美城丈二@魂暴風;Soul storm

僕が見た、あの日(と今日)の悲喜哀感。
A writer;美城丈二Another face綾見由宇也

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『ぼくの帽子』詩と歩む・丈の47の詩篇⑨【西條八十】

2012-06-23 16:09:13 | 「原風景」18歳。
   『ぼくの帽子』

  母さん、僕のあの帽子、どうしたんでせうね?
  ええ、夏、碓氷から霧積へゆくみちで、
  谷底へ落としたあの麦わら帽子ですよ。



  母さん、あれは好きな帽子でしたよ、
  僕はあのときずいぶんくやしかった、
  だけど、いきなり風が吹いてきたもんだから。



  母さん、あのとき、向こうから若い薬売りが来ましたっけね、
  紺の脚絆に手甲をした。
  そして拾はうとして、ずいぶん骨折ってくれましたっけね。
  けれど、とうとう駄目だった、
  なにしろ深い谷で、それに草が
  背たけぐらい伸びていたんですもの。



  母さん、ほんとにあの帽子どうなったでせう?
  そのとき傍らに咲いていた車百合の花は
  もうとうに枯れちゃったでせうね、そして、
  秋には、灰色の霧があの丘をこめ、
  あの帽子の下で毎晩きりぎりすが啼いたかも知れませんよ。



  母さん、そして、きっと今頃は、今夜あたりは、
  あの谷間に、静かに雪がつもっているでせう、
  昔、つやつや光った、あの伊太利麦の帽子と、
  その裏に僕が書いた
  Y.S という頭文字を
  埋めるように、静かに、寂しく。


 作家・森村誠一のベストセラー『人間の証明』は
 また時の角川映画として封切られることによって
 相乗効果を生み出し、
 その人気は天井知らずという感じさえあった。
 そんな『人間の証明』という物語の中で
 重要な位置付けとして挿入されるのが
 このあまりにも有名な西條八十の
 『ぼくの帽子』である。
 発表当初は幼少児向けの雑誌に掲載されたとされる、 
 あまりにも牧歌的な詩を、
 終戦直後の暗澹とした世界感の狭間で起こる
 殺人事件に絡め、
 母と子と言う愛憎劇をも重ね合わせることによって
 物語は否が応にもドラマチックな展開を見せる。
 そこに作家・森村誠一の周到な計算が感じられて
 なかなかドラマとしては引き込まれるものがあったなとは
 当時の私の想い。

 そんな私は後年、友人の生家へとお邪魔した際、
 舞台の中心地ともなった群馬県は霧積地方へと
 足を運んだ記憶がある。
 霧積の温泉に入り、
 『帽子』と掲げられていた西條八十の
 碑も目撃した。
 急峻な頂を望む丘は果たして
 詩編の中にある丘であったか?
 地理的にはあの浅間山が近いとのことだったが、
 果たして私が訪れた時は初夏であったはずだから
 積雪は望むべくもなかったはず。
 確かに私は霧積地方へと赴き、
 西條八十の
 詩編の世界へと探訪してもいたのだろう。
 空想はそれからそれへと馳せ
 想いは西條八十の発想のただ中へと
 分け入っていたのかも知れない。 
 振り返れば懐かしい思い出。
 私と友人を写す一葉の写真。
 その奥では深い谷が
 この身が縮みあがるほどに
 拡がっていたはずだ。
 あれから幾年、
 随分な時が流れ、
 果たしてどれだけの日数を経たことだろう。
 いまでも私は
 あの当時のそれからそれへと
 連なっていく空想力なるものを宿しているだろうか?
 ふと考えあぐね
 己の稚拙さを
 悟らざるをえなくなる。 

   2012・2記述
  
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