐ろしさをぜひ観て感じて欲しい。
そしてそれを全世界に向けて発信して欲しい。
この大統領の広島訪問の目的は謝罪などではない。
謝罪しなくてはいけないのは我々すべての人間である。
戦争は愚かな事だとわかっているのに、いまだに世界のどこかで争いが行われているのをどうする事もできないでいる。
愚かなのはわれわれ人間である。
どの国が悪いとかどの国のせいだとか、
そうではない。
TVのインタビューで
「人類初の核使用国アメリカはその現実をしっかりと見て報告する義務がある」
と言われたアメリカの方がいらっしゃった。
広島市民は皆、
「大統領の訪問は本当にうれしい、感謝する」と話していた。
謝罪を求めているのではない、恨みなど言う気はない。ただ平和である事の大切さを訴えたいだけなのだ。
「過ちは繰り返しませんから」
という慰霊碑の文字に
あやまちを犯したのはアメリカじゃないか、どうして碑文に「過ちは繰り返させませんから」としないか、と言った人がずいぶん前だがいた。
違う。あやまちを犯したのは私達人間である。そしてあやまちをくりかえしてはいけないのも私達人間なのだ。
私は原爆体験も戦争体験もない戦後っ子である。
被爆二世ではあっても直接その事をどうこう言う立場にはないのかもわからない。
でも戦争責任が誰にあるとか、戦争終息の為には原爆投下が正しい決断だったとか、
そういう事ではなく、今核兵器を使う事が人類にとってどれだけ愚かな事であるかを考えなくてはいけないのだと、それくらいは分かる。
子や孫やそれに続くすべてのものたちの為に
オバマ大統領の被爆地訪問がどうか実りあるものになりますようにと祈らずにはいられない。
薫風や平和賞受く大統領
昨日「葛飾北斎展」に行ってきた。
行きたくてなかなか行けなかったのを
友人が誘ってくれて、一緒に行ったのだ。
北斎自身には特に興味がある訳ではなかったが
宇江佐さんの短編の中に娘のお栄を書いたものがあり、北斎という人の破天荒さや執着心の強さなどはうすうす知ってはいた。引越の回数など尋常ではない。決して理解できる人とは言えない。
それでも北斎展に行きいと思ったのは「冨嶽三十六景」と「富嶽百景三編」が一堂に会するというのに惹かれたからだ。
圧倒された。
行けども行けども富士、構図も面白い。
やっぱり北斎は天才だとつくづく思う。
とにかく見入ってしまって、時間が経つのを忘れた。
そういえば以前、私の癒しの時間は美術館でぼ~っとしている時間だった。
今の家に移る前は市内のほぼ中心に住んでいたので、ひろしま美術館にも県立美術館にも自転車で行けたのだ。
特に県立美術館は縮景園に隣接していたので、
3階の窓に向くソファに腰かけて縮景園の景色を眺めてぼんやりと時を過ごす。これが至福の時だった。
時には文庫本を読みながら…
北斎も素晴らしかったけれど、そんな昔の事を思い出す事も出来て、有意義なひとときを過ごした。
それにしても葛飾北斎という人はどんな頭の持ち主だったのか…あまりに面白すぎる。
「みてみて、これ!すごいね~」
「ぷっ!?なんじゃこの動物は」などと小声で話しながら鑑賞したが、14日までの展示なので何しろ人が多い。北斎人気恐るべし!
どちらかと言うと漫画チックな「富嶽百景」は観ていると楽しくなる。
観終わって、グッズ(?)売り場で、友人は北斎手拭を…私は「赤富士」のポストカードを手に取り、悩んだ末に買うのをやめた(笑)
二人で、まあ別に買わなくても良いか…
このポストカードを飾る額のようなものも
「これって作れるよね」
とか思ってしまうと、もうダメ(笑)
ランチの為に美術館のレストランに行くと、
「ただ今満席で、2時半頃のご案内になります」
顔を見合わせる友人と私…それじゃランチじゃないじゃん。
結局近くの川沿いにあるイタリアンでランチした。
いっぱいお喋りして、北斎をしばし忘れた。
帰って思い起こすと北斎という人にますます興味を引かれる。
遠近法と緻密な筆使い、現在にも通用する洒落、そして観るものの驚きや笑いを計算しつくしたような画風。
友人曰く、北斎って今の漫画家のようね~。
そうだよね、これだって挿絵みたいなもんだよね。
それにしてもこれだけ富士に執着した男も
そうはいないだろう。
富嶽百景の最後が拍子抜けするほどシンプルな「大尾一筆の不二」
こういった所も北斎らしいのかも、と二人で妙に納得したのだ。
北斎がやつて来たよと梅見かな
三月に入ったとたんに雪!春の雪とも思えない程本降りになったのには驚く。
そういえば二月の日記を記載しないままだった。またまとめての記載となってしまう事をご了承ください。
まだまだ二月の肌寒さが残っている昨日、大きな音がしたので驚いて行ってみるとベランダのテーブルと椅子がひっくりかえっていた。
春一番?と驚くほど強い風だ。
ニュースでは強風の為に海に落ち亡くなった方や、看板が落ちてきて怪我をされた方があると伝えている。
被害があるような強い風は別として、
東風…私はこの季語が好きである。
春の風ではあるが早春の少し強い風、
昨日のようなものは強東風、
雲雀東風、梅東風、桜東風、何と風雅な事か。
春風と言ってしまえば、穏やかなふわりと優しい風になる。
東風吹かば匂ひをこせよ梅の花主なしとて春な忘れそ
この歌だって東風が効いている。春風ではだめだよね…と考える。
好きな句がある。
強東風や海猫(ごめ)の銜へし魚うごく
加藤憲曠
何でもない一瞬をとらえたものだが、季語が効いている。
こんな写生句を詠みたいとつくづく思う。
そしていつか生涯一冊だけの句集を残す。
ネット句会でご一緒している方はお若いが(私と比べてと言う事だが)結社も何社か変わられ、すでに数冊の句集を出しておられる。ネット社会でも積極的に俳句を発表されている。
人の目に止まる句も当然多い。時折歳時記の例句にとりあげられているのを見る事がある。
大いに(笑)羨ましい。どんな句を詠んでいるか
アピールする事も必要なのではとも思う。
でも、私は生涯一冊の句集に拘るのだ。
これは自伝だ。自分の生きてきた証しとして残したいと思うのだ。
おっと!強東風からまた話しが逸れてしまった。
昨日の強東風が嘘のように、今日は穏やかで暖かである。
梅東風や猫逝きし日のシーツ干す
1月20日記
関東地方の大雪のニュースに
「まあ!!」
と驚いていたら、2日前にこちらも雪に見舞われた。
我が町はもともと雪の多い所である。
それがここ何年も雪らしい雪を見ていなかった。
もっとも今回もそれ程の大雪ではなかったし、
翌日も降ったわりには今日はもう溶けて、
屋根になごりを残しているだけである。
私は相変わらずばたばたと忙しくしている。
先日も日記に書いた義姉が新年早々入院した。
主人の実家に一人暮らしの義姉なので、やはり何かと気にかかる。
退院したら当分一人にする訳には行かないので
多分我が家へ来てもらう事になるだろう。
両親の居住部分はそのままだし、水回りも別なので気兼ねなく居て貰えるけれど、一番良い部屋を実は連れ合いが自分の部屋にしてしまっているので、父の仕事部屋を片付けて、居心地の良いベッドルームにしなくてはいけない。
これがまた一仕事だと少々気が重くなる。
今日チョビ君が大往生した。
日曜日にはご飯もしっかり食べて
これならもう少しがんばってくれるかなと思ったけれど…
20歳、人間なら96、7歳という。充分がんばってくれたと思う。
ふうちゃんとみゅう、二代目みゅう、こてつ、モカ、くう、りくがきっと迎えに来てくれたことだろう。
雪しんしんうすき呼吸を確かむる
ふうちゃんもみゅうちゃんもゐて雪明り

