物理と数学:老人のつぶやき

物理とか数学とかに関した、気ままな話題とか日常の生活で思ったことや感じたこと、自分がおもしろく思ったことを綴る。

latexと出版

2015-09-04 11:57:50 | 日記

一昨日、E大学の理学部に行ったら、今年4月に定年退職した K さんと会った。彼はいまある伝統的に有名な出版社から『経路積分による量子論』の本を出そうとしていると聞いた。

その出版にまつわる話を聞いたので、それについて書きたい。学問にちょっとでもかかわったことのある人なら、理系の出版物を多く出している、S 房の名前を聞いたことがあるだろう。

K さんは日本における上述のテーマの専門家の一人であるが、もちろん私よりも10歳ほど若いのでlatexを使うことができる。上記の本をlatexで書いて出版社に渡したところこれは単なる原稿として扱われて、版下には使われないという。

それで校正のときにはとても面倒でそのままlatexで出版するときに50倍くらいの労力がかかると嘆かれていた。そしてその書籍の定価も5000円くらいの高価になるのだと言われていた。

最近、本の定価が高くなって、なかなかその書籍の価値を認めても、私のような退職者には購入することができない。3000円の本でも購入するときにどうしようかと考えてしまう。

latexでつくられた原稿をもとに印刷すれば、比較的安価に本ができることはまちがいがない。たぶん5000円の書なら、3500円くらいに下げることはできるだろう。

だが、伝統的な出版社はこの S 房だけでなく、I 書店のようなところでもlatexで本を出版するというようなことは一部では行われているとしても大多数の書籍は従来の方法で出版されているらしい(注)。

要するに、latexによる出版形態に切り替えられないのである。これは出版社の社員の問題もあろうが、印刷所の問題もある。それらは出版社と印刷所とが同時に形態を刷新できなければ出版の現状は変わらない。この全体的なシステムの更新がなかなか難しいのであろう。

latexの技術に疎い上司を首にすることはできない相談であれば、またそのような上司はlatexに熟達した部下を雇うことに積極的にはなれないかもしれない。そうするといつまでもこの旧態依然たる状態は保存される。したがって、書籍を出版する経費はかさみ、書籍の価格は高くなり、普通の人には書籍を購入することができなくなるので、出版業界は構造不況となる。

K さんは小さな出版社からも本を出しており、この本の場合にはlatexで出稿すればよかったので、出版の労力はそれほどかからなかったらしい。

私たち、latexを使えるものは、伝統ある出版社から本を出すのは忌避すべきでなのであろうか。出版の現代化が今ほど求められているときはない。

そういえば、私が親しくしてもらっている、科学史が専門のS 先生からも原稿を印刷所の方で版を新たに組まれるのでlatexで原稿を出稿する必要がないと聞いている。また、たとえlatexで原稿を出稿したとしてもそれは印刷所で版を新たに組むのなら、latexの利点は全く生かされないことになる。「徳島科学史雑誌」などでもそのようである。

革新することはどこにおいても難しい。

(注)I 書店は高木貞治の『解析概論』を数年前にlatexで出した出版社だといえば、理系の人ならすぐにわかる由緒のある伝統的な出版社である。この『解析概論』はlatex版が出版されている。