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倉敷へ

2019-11-26 | お出かけ

四国の人と待ち合わせて、倉敷を歩きました。

広島~倉敷アウトレット往復バスが無くなって、倉敷も行きにくくなりましたが、今年は四回も行くことになりました。

観光はどちらでもよろしい。たまった話をすればそれでよし。幸い暖かくていいお天気。楽しく過ごしました。


いろいろ話しているともうお昼です。美観地区外れでピザ食べました。

同行者は用事があるので、食後解散。

私一人で街を歩きます。

店いろいろ

路傍

 町並み。景観を維持するのも大変です。

路傍。

鉢植え。

商店街。

チボリ公園時代のからくり時計は休止中。

往復新幹線で高くついた。やれやれ。暖かい日を惜しむように出かけまくる私。

来月はおとなしく家にいて、たまった用事、片づけましょう。


帰ると、地元のグループが発刊した小説の同人雑誌が届いていた。

昔、別の同じグループで活動していた人が送ってきたもの。

また一緒にやりませんかとのお誘い。お誘いはありがたいけど、同人雑誌はもうやりたくない。

その心は、自分が書くのはまあ下手なりに何とか出来るかもしれないが、人様の素人の小説を、読みたくないのに読まされるのはとても辛い。

書いている人は、自分の思いを時間を割いて文章にしているので、言わば命の時間と引き換えくらいの尊いもの。褒めて差し上げて、またその方の生きる元気になるようにしないといけないのだけど、逆に言えば素人の、自ら読もうと思わないものを読んでいいとこ見つけるのは辛い。

若い時ならそれも勉強と思ったけれど、今はもう残された時間は有限、したいことだけこなしていくのでも精いっぱい。

せっかくのお誘いだけど、断ることになると思う。

自治体が募集した小説の審査を頼まれたこともありますが、本当の素人がやむにやまれず書いたものは技術は未熟でも、言いたいことがじかに伝わってきて、心動かされることもありました。

しかし、同人雑誌を長くやっておられる方は個性的、かつプライドの高い方も多いので、下手なことは言えないし、人間関係のあれこれに巻き込まれたくないし。あんなしんどいこと、よくやっていたなあと言うのが今の感想。そこにしか自分が生きている実感、感じられるところがなかったから。

子育ての日々、閉塞感でいっぱい。あの時代にネットがあり、発信する機会があればとも思うけど、簡単に文章が発表できる今と違い、集まって、お金出し合っての世界。そこにしか自分の場所がなかった。

今はどこにあるのかなあ。今日話した人、お稽古事をよく変わっている。人間関係が鼻に突き出すとさっとやめるそうな。やめると、次自分が何したいか見えて来るそうで。なるほど。

あと10年でしょうか。何とか活動できるのは。さて、残された日々、大切に大切に使いたいものです。

2012年11月。ドイツ、ローテンブルクで。


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