川内町内会

仙台市青葉区川内
中ノ瀬町、大工町、川前丁、明神横丁、澱橋通、元支倉(一部)
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散策スポット:「三居沢(発電所、不動尊、交通公園)」

2016年11月04日 | 川内近辺散策スポット

 川内から広瀬川を上流に辿り、牛越橋の少し上流の右岸に三居沢があります。ここには、東北地方で最初の水力発電所「三居沢発電所」があって、広瀬川郷六地区から取水した水で現在も発電をしています。発電所の木造建屋は明治41年に建築され、文化庁の登録有形文化財に指定されています。「三居沢電気百年館」が併設されていて、発電の歴史や水力を供給する広瀬川のことなどが紹介されています。
 発電所の奥に、青葉山から流れ落ちる落差20メートルほどの滝の前に「三居沢不動尊」が祀られています。建立の時期は定かではありませんが、境内には寛永11年(1634年)と記された石碑は残されていて、江戸時代初期に建てられた寺だと考えられています。境内のいたるところに水子供養の色とりどりの風車が供えられています。ネットで心霊スポットとして騒がれたこともあるようですが、地元の人にとっては敬虔な信仰の場所です。
 発電所の放水路に沿って「三居沢交通公園」があります。園内には歩道橋や信号が設置されていて、幼稚園児から小学生までがゴーカートや自転車を使って遊びながら交通ルールを学ぶ施設です。補助輪付きの自転車もあって、自転車乗りの練習もできます。

 川内からは二通りの道筋で三居沢まで行くことができます。仲の瀬橋から仙台二高、宮城県美術館前の緩やかな坂道を上り、道なりに亀岡からの道を下っていくと牛越橋の南詰に出ます。橋を渡らずに直進すれば三居沢です。もう一つの道は、澱橋を渡 って広瀬川の澱緑地公園の堤防道を散策しながら牛越橋まで歩いて橋を渡っていくコースです。


三居沢発電所と電気百年館

 
(2016/5/21 6:14)

 

三居沢発電所の木造建屋と導水管


(2016/5/21 6:03, 6:15)


三居沢不動尊


(2016/5/21 6:16、18)


三居沢交通公園


(2016/5/21 6:14)


 発電所から放水路に沿って桜が植えられ、4月中旬には花見散策も楽しめます。また秋の休日には、三居沢前の広瀬川の河原は「芋煮会」の人たちで大賑わいになります。
 
 帰り路では、三居沢から右岸の坂道を上れば「亀岡八幡宮」、牛越橋を渡り坂道をまっすぐ上れば「大崎八幡宮」に行くことができます。

 

 

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散策スポット:「林子平の墓(龍雲院)」

2016年09月05日 | 川内近辺散策スポット

 「林子平、名を友直、六無斎と号し、仙台の川内に住み、寛政の三奇人の一人で憂国の先覚者であり」と、仙台市博物館敷地内に建てられている林子平の碑に刻まれています。
 林子平は、『海国兵談』や『三国通覧図説』を著し、早くから海防の重要性を説いた学者です。また、1785年の著作である『三国通覧図説』には、小笠原諸島が1593年に小笠原貞頼に発見されて日本領とされたことが記されており、この記述が小笠原諸島の帰属に関してもっとも古いことが確認され、国際的に日本領として認められる根拠となりました。

 林子平の墓は、仙台市青葉区子平町の金臺山龍雲院に祀られています。川内から龍雲院へは、澱橋を渡ってまっすぐ北へ歩いて、15分ほどで行くことが出来ます。澱橋から尚絅学園の前の坂を上り、国道4号(作並街道)を越え、土橋通りの道を上っていけば龍雲院の門前に突き当たります。

龍雲院の山門と本堂

 


(2016/6/1 6:03, 6:05)

 伊達政宗によって開かれた龍雲院は、政宗に従って米沢、岩出山を経て現在地に移された寺院です。この寺には、伊達藩隠密組織「鴉組」の大将だった細谷十太夫や、歌謡曲の作曲で知られる万城目正の墓もあります。

六角堂と並ぶ鞘堂


(2016/6/1 6:05)

  鞘堂と墓石


(2016/6/1 6:06, 6:07)

 本殿の左に林子平木像を安置する六角堂や墓をおさめる鞘堂が並んでいます。鞘堂の中には本当に質素で小さな林子平の墓石が安置されています。この墓地は、国指定の史跡となっています。

林子平の日時計


(2016/6/1 6:07)

  六角堂の前には、「林子平先生長崎遊学から書写、持ち帰った日時計」があります。

六無斎の碑


(2016/6/1 6:06)

 子平は、寛政3(1791)年に「海国兵談」を著したことで、人心を惑わした咎で幕府から仙台藩での蟄居を命じられ、本は発禁処分、木は没収されてしまいました。その時に詠んだ歌が「親もなし、妻なし、子なし、はん(版)木なし、かねもなければ、死にたくもなし」で、この碑に刻まれています。これが「六無斎」を号した由来になっています。
 子平は、寛政5(1793)年に56歳で亡くなり。この墓に納められました。

 龍雲院にある一帯から北山にかけてはたくさんの寺院が並んでいて、古い寺町の趣があります。龍雲院の山門の右手奥から裏に抜ける細道があって、隣接する江巌寺と正圓寺の間の道に出られて、寺町散策の起点にすることもできます。



 

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散策スポット:「大崎八幡宮」

2016年05月13日 | 川内近辺散策スポット

 大崎八幡宮は、坂上田村麻呂が岩手県奥州市水沢に宇佐八幡宮を勧請して鎮守府八幡宮として創建され、それを室町時代に奥州探題大崎氏が大崎市田尻に遷座し、さらに伊達政宗公が岩出山城に移し、仙台開府後の慶長9年(1604年)にこの地に移し仙台藩総鎮守とした神社です。
 拝殿と本殿からなる社殿は、現存する最古の権現造りの霊廟建築で、国宝に指定されています。
 また、1月14日の夜には正月の松飾りを燃やす「どんと祭」で賑わいます。境内で盛大に松飾りを燃やし、その御神火にあたって無事息災を祈る祭リで、市内各地から裸参りの列が続きます。

 川内地区から澱橋を渡って坂を上ると国道48号線(作並街道)に出ます。左折して八幡町の道を進むと右手に大崎八幡宮の大鳥居が見えてきます。

大崎八幡宮の大鳥居

 
(2016/5/20 5:56)

 大鳥居をくぐるとすぐ旧四谷用水に架かる小さな橋を渡ります。四谷用水は、仙台開府によって人口が急激に増えた仙台城下の水をまかなうために広瀬川上流四谷堰から開削した用水堀です。
 橋からすぐに100段の大石段が立ち上がっています。大石段を登り切り、まっすぐの参道を中鳥居をくぐって進むと階段の先に長床(割拝殿)が見えてきます。

大石段と参道


(2016/5/20 5:58, 6:00)


(2016/5/20 6:02)

  長床(割拝殿)


(2016/5/20 6:03)

 本殿の前に位置する長床は、素木作りで極彩色の本殿と好対照をなしています。午前6時に長床の扉が開けられ、本殿に参拝することができます。

大崎八幡宮本殿(国宝)


(2016/5/20 6:03)

  本殿左手に小さな切通しになった雰囲気のいい北参道の道があります。この北参道の鳥居の先に広い駐車場があります。駐車場には、作並街道の大鳥居を過ぎて、変則的な十字路を国見方向に右折して入ってくることができます。

北参道の道

(2016/5/20 6:10, 12)

 

 大石段を登り切った右手に龍宝寺に抜ける道があります。龍宝寺もまた坂上田村麻呂の時代に由来する古刹です。
 また、作並街道の大鳥居の先を左折して広瀬川に架かる牛越橋を渡れば、橋の右手に日本最初の三居沢発電所や三居沢不動尊があります。さらに牛越橋から左の坂道を登っていけば、亀岡八幡宮、東北大学川内キャンパスを経て、川内町内に帰ってくることもできます。



 

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散策スポット:「桜岡大神宮(西公園)」

2016年05月13日 | 川内近辺散策スポット

 

 西公園は、川内町内からは広瀬川の川向いなのでアクセスがどうということはありません。仲の瀬橋を渡れば、広瀬通りで南北に分かれている西公園です。仙台市中央部からは広瀬通りを西に10~15分歩けば西公園に着きます。
 南側の西公園の中に桜岡大神宮があります。

桜岡大神宮


(2016/5/19 5:53)

 桜岡大神宮の北側に公園が広がっています。春は花見で賑わうところですが、地下鉄駅建設に伴って野球場跡地に植えられた桜の木はまだ若木です。
 神宮の生け垣の傍に松尾芭蕉の句碑があります。

風流の初(はじめ)やおくの田植うた   松尾芭蕉

 この句は、福島県須賀川市あたりで詠まれていて、仙台とは特に関係があるわけではありませんが、たしかに「みちのく」の句ではあります。
 また、芝生の中に
朝倉響子作『ふたり』(1983年)の彫刻もあります。

芭蕉句碑と彫刻『二人』


(2016/5/19 5:49, 50)

 大神宮の南隣には「源吾茶屋」があります。100年以上の歴史のある老舗で、仙台名物の「づんだもち」が人気です。「源吾茶屋」と大きく染め抜いた暖簾がかかっています。

源吾茶屋(開店前)


(2016/5/19 5:55)

公園広場


(2016/5/19 5:57)

 南から北の西公園へは広瀬川沿いに架かる歩道橋と西公園通りに架かる歩道橋のどちらかを利用します(残念ながらに、どちらの歩道橋も車椅子では渡ることができません)。
 この北部の西公園は、遠田郡涌谷城主だった伊達安芸の屋敷跡です。伊達安芸は、伊達家のお家騒動(伊達騒動)の一方の主役で、『樅の木は残った』などのドラマでは原田甲斐の敵役で、史実でも原田甲斐に斬殺されました。

北側の西公園(西公園通り歩道橋から)


(2016/5/19 5:59)

園内の道(左:広瀬川沿い、右:西公園通り沿い)


(2016/5/19 6:06, 09)

遊戯施設のある広場


(2016/5/19 6:15)

 桜や銀杏、欅などの林を抜けると運動広場があります。西公園通り沿いの園路脇に「牧神の午後」を踊る東勇作の像があります。東勇作は仙台出身のバレエ舞踊家です。
 運動広場から椿の林を抜けると遊具を備えた広場もあります。西公園の最北端のは、こけし塔があり、、C50蒸気機関車が保存展示されています。仙台市民会館と一体になった公団アパートの建物が公園の北に隣接しています。

「牧神の午後」像とこけし塔


(2016/5/19 6:067, 19)

定禅寺通り


(2016/5/19 6:22)

 西公園の北端から東に向かう定禅寺通りが始まります。ここから欅並木の下道を日差しを避けながら10分ほどで一番町に出ます。散策からショッピングへと楽しみが広がるポイントです。



 

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散策スポット:「亀岡八幡宮」

2016年05月13日 | 川内近辺散策スポット



 

 亀岡八幡宮は、川内大工町近辺からは徒歩で15分ほどの距離にあります。町内から歩くときは、仲の瀬橋から仙台二高、宮城県美術館名前を通る坂を上っていきます。東北大学川内キャンパスを過ぎるころ、道は右に曲がり、横断歩道の信号の次に丁字路の交差点があります。

法楽院観音堂


(2016/5/18 6:02)

  丁字路交差点の右側に仙台三十三観音の第一札所、法楽院のお堂があります。仙台三十三観音は、仙台藩第四代藩主伊達綱村公の時代に選定されたということです。
 この丁字路を左に折れて公務員住宅の桜並木を左に見ながら緩い坂を上ると、交番の前の変則十字路に出ます。その右に亀岡八幡宮の鳥居が見えてきます。

亀岡八幡宮の鳥居


(2016/5/18 6:02)

 亀岡八幡は、伊達家の先祖が福島県伊達郡梁川に鶴岡八幡宮を勧請して建立したのが始まりとされ、伊達家とともに仙台に移り、四代綱村公の時にこの地に遷宮されたといいます。また、芭蕉と弟子の曽良が「おくのほそ道」の旅の途中で亀岡八幡に立ち寄ったことが「曽良旅日記」に記されていることなどが鳥居わきの由緒書き看板で読むことができます。
 鳥居の周辺や長い石段の途中に桜の木がたくさんあります。鳥居奥の朱色の欄干橋の手前には樹齢300年を超える枝垂桜の古木もあります。春の桜の季節も見ごろのスポットです。


 鳥居をくぐり、小さな谷に架かる朱色の欄干橋を渡ると365段の石段が目の前から立ち上がっています。

365段の石段


(2016/5/18 6:08~17)

 石段を少し上ると、左手に「輜重兵第二聯隊之碑」があります。さらに上には開けた場所があり、一息つくことができます。ここには古い鳥居跡があり、中の鳥居があったのではないかと思われます。
 広場からは長い石段が続きます。石段の両脇は、檜、椹、杉、赤松の針葉樹、桜、楓、欅、沢胡桃などの広葉樹の混合林で、どんどん高みに上っているのですが眺望はありません。息が切れるころに、神社本殿の屋根が見えてきます。

亀岡八幡宮本殿


(2016/5/18 6:20)

 本殿左手に脇社、高良玉垂(たからたまたれ)神社があります。本殿と高良玉垂神社の間を抜けると裏参道に出ることができます。この道は、下の鳥居と交番の間から坂を上がってくる車道に出る道で、車での参拝の時はこの裏参道を使います。裏参道から車道に出て、右の上り坂を行けば「成田山国分寺」や東北大学理学部、宮城教育大学に向かいます。車道を左に曲がれば急坂を下って下の鳥居に戻ります。途中の曲がり道では、谷の間から仙台市街のビル群を眺めることができます。



 

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