義父の介護は歩けなくなってからの方が実は安定してたかも。
始めのうちは自力でトイレも食事もできるものの、常に徘徊の恐れがあったし、
夜中にトイレを間違ったり、転倒の恐れもあり、何をするかわからないので、
ベッドを降りたらセンサーで知らせるようにしてました。
駆けつけるのは主に夫の仕事。
一応義母もまだ義父の状況を知らせられる状態。
歩けなくなってからは動き回る心配はなくなりました。
が、立てないだけで手足よく動いたのでベッドで変な方向を向いてたり、落ちてたり。
オムツやパジャマなどよく触るので、防水シーツでガードしてても
毎朝のように、着てるものだけでなく上下のシーツや毛布や掛けまでぐっしょりで、
毎朝毎朝大物を洗ってました。
もちろんぐっしょりだけですまないパターンもありますね。
とにかくアレルギーのせいで痒みが常にあったので、あちこち触ろうとして悲惨な状態もよくあります。
義母はそれでも何とか手助けにはまだなってました。
朝起きてびしょびしょのものを全部着替え、デイサービスに行く服に着替える。
車椅子に乗せて食卓へ。
(もともとほぼバリアフリーに近い建て方をしてて、車椅子の通るところに敷物をひき、
後は玄関周りの上り降りだけ手を加えるだけですみました)
自力でも食べられますが、義母に見てもらって、時々わたしも手伝いつつ朝食。
薬は飲むことを理解できてなかったので、ほとんど噛み砕いて飲んでました。
その後はデイサービスが迎えに来てくれるまで洗濯しつつ、義父の要求にも応えつつ待ちます。
時間繋ぎに飴をあげるとおおきにといってすごく美味しそうに食べてました。
義母もデイサービスに行くようになってからは、それぞれ別のデイサービスに送り出し、
母家の洗濯物を干したり、自分の家の方の洗濯をしたりして、朝食が11時なんてこともよくありました。
11時の朝食はちょっと辛かったです。
迎えは、夫の仕事の終わる時間が早いので夫の担当。
といっても、わたしはその間に2人の夕ご飯を作ってるわけですが…
毎日おそろしい量の洗濯物とふたりの送り、食事の用意と
よーく考えてみたら、昼間はデイサービス利用とはいえ、よくやってたわ、わたし。
ただ知らず知らずのうちにストレスがたまってたのか、一昨年の春ごろに体調が悪くなり、
一時薬が要らないまで安定してたのに悪化してて、これはしんどいかったでしょうと言われる数値になってました。
そんな生活がまず義父が亡くなるまで約2年ちょっと。
介護は10年…なんて友だちから脅しの話も聞いたり、介護の内容の濃さだったり
実際短いのか長いのかなんとも言えませんが、身体は正直に反応してたようです。
義父は一言で言うと、徳のある人 でした。
気難しいところもたくさんある人でしたが、ここまでの人生や、元気だったころの人間性で
まさにこの人なら許せると感じさせる徳のある人でした。
ボケてもなお、おおきに、ということばが常に出てきて
時には天然な発言で周りを和ませてくれました。
そろそろ介護が煮詰まってきたのを察してか、さらにコロナ前にしっかり送れる状況で亡くなりました。
義父が亡くなった時、義母の認知は進んでいましたが、食事は作れなくても
日常生活に極端に支障が出ることはなかったし、歯がゆいことはいっぱいありながらも
義父の介護に貢献してくれて助かっていました。
家族もその関係性も認識できていました。
義父の死にそれなりに涙を流していました。
ただお世話しなくてよくなったことはほっとしているようでした。
義父が亡くなりすることが減ったせいか、認知が加速したかも知れません。
食べ物があると無くなるまで食べそうなので、またあるものを人にあげようとするので
冷蔵庫に鍵が掛けられるかAmazonで探したら、あるんですね〜
お茶だけ自分で飲めるようにだけして他の扉には鍵をかけました。
初めは完全にキータイプのもので。
そのうち簡易なロックのものでも開けられなくなりました。
母屋で調理しなくても支障がなかったのでガスを止め火を使えないようにしました。
義母には使えないティファールやIH調理器で簡単なことはできます。
洗濯機は使えなくなってるのに、洗えてないものを干そうとしたりしまおうとしたり。
乾いてない洗濯物を取り入れるので、干し直すとまた取り入れたり。
洗濯機にも鍵をしました。
服は目視で汚れてないと着替えないのでデイサービスでの入浴が頼り。
休みの日は風呂に入ってる間に着てるものを身包み剥ぎました。
風呂でも声掛けがないときちんと身体が洗えないようです。
これもデイサービスで大変お世話になりました。
夫やわたしではまだ意志のしっかりしてる義母には声掛け辛い。
頭はティッシュで拭こうとするし、歯ブラシは途中で洗面所の掃除ブラシにする。
家では歯ブラシを諦め、洗口液にしましたが、毎回飲むのか聞いてくる。
トイレはほとんど自立はしてるのですが、時々下着を汚すと自分でどこかで水洗いして、
ミシンの上とか椅子の上とかどこにでも干す。
それを点検し拾い集めて洗濯する…
ひどい時は5枚くらいありました。
なのでリハビリパンツに移行したいとデイサービスの方に相談しました。
きっとひどい抵抗があると想像していたのですが、ある日デイサービスですんなりと履き替え。
疑問も抱かなかったようです。
ありがたい反面、布のパンツと区別できないくらい痴呆が進んでいたのかとちょっとショックでした。
この数ヶ月は特に認知の進行が速いと感じられました。
パッチワークや編み物を起用に速く、彩りよくできる義母でした。
こういう人はボケにくいと言われてますが関係ないようです。
認知が進んでくると編み方は感覚的に覚えてるようですが、形にならなくなりました。
何を編んでも四角い。
そのうち変な配色で丸めたり結んだりした毛糸をあちこちに飾る。
これはかなり早くに出て症状でした。
おしゃれにはこだわりがあり、花や小物を飾ることはずっと好き。
でも、取っては行けない花を取ったり、あちこちさわりまくったり。
服は義母なりのこだわりがあり、何度も鏡を見てますが、気に入ったものを着続ける。
適当に脱いだときに取り上げて洗濯してました。
ある時パジャマを用意し忘れた日があって、パジャマを用意しておかないと着なくなってることに気付きました。
テーブルが汚れたり濡れても何で拭くのかわからない。
ティッシュならまだマシですが、ビニール袋で拭こうとした時にはびっくりしました。
食器は洗わなければいけないと思っているけど、洗えてない。
洗えてない食器を片付ける。
食洗機も不必要に触るので食洗機にも鍵をかけました。
2階の空き部屋に洗濯物を干しているので、何度も見に行ったり取り入れたりするので
最近になってですが、階段を登らないようにベビーガードを付けました。
洋服ダンスを夜中に整理して洗って片付けてあるものを出したりするので、
引き出しにも何か対策をしなければと思っていました。
玄関、勝手口には大きなブザーが鳴るようにして鍵もかけてます。
天気がいいと一人で散歩に行こうとするのですが、足腰丈夫といっても
歳なりによろけそうだったり、迷子になったりする恐れがあるので怖いです。
ひとりでは出ないでくださいねといってもなぜダメか理解できないし、
またそう言われたことも忘れてるし。
玄関のブザーが鳴ると慌てて飛び出ていきます。
この数ヶ月は自分の周りの人との関係性がわからなくなってました。
ただなんとなく他人とは違うというのはあったようですが。
まず自分の娘の名前が出なくなり、娘がいることもわからない。
夫の名前は出るけど自分の息子とわかってない。
わたしが誰かもどこまでわかっていたか…いつもお世話してくれてる人かな?
痴呆の人にありがちな昔のことはよく覚えてるけどパターン。
あの写真の人と結婚してこどもが3人と説明しても、
わたしが産んだん?そんなん知らん…
最近は自分の名前も言えなくなってたようで、少し前までは旧姓は出てたんですが。
本当に積み木がバラバラと崩れるように記憶が崩れていくんですね。
見るもの聞くもの何でも初めてと言う。
花も動物の種類もわからない。
テレビは見てても全く理解できない。
怖い病気です。
そして、それは明日は我が身かもと思うのが一番の恐怖。
認知症の本人は自覚がないから、本人は一緒に話をして楽しいことができたら幸せなのかも。
介護度があがってショートステイが利用できるようになって、施設入所のことも考えるようになりました。
グループホームには順番待ちがいるとも聞いてたので、
この先認知がどう進むかわからないけど、デイサービスやショートステイを利用しつつ、考えて行こうと思ってたところでした。
ただ思ってた以上に認知の進みが早かったので登録だけでもと思ってて、
施設の説明のパンフレットを頼んでないけど入れてくださってたので、
概要や費用だけでも聞いてみようと思っていました。
アポをとって説明を聞きに行ったところ、グループホームの空きが出たのでどうですかと。
次入所予定の方がキャンセルされたそうです。
翌週には空くので入れますとのこと。
夫は身内とも既にこういう相談はしてたし、何より一番まいってたのは実は夫なので
また次いつ入所できるかわからないにで、コロナ禍で自由に面会のできない時節ではありますが、
お願いすることにしました。
きっと入所者さんであれ、スタッフさんであれ、常に相手してくれる人がいる方が幸せだと信じて。
義母はにこやかなボケ方です。
お金がなくなったとも言わないし、誰かを叱ることも、暴力的なこともありません。
おしゃべり好きで、常ににこやかに話して、また話しかけられるのが嬉しい。
だから同時に2人の介護に関わってきたわりには必死感はなかったです。
さらに、わたしは血の繋がりのない他人よ…の脅しが効いてるのか、
介護に関しては夫も自分の役割をきちんとやってくれてます。
正直ほぼ介護のお役御免は嬉しいです。
もう時間だと慌てることもない。
この選択がみんなに正解だったと思いたいです。
帰るということばも出てるようで全く胸が痛まないわけではないですが、
健やかに穏やかに過ごせますように。