加代子のつぶやき

毎日の生活で思うこと

槇坪監督のこと

2011-09-27 23:03:59 | Weblog

槇坪夛鶴子監督が亡くなったとの知らせをうけたのが、日曜日25日の出勤日の朝だった。

監督との出会いは、1998年に性教育映画「わたしがすき」の秋田での上映会を決めたときからだったから、15年まえになるかなあ。以来、何年かおきに監督の作品の上映会をして、お会いしてきた。リュウマチを患い車イスでメガホンをとる監督で、性教育や、介護のことなど、女性が抱える課題を、ていねいにしかも暗くならずに切り取って、考えさせてくれた。

2年前には、自閉症について理解を深める映画「星の国から孫ふたり」の上映会を秋田県児童会館で行った。それが最後となった。つい最近、9月の初め、東北をまわるので10月1日に秋田で映画の上映ができないかとのメールが入り、時間の余裕がなくてできないことを電話でお話をさせていただいたが、「なんとか元気よ」とのことだったのに・・。ほんとうに残念なことである。

「母のいる場所」は秋田氏と男鹿市で上映会をしたが、認知症のお母様が監督の車イスを押してステージに登壇されてご挨拶をされていた。認知症でも役割があることでその人の存在が大切なのだと、身をもって教えてくださっていた。

私も母を介護して12年になるが、そうそう、うちの母は倒れたとき、ちょうど監督の作品「老親ろうしん」の上映会を準備しているときで、母も映画をみるのを楽しみにしたのに、その3週間まえに脳出血で倒れ、以来ねたきりになってしまった。

監督の撮られる作品が、わたし自身の生活とも重なっていたので、カウンセラー役になってくださったり、ほんとうにお世話になった。 優しい方だった。

心からご冥福をお祈りいたします。合唱。