何をといって、「数学・物理通信」8巻6号と7号をである。昨晩、共同編集者の N さんから電話があって、編集後記と自分の原稿ができあがったらしい。
8月の終わりに彼のところを訪ねたら、まだ原稿ができていなかった。それで仕方なく、9月10日まで待つといっておいたのだった。彼は持病があるので、仕事があまりはかどらない。しかし、やはり人は生き甲斐がないといけていけない。それで友人としてはそういう生き甲斐を彼に与えるということに少しだが努力をしている。
彼のライフワークは彼が生きている間に完成するかどうかはわからない。いつもあったときに、仕事を小分けにして仕事を進めたらとアドバイスをしているのだが、どうしたものかそういう風にはならない。
本を1冊全部を続けて書くのではなくて、1章1章ずつファイルを分けて完成するように言っているのだが、体があまり自由がきかないのも大きな原因だが、書いているうちに前の部分が気に入らなくなって手を入れるとファイルの全体が動かなくなるという繰り返しらしい。
このような一種の、砂地獄のような状態からの脱出の方法はファイルの小分けしかないだろう。これは彼と会った時には毎回繰り返して言っているのだが、まだどうなったのか進まない。
8月の終わりに彼のところを訪ねたら、まだ原稿ができていなかった。それで仕方なく、9月10日まで待つといっておいたのだった。彼は持病があるので、仕事があまりはかどらない。しかし、やはり人は生き甲斐がないといけていけない。それで友人としてはそういう生き甲斐を彼に与えるということに少しだが努力をしている。
彼のライフワークは彼が生きている間に完成するかどうかはわからない。いつもあったときに、仕事を小分けにして仕事を進めたらとアドバイスをしているのだが、どうしたものかそういう風にはならない。
本を1冊全部を続けて書くのではなくて、1章1章ずつファイルを分けて完成するように言っているのだが、体があまり自由がきかないのも大きな原因だが、書いているうちに前の部分が気に入らなくなって手を入れるとファイルの全体が動かなくなるという繰り返しらしい。
このような一種の、砂地獄のような状態からの脱出の方法はファイルの小分けしかないだろう。これは彼と会った時には毎回繰り返して言っているのだが、まだどうなったのか進まない。








